14 新事実


 キッチンからの匂いと彼らの出身地で予想がついた通り、晩の食卓には一見してインド風の料理がずらり。ダイニングテーブルの角にはからの皿が積んである。バイキング形式で、各自好きなように取って食べるということらしい。


「バングラデシュの伝統的な料理ですが、お口に合うかどうか……。これがチキンで、こっちが魚ね」


 各々が料理を皿に取り、テーブルを囲んだ。一口目で、お世辞でなく「うまい」の一言が口をつく。


 チキンとか魚とかいっても、要するに各種のカレーだが、とろみの強い日本のカレーとは違って液状に近い。味もそれぞれ違うし、単なる辛味ではないスパイスが利いた本格的な味わい。本場の人々の家庭料理なのだから当然かもしれないが、日本のインド料理屋などあっさりかすんでしまう。


 プラウと呼ばれた白いご飯には、飴色に焦がした玉ねぎと、細長く切ったアーモンド、それにレーズンが混ぜ込んであり、噛むごとにバターとスパイスが香った。細長く粘り気の少ない米。いつぞやの米不足で一躍有名になったタイ米を彷彿ほうふつとさせるが、この料理法にはむしろこちらの方が適しているようだ。


「レモン使う?」


 差し出されたのは皮が緑色のライムだが、彼らはこれもレモンと呼んでいるらしい。試しに搾ってみると、これが絶妙。


「合うのね、カレーにレモンって」


 麻子も大満足で、いつになく旺盛な食欲を発揮する。


「辛すぎないかしら? 一応控え目にはしたつもりなんだけど」


 そう言うサフィナの隣では、ライムと一緒に小皿に載ってきた青唐辛子をリサが手でつぶしながら自分の皿に加えている。


「いや、全然。ちょうどいい辛さだし、どれも本当においしいよ」


「よかった。たくさん食べてくださいね」


「信哉もこれなら大丈夫ね」


「そうだな」


 あいつは辛い物がからっきしダメだ。日本のカレーの「中辛」を食べられるようになったのも、そろそろ中学を卒業しようかという頃だった。


「おいしいでしょ? 姉は料理全般得意だし、バングラ料理は特に絶品なの」


 リサの言葉に我々も大きくうなずく。


「普段のお食事もこういう感じなのかしら?」


 麻子の呟きを英訳して伝える。


「うちは七割方バングラ料理かしらね」


 サフィナが答え、リサは、


「それを私たちがここに食べに来る」


とおどけてみせた。


「あら、でもシンが何だか日本料理を作ってくれたことあったじゃない」


「ああ、ノリマキね。スモークサーモンとアボカドで」


 実にアメリカらしい組み合わせだ。


「うちはショーンと二人だけだし、私があんまりお料理好きじゃないから、いつも適当に。ショーンが結構上手で、パスタとか中華風の炒め物とかよく作ってくれるんです。私がするときは、オーブン一発で済んじゃうような簡単なのが多いかな。あとは外で買ってきたり、デリバリー頼んだり」


 料理嫌いを堂々と認め、夫に料理をさせていることを悪びれもせずしゅうと夫婦に打ち明ける心理は、私の感覚では理解しがたかった。といっても、仕事はリサの方が忙しいだろうし、信哉がせっせと家事に励む姿は何ら意外ではない。


 食事を終えると、サフィナと子供たちはどこかへ引っ込み、私たちとリサが残った。そういえば、リサに聞くべきことがある。


「お姉さんは……ムスリムなんだね?」


 リサはその質問を待っていたかのように、「ええ」と大仰にうなずく。


「姉だけじゃなくて、みんなね。義兄にいさんも、子供たちも……私も」


と、隠していない髪をいたずらっぽくつまんでみせた。そこで真顔になったリサは、


「それから、ショーンも」


と付け加える。


「何!?」


 声を裏返した私の横では、麻子も口元を押さえて絶句している。


「実は、そのお話も今日しなくてはと思ってたんです。私との結婚と同時に、彼はイスラム教にconvert改宗しました」



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