45 シャイタン
ノートは案の定、徐々に日々の思いを
「へえー。誰かに聞いたりしてあれしたのね」
その先にはいくらかしっかりした字で、「祈りの効能」という項が出てきた。ボールペンの色が黒から青に変わったところを見ると、別の日に追記したものだろうか。
「
「うーん、なるほどな」
ファイエドの言葉は、決して過大評価ではなかったようだ。なぜ祈るのかという質問に、信哉なら答えられる。
「すごい。たった二年かそこらで悟り開いちゃってるじゃない」
こうやって息子を褒め称えるのは
信哉は志穂に比べて褒めにくい子だった。何に対しても「やってやる」という気合いが感じられず、いつもふわふわと頼りない。成功しても淡々と受け止める様子を見ていると、「だったらもっと上を目指したらどうなんだ」と言いたくなる。
私自身と違いすぎるし、似たタイプの人物も身近にいない。接し方がわからないというのが本音だった。我が子に対して「接しにくい」など、誰にもこぼせる愚痴ではない。麻子にすら、そうはっきりと明かしたことはない。
かといって、決して親子関係を放棄したつもりはなかった。わからないからこそ、特別懸命に取り組んできたはずだ。思うように実らぬまま三十年も経ってしまったのは、誠に遺憾としか言いようがない。
情けない話だが、このノートのような書き付けをもっと早く見たかった。あいつが大っぴらには語らぬ心の内。
「ハッピームスリム強し」、「最大のモチベをくれる」というくだりにも、息子の本音が垣間見えた。ファイエドが、強制することなく自ら模範となることを目指す、と言っていたのを思い出す。身近な手本を見て、信哉のような中途改宗者が実際に励まされているのだ。
ノートに書かれている内容は、その都度リサにも英語で説明した。
「ショーンに言われたことがあるの。僕の周りのムスリムは、信心深くて幸せそうに教義を守ってる人か、守ってないけど痛くもかゆくもなさそうな人ばかりだって。私はその後者に入るわけですけど」
「そうだね」
「ショーン自身はきちんと守りたいのに難しくて、一人でイライラしてるって」
モスクで聞いた
「実はね、カナダにいた頃、よく一緒にテイクアウトの中華料理を食べてたの。ある日、私が何気なく牛肉の炒め物を頼んで、ショーンはシーフード焼きそばだったのね。でも、食べ終わってしばらく経ってそろそろ寝ようかってときに、僕もあれ食べたかったなあ、って」
男のくせに弱気なことを、と反射的に思いはするが、同じ道を通ったことのない私に果たしてそんなことが言えるだろうか。
「で、そう思ってしまう自分はまだまだだなあ、いつになったら克服できるんだろう、って嘆くんです。私も決して開き直るわけじゃないけど、ショーンの目の前で違反するのなんていつものことだったから、急にどうしたんだろうってびっくりしちゃった。よくよく聞いたらね、薄切りの牛肉なんてのはハラルではまず手に入らないし、しかも中華って日本食に近い部分もあるから、懐かしいだけに、ってのがあったみたいで。私もさすがに反省しました」
試されている。あいつが神に試されている。その構図が、神を信じないはずの私の前にさえ今、浮かび上がりつつあった。
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