19 アイシャ
見慣れない人種の年齢を推測するのは、どうしてこうも難しいのだろう。我々と同じぐらいか、少し上か、もしかしたらうんと若いのか。麻子と交互に見比べても、雰囲気が違いすぎてさっぱりわからない。
服装はぱっと見のイメージで言うと、インド方面の民族衣装。グレーがかったピンク色の大きな布を体に巻き付け、その一部を頭に被せてヒジャブ代わりにしている。この格好で飛行機に乗ってきたというのだから驚きだ。動きにくかったり窮屈だったりしないのだろうか。
リサたちの母親だけあって、若い頃にはさぞかしべっぴんだったろうと思わせる顔立ち。左小鼻にはリサと同様小さなピアス。そういえばサフィナは鼻ピアスはしていない。
母親を迎え入れて抱擁を
「母、アイシャです。英語はしゃべるのはあまりうまくないけど、一応わかりますから」
互いに名乗り、握手のつもりで手を出しかけたが、やんわりと遮るようなタイミングで彼女は自分の胸元に手を当て、「ナイストゥーミーチュー」と言った。そうか、うっかりしていたが、ムスリムの女性は夫以外の男性に触れてはいけないのだったか。
場を見守っているとどうやらその通りで、彼女は麻子とはハグし合っている。リサは初対面で私にハグしてきたが、彼女はアメリカナイズされて久しいし、そもそも敬虔なムスリムではないから勝手が違うのは当然だ。
空港への出迎えを担当したリサが年季の入ったスーツケースを転がして入ってくると、アイシャがベンガル語で何やら告げた。こちらを見たリサが微笑む。
「ああ、言われてみればどことなく……立ち姿がショーンに似てるって」
私の立ち姿が? 初めて言われた。信哉は突然変異レベルのなで肩だし、私は「後ろ体重気味」を自覚しているが、いずれも共通点ではない。
「ちょっと気抜くと左に傾くとこかしらね」
麻子が笑う。信哉の姿勢の悪さを私のせいにされたようで不服だが、女性陣は納得した顔でうなずき合う。
孫たちの熱い歓迎に笑顔で応え、リビングのソファーに腰を落ち着けたアイシャは、我々外国人を前にしても落ち着き払っていた。アメリカによく出入りしているせいか、それとも信哉をすでに知っているからだろうか。
我々にとっても彼らは、白人や黒人よりは親近感が湧きやすいかもしれない。肌の色も似ているし、体のサイズも近い。それに、知らず知らずのうちにお互いのアジア文化が
リサが母親の隣に座り、ベンガル語でしばしのやりとりがあった。その中に「シン」という名が何度か聞き取れる。こちらを向いたアイシャの目が
涙声で懸命に語るアイシャを、リサはおどけたような大仰な仕草でなだめる。
「困ったもんでしょ? 母、大好きなんですよ。ショーンのこと」
それは言われなくとも見て取れた。
「私なんか一緒にいてもオマケみたいな扱いよ」
肩をすくめたリサにつられ、四人の間に鈍い笑いがこぼれる。私は、英語でゆっくりアイシャに語りかけた。
「信哉は、あなたの家族に温かく迎えられ、とても大事にしていただいてるんですね。親として喜ばしく思いますし、本人も幸せな奴ですよ」
アイシャは、
「
と言うなり、自分の手のひらにチュッとキスする仕草をする。三十にもなる男を捕まえて「いい子」もないものだが、義母としての愛情は十二分に伝わってきた。彼女のベンガル語をリサが訳してくれる。
「ショーンはいつも
「
決して流暢ではない英語でアイシャはそんなことを言い、幸福と悲哀の入り混じった笑みを浮かべる。私は少々複雑な思いで、営業スマイルを引きつらせぬよう努めていた。
本来ならこんな情緒的な話をする前に、二人が結婚したことすら聞かされていなかった我々に配慮めいた一言というか、せめて思いやる態度が見られてもよいのではないか。もちろん彼女のせいではないし、謝罪の言葉はリサからすでに聞いてはいるが……。
ちょっと間が
「息子があなたを悲しませて申し訳ない」
と、慰める余裕さえ生まれていた。
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