20 異文化


 夕食のテーブルには、昨日とはまた別のベンガル料理が並んだ。


 ビリヤニと呼ばれる一見チャーハンのような料理には、ビーフがたっぷりと混ぜ込まれている。肉はホロホロと柔らかいし、その旨味をたっぷりと吸い込んだご飯にスパイスやニンニクの香りが加わり、ついうっとりと目を閉じてしまう。白身魚をタマネギと一緒に炒めたようなものも、味がしっかりしていて癖になりそうだ。チキンカレーは昨日のと似た味だが、一口サイズの胸肉に代わり、骨付きのもも肉がゴロゴロ。


 昨日と同様、我々にはフォーク、ナイフ、スプーンのセットが用意されていたが、彼らは皆、素手で食べる。そういう文化があることは認識していたものの、実際目の当たりにするのは初めてだった。


 汁気の多いものなどは一体どうやって手で食べるのかと不思議でしょうがないが、ご飯とカレーを混ぜながら、皿の上で軽く固めるようにして器用に口へと運ぶ。とにかく見慣れないし、何とも気取らない食事風景だ。キュウリとトマトのサラダも、カレーやご飯と混ぜながら一緒に食べるものらしい。「異文化」を強く感じるひとときだ。


 アイシャはビリヤニをわずかにつまんだだけで、疲れたと言って廊下の奥へと引き取った。カタールのドーハと米国内のシカゴで乗り継ぎ、ダッカとメイウェットタウンの空港間だけで二十五時間かかったそうだから無理もない。これだけのを毎年こなすだけでもアッパレだ。




 翌日、信哉の病室でアイシャは人目もはばからず涙を流した。どうも感情が高ぶるタイプというか、それを人前で隠さない人のようだ。といっても、悲劇のヒロイン気取りみたいなところはなく、純粋に本心が溢れ出てしまうらしい。


 逆に我々はどんな印象を与えているのだろう。実の息子が危機的状況にあるのに、取り乱しもせず随分冷たいなあとでも思われているのだろうか。実際、内心取り乱していないわけではないが、今はこれからどうすればいいかを考えねばならず、悲嘆に暮れる前にすべきことが山積みだ。信哉の容態については志穂にもメールで知らせ、ネットや知り合いを通じての情報収集を頼んである。


 トイレに行くと言って席を立ったきりだったアイシャは、面会客用の休憩所のような部屋にいた。椅子に座ったその姿に不自然さを覚える。いや、彼女の姿形は何ら変わりないが、テーブルに背を向けて壁の方を向いているのだ。まさかショックで気が触れたわけでもなかろうが。


「お母さん、大丈夫……」


 麻子が言いかけた瞬間、


「あ、お祈り中ね」


とリサ。


「お祈り……」


 山吹色の民族衣装に身を包んだ背中を改めて見やると、両手を肩の高さにひょいと上げ、座ったままおじぎをし始めた。その間、口を小さく動かしてモショモショと何か唱えているのが見える。


「座りましょ」


 リサに促され、三人でアイシャの後ろのテーブルに着く。お祈りが終わるまでは静かにせねばと思ったが、リサはごく普通に口を開いた。


「お祈りは最低でも一日五回するの。日の出前と、お昼過ぎ、日の入り前、日の入り後、それから夜に一回。うちの会社にもちゃんとお祈り部屋があるのよ」


 さすがは世界のエルボンマート。多様性への配慮も先進的と見える。



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