41 試練


 日々振る舞ってくれている食事は、やはりバングラデシュの料理が中心だった。一度、飽きるでしょうから、と中華風の炒め物とスープを出してくれた日があり、もちろん本格的ではないものの、それはそれでおいしかった。


 初日にいただいたプラウはパラパラとしたピラフ風のご飯だったが、普段食べている白米は日本のもののように粘り気がある。プラウは、ちょっと特別なときに出すおもてなしの料理らしい。


 味に全く不服はないし、食べさせてもらうだけで十分ありがたいのだが……日本での食生活とは大きく異なることに、我々の臓腑ぞうふが気付き始めた。カレー系の料理には大抵目に見えて油が浮いているから、慣れない我々の胃腸には結構な負担がかかっているのだろう。


 そんな事情もあり、また日中は病院を訪れることが多いのもあって、昼食は外で食べることが増えた。ファーストフードやテイクアウトは各種あるし、きちんとしたレストランも、イタリアン、シーフード、メキシカンなど、結構選べるのが助かる。また、我々が敢えて行くことはないものの、一応スシ屋も何件かあった。


 ただし、我々が外で買ってきた食べ物をこの家に持ち込む場合は慎重さを要する。一度、サラミの載ったピザを店で食べ切れずうっかり持ち帰ってしまったときには、夕飯の前に麻子と二人で頑張って飲み下した。彼らの冷蔵庫に豚肉を入れてしまう前に気付いてよかった。


 またあるときには、スーパーに寄ったついでに子供たち用にとお菓子を買って帰ったが、なんと、お菓子にもハラルでないものがあるのだ。


 ローハンとジョティがグミのようなものを奪い合うように食べていた記憶があったため、似たようなものを買ってみたが、これが大間違い。この手のお菓子にはゼラチンが使われており、動物性であることが多いのだ。彼らはゼラチン抜きやベジタリアン向けのグミを選んで買っているという。


 そんなある日、ファイエドが教えてくれたハラルのインド料理屋を通りかかり、これなら安心、とサモサをまとめ買いした。肉や野菜を生地で包んで揚げたものだから、おやつにもなるだろうし、食事のときに一品足してもらってもいい。


 今度こそ、大ヒット。子供たちは大喜びでかぶりつき、ファイエドもおいしいと言ってくれた。すっかり気を良くし、仕事から帰ったサフィナにも勧めたところ、


「ありがとう。今日は私、断食してるので、日が沈んでからいただきますね」


「あれっ? ラマダン始まったの?」


「いえ、ラマダンは今年は六月半ばからなんですけど、去年にし残した分を次のラマダンの前に済ませたくて」


「あ、そんなこともできるんだ」


「ええ。勝手に後回しにするのはいけませんけど、やむを得ない事情で断食できなかった場合は、同じ日数分をラマダン後にすればいいんです。例えば長距離の旅行だとか、病気とか妊娠とか……女性の場合は月々のサイクルの間は断食を認められてないので、その分もですね」


「ああ、そうなの」


「そういえば」


と、麻子が呟く。


「モスクに行ったとき、生理中だからお祈りできない、って後ろの方で子守しながら見てる人がいたわよ。モスクに入るだけならいいんですって」


 麻子の目撃談を英訳してサフィナに伝える。


「そうです、出血してるときはお祈りもできないし、コーランに触るのもいけないんですよ」


 なるほど、日本で言うところの「けがれ」と同じだ。


「ラマダン中は……リサも断食を?」


 サフィナが漏らした重たい息に、答えが表れていた。


「ここ数年はもう全然……断食中の私たちの前では食べないようにしてくれてますけど」


「ってことは、数年前まではしてたの?」


「ええ。熱心ってほどじゃありませんでしたけど、ときどき気が向いたら、という感じで、ある程度は守ってたんですよ」


 そうだったのか。てっきり、最初から姉妹で別々の道を歩んだのかと思い込んでいた。


「あの子が信仰から離れてしまったのは、父が亡くなってからなんです」


「ああ、ご病気だったそうで、かわいそうにね」


「咽頭癌が末期で見つかって、みんなで必死に祈りました。リサは大学を卒業して間もない頃でしたけど、今までになくお祈りを欠かさずして、コーランを読んだり、食事制限を守ったりもしてたんです。すべては父に生きてほしい一心で。でも、父は半年ともちませんでした」


 なんてことだ。


「それは……辛かったろうな」


 テストとして与えられた不治の病。届かぬ祈り。それでもなお神を信じようという人たちの気が知れない。



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