12 霧中
何とも不快な眠りだった。強烈な疲労感によって泥沼に引きずり込まれる感覚。一方では、妙に
トイレを流す音で我に返る。麻子が先に起きたらしい。枕元のデジタル時計は七時十分。過ぎた時間の割にはまるで眠った気がしないが、思考だけはぱったりと停止していたのを感じる。
明るくなってみると、窓の外はつくづくアメリカだった。いや、一口にアメリカと言っても広い国だ。ニューヨークの摩天楼もアメリカなら、中西部の荒野だってそうだが……。今目の前に広がっている光景こそ、私にとってのアメリカのイメージであり、記憶だった。
建物は概して平たく、それを上回る広さの敷地が気前よく駐車場に
ホテルで朝食をとり、がら空きの歩道を歩いて病院に向かう。麻子は信哉の顔を見るや、
間もなく昨日の医師がやってきた。聞きそびれたことを麻子がメモしてくれていたため、それらをひと通り尋ねる。
まず、手術では何をしたのか。これについては、
一ヶ月が最初の山という話だが、この状態から一ヶ月以内に意識が戻る人は実際どの程度いるのか。そう尋ねると、ドクター・ニールズは苦々しげに首を振った。はっきりとしたデータがなく、パーセンテージや件数は答えられない。ただし、そういう例が過去にあることはある。意識を取り戻すために何が効果的かについても、明確な答えはない。外部からの刺激を繰り返した後に意識が戻った例もあるが、因果関係は不明だという。
「なんか、
麻子がぼやくのももっともだ。全体的な印象として、「医学的に証明されていない」旨の強調が目立った。ニールズ先生自身はあまり希望を感じていない風だが、かといって諦めろと
「ま、変に期待を持たせて後で裏切ったら、冗談抜きで訴えられるからな」
アメリカは日本と比べれば数段上を行く訴訟社会。患者や家族に恨まれぬよう予防線を張ることは、医師として当然の策とも言える。それだけに、我々にとっては何もかもが不透明で灰色だった。可能性は未知数、としか言ってもらえない辛さ。全く望みがないと宣告されるよりはましだが、せめて何らかの指標が欲しかった。
病室で物言わぬ息子を眺めていても、悔しいやら悲しいやらで考えがまとまらない。ここでただ嘆いていられれば楽だが、そうはいかないのが現実。麻子も同感だったと見え、気付けばどちらからともなくホテルへと足を向けていた。
昨日打ち合わせた通り、夕方四時に病室でリサと合流した。医者に言われたことをかいつまんで話し、三人で改めて肩を落とす。リサが気を取り直すように顔を上げた。
「ところで今晩、姉のうちで夕飯いかがですか? 義兄はあいにく出張中ですけど、姉と子供たちだけでも紹介したいし」
ちらりと隣を見やると、麻子は小さくうなずく。
「ああ、ありがとう。お言葉に甘えてお邪魔しようかな」
実は麻子とは、今日は彼らの家に寄って挨拶だけはさせてもらおうと申し合わせていた。せっかくだから夕食もご
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