34 ハラル
「そうだ、一人だけ白人の人がいてね」
「ほう。男の方じゃ見なかったな」
「旦那さんがエジプト出身のムスリムで、結婚と同時に改宗したんですって。信哉のこともよく知ってた」
「へえ。まあ、お互い貴重ではあるだろうからな」
「うん、なんかね、改宗者ならではの苦労を相談し合ったりしてたみたい」
「ああ……」
私の「違和感」はもはや確信に変わりかけていた。
改宗者ならではの苦労。それは、本気で信心を追求しようとする者ならではの苦労ではなかろうか。やはりそうか。あいつは今や、神を信じる者なのか。
別に何を成し遂げようとしていたわけでもないのに、何かが振り出しに戻ったような気がして私は思わずこめかみを揉みほぐした。
ファイエド
「実は、僕らが食べられるハンバーガーは、ここらじゃこの店にしかないんですよ」
「あれ? 食べられないのは……」
「豚がダメなのよね、確か」
「
「そう。豚を食べないのは基本なんですが、他にもルールがありましてね。ハラルという概念をご存じですか?」
「ああ、最近日本でも聞くようになったね」
イスラム教徒たちが食べられるようにと、日本にもハラルレストランやハラル食料品店が増えている。
ファイエドいわく、ハラルという言葉自体は「適法な」とか「許されている」という意味だが、食べ物に関して言う場合には、一つにはアルコールが含まれないことが条件。肉類に関しては、所定の方法で処理された所定の動物だけが認められる。豚の他に肉食獣もダメだし、犬や猿など人間に近いとされる動物、それから爬虫類も禁止。
「牛とか鶏はOKってこと?」
「ビーフやチキンも、イスラム式でほふったものに限ります。
「つまり、この店のバーガーはハラルなんだね?」
「ええ、ありがたいことです」
「どうせならもっと大々的に宣伝すればいいのに」
「そう勧めておきました。ちなみに、ハンバーガー以外なら、ハラルのインド料理が一軒とテイクアウトのトルコ風ケバブがありますし、ハラルの肉屋さんもちゃんとありますよ」
その後にいつもの習慣で口をついたらしき「アルハムドゥリラー」という言葉。アラビア語で「神に称賛あれ」、「神に感謝を」といった意味だそうだ。先ほどのイマームの説教でも何度か聞いた記憶がある。
「じゃあ、我々がお宅でご馳走になってるお肉も?」
「すべてハラルです。一般のスーパーよりはちょっと遠いんで、いつもまとめ買いして冷凍ですね」
メニューにはそれなりに選択肢があったが、せっかくだから私と麻子もハラルハンバーガーを頼んだ。味はまあまあ。絶賛するほど美味ではないにせよ、こんなカジュアルな店にしては優秀な方だ。
「お祈りのときの言葉って、あれ、みんな意味わかってるの?」
「全部ではないですね。毎回使う決まったフレーズがありまして、それ以外にコーランから好きな章を選んで暗唱する部分があるんですよ。普通のムスリムは短いのを二つか三つ暗記してて、普段自分一人で祈るときに使うものだけ理解してるケースが多いです」
「あ、お祈りとはいっても、願い事をしてるわけじゃないんだ」
「願い事はお祈りの最後に自由に言うことができます。それは何語でも。英語でもフランス語でも、日本語でもOKです」
神には何語でも通じる、と言わんばかり。随分都合がいい話に思えてしまうのは、私が世俗的すぎるせいだろうか。
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