第2章
17 ショーンの魅力
「子供はやめとこうねって、結婚前に話し合ったんです」
サングラスをかけたリサがハンドルを握りながら、ソラーラの走行音に負けじと一段高い声を出す。少しは気分転換でも、というリサの提案で、我々は移動のついでに近所をドライブしていた。
「私はもともと欲しいと思ったことないし、ショーンは相手次第と思ってたみたいで」
相手次第、か。あいつらしいな。できたから産ませる。流産したからついでに全部振り出しに戻す。相手が欲しがっていないから作らない。
「母は未だに『せめて一人だけ産んだら?』って言うけど、一応遠慮がちだからまだいい方。叔母なんか面と向かって『まだかまだか』よ。あんなのアメリカじゃハラスメント以外の何ものでもない。作る気ないって何度も言ってるのに。まるでショーンがだらしないからだみたいな言い方されたときはほんと頭に来た。だから、叔母から電話かかってきても出ないようにしてます」
大学からアメリカに出てきているリサにしてみれば、お国のそういった風潮はさぞかしうっとうしいだろう。そんな話をしながら、リサは車窓から見える景色についてもランダムに解説を加える。
「そこの細い道、まっすぐ行くとジョティとローハンの学校です。今は
小学生に送迎が必要となると親も大変だ。スクールバスもあるが、事前に登録していないと使えないそうだ。
外は快晴。四月も下旬とあって、昼が近付くと暑いほどだ。空は広く、どこまでも真っ青。土地はたっぷりあるから、町の作りはとことん大雑把。サフィナ宅がある住宅街は緑が豊富に
家の最寄りのインターチェンジとホテルの間で見かけた建物といえば、小売チェーンの倉庫らしきものに、企業のオフィス、車のディーラー、ホテルやモーテルの類。これらがまばらに建っているため、随分と寂しい印象を受けた。今日こうして足を伸ばしてようやくスーパーやレストラン、大小のショッピングモールが目に入り始める。
このドークスビルは、天下のエルボンマートが本社を構える町。世界最大のスーパーマーケットチェーンだ。日本の大手「○×スーパー」をも傘下に収める国際的一流企業。そこにサフィナがITマネージャーとして勤め始め、そのつてでリサも同社に会計職を得た。
「私はカリフォルニアの大学で会計学を勉強して、卒業後は会計事務所とか一般企業で修行を積んで、途中ちょっと寄り道もして……」
パン、と鋭いクラクションの音。ウィンカーなしで前に入ってきた車にリサが抗議したのだ。思い切り眉をひそめている。
「それから……どこまでしゃべったっけ? そう、NAFTAのプログラムでカナダに行ったの。あっちで一時的に働けるビザがあるんです」
日本人にとってのワーホリみたいなものだろう。
「で、トロントで化粧品メーカーの会計の仕事を」
「一貫したキャリアだね。会計一筋」
リサは大きくうなずき、
「数字は裏切らないから」
と笑う。
「そうこうしてるうちに、ついに運命の人と出会ったってわけ」
なかなか英語で口を挟めずにいた麻子がすかさず、
「
と手を叩いた。リサは、
「私の運命の人はあなたたちがいなければ存在しなかった。だから私の方こそ、ありがとう、ですね」
「どういたしまして」
「そうだ、
「
即答、かつ端的な一言。隣を見やると、麻子は自分の手柄と言わんばかりに満足げだ。
「私ね、こう見えて男関係では結構ひどい目に遭ってきたんですよ。あ、これ、うちの家族には内緒ね。ショーンだけは全部知ってますけど。ま、話せば長くなるんで、今日のところは省略ってことで」
こちらも嫁の「男関係」の歴史を掘り下げる気は毛頭ない。
「そのせいで誠実な人を求めるようになった感じかな」
それならわかる気はする。信哉には少なくとも邪悪な性質はないはずだ。
「ショーンはまっすぐできれいな人。それだけに誤解もされやすいけど」
リサは小首を傾げ、反応をうかがうようにミラー越しにちらりと我々を見る。
「うむ」
適当な
「自分の欠点とか弱さとか、恥ずかしい思い出とか、情けなさとか、そういうものから目を
受け入れて、と言えば聞こえはいいが、
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