39 背徳者
帰宅してガレージから廊下に上がると、テレビの音が今日はやけにはっきりと聞こえた。緊迫した女性の声。リビングでファイエドが立ったままテレビに見入っていた。画面には、救急車やパトカーが何台も停まった事故現場のような光景。
「また銃撃ですよ」
「銃撃?」
「今度はテキサスで」
ヒューストン郊外のコンサート会場。六人死亡、三十二人が負傷、と字幕が出ている。犯人は生きて逮捕されたが、テロ行為に該当するかどうかはまだ不明。
ファイエドが「また」と言うのも無理はない。アメリカでの銃撃事件は後を絶たず、今年に入ってから日本で報じられた分だけでも、中西部のハイスクールを襲った人質殺傷事件に続いて二件目だ。
「まだわかりませんが、よくある自称ムスリムの
ソファーに座っていたアイシャも、
「
と嘆く。
「君たちにしてみれば迷惑千万だね」
「こういうのをイスラムの一派だと思ってる人も未だにいますが、テロ行為を働くような連中は教義に完全に
一部の過激な人々のせいで危険な宗教というイメージが拭えないのは、信者としては遺憾この上ないだろう。
「イスラムが標的になったケースもあったよね。去年だったか……」
いや、一昨年か。東海岸で起きた爆弾テロ。日本でも大々的に報道され、記憶に新しい。イスラム教徒の会合が狙われ、多くの死傷者が出た。
「どれもこれも、愚かな憎しみ合いです」
「こういうことばかり起きると、宗教なんてない方がいいんじゃないかと我々なんかは思ってしまうんだけど」
何気なく口にし、自分で驚く。こんな疑問を「信じる者」にぶつけるのは、本来なら喧嘩を売るような行為だ。しかし、今の私にとってはごく素朴な疑問であり、それを聞いても憤慨する相手ではないとわかっているからこそ表に出た言葉だった。
ファイエドは落ち着き払って答える。
「宗教を争いの火種にしているのは、結局人間です。神の教えに正しく従ってさえいれば、本来これほど有意義なものはありませんよ」
「しかしだよ、今だって、正しく従ってる人も大勢いるはずだろう? 世界中の誠実なムスリムたちが、毎日神に平和を祈ってる。それなのにこういう悪人はいなくならないし、テロや災害や事故だって世界中で起き続けてる。つまり、祈ったからといって叶うわけじゃないってことだ」
「そうですね」
「神に無視されても君たちは祈る。なぜ?」
ファイエドは、その質問を予想していたとでもいうように微笑む。
「息子さんは、その質問に答えられますよ」
「んっ?」
――信哉が?
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