第五話 さらば、愛しきハイカロリー〜代用鶏白湯ラーメン〜

第五話①

 カロリーオフのコンニャク麺を見つめ、谷村たにむら月歩つきほは熟考していた。だが、これを買うと負けた気がしてしまう。

 身長一五二センチメートルに対し体重は七十キロオーバーであるが、年に一回の身体測定でしか自分の重みを知ることがなかったので今までとくに気にしていなかった。洋服もオーバーサイズのもので溢れているし困ることはない。ましてや「デブ」などという蔑称を使う人も周りにいなかったので、あの男の言動には呆れ返ったものだ。初めて会ったばかりの男から「思ったよりデブだね」と言われたのが、つい一時間前のことである。「トイレに行く」と言って抜けてきたのだが、その帰りにスーパーへ駆け込んで今に至る。

「だいたい、うちの家系はぽっちゃりなのよ。生まれつきっていうか、DNAがね。仕方ないよね。つーか、わたしはデブじゃないし」

 月歩は手に持ったコンニャク麺に言い聞かせた。くにゃくにゃとしたさわり心地がなんだか憎めない。

 月歩は深いため息をつき、自分の体を見た。胸が豊満なおかげで、その下にある脂肪や肉は見えない。姿見に映る自分は確かに周りに比べれば横に広いかもしれないが、実家に帰れば巨漢な父が椅子に座っているので「あれに比べればマシ」と思える。母も兄もハイカロリーな食べ物が大好きで、唐揚げにはマヨネーズをたっぷりかけて食べており、当然まんまるなリンゴ体型である。感覚が麻痺していることは否めないが、そんな家族の中にいれば月歩はまだ小柄な方で小食だ。

 マヨネーズが昔から苦手で、甘ったるい菓子もたくさんは食べられない。ハンバーガーショップより蕎麦屋に入りたい。ただし、カップラーメンやスナック菓子は大好物である。炭酸飲料も飲むが、それは華奢でスタイル抜群な友人、有本ありもと楓香ふうかの消費量に比べればかなり少ない方である。楓香は毎日二リットル飲まなければ気が済まないらしく、ケーキも大好きで、チェーン店カフェの新作は欠かさずチェックするほどだ。それに比べれば食事が原因で太っているわけではないと思う。月歩はコンニャク麺を棚に戻した。

「やっぱダメ。置き換えダイエットなんて無理。おいしくないご飯は食べたくない!」

 高校生の頃、一度だけ楓香と一緒に「ダイエットしよう!」と遊び半分で低カロリー置き換えダイエットをやってみたことがある。米を豆腐に、麺をコンニャクに置き換え、ダイエット用スープを毎日飲む生活をしてみたが長続きはしなかった。また、コンニャク麺はとてもじゃないが中華麺に置き換えられるものではなく、ただただ弾力が良いだけの細長い糸コンニャクでしかなかった。満足感も得られないのでストレスが溜まる一方だ。

「やっぱやめよう。めんどくさい。そもそも、ああやって悪口言う方が悪いのよ。人に対して使う言葉じゃないわ。あのクソ男め」

 思い出すだけでムカっ腹が立ち、自分の口の悪さを棚に上げて毒づく。

 大学生になり、彼氏を作ろうと思い立ったものの女子大で彼氏ができるはずがなく、楓香は男性に興味がないので合コンに誘っても来たがらない。他の友人から紹介され、遊びに行くもいつも友達止まりで終わってしまう。それに、遊びに行く男性は同い年で編成されるので出会いの幅が狭いのだ。そこで試しに使ってみることにしたマッチングアプリで、初めて知らない男性とチャットで話し、会うことになったのだ。

 シゲという名の彼は、二つ年上で社会人一年目の男性だった。見た目は俗に言うイケメンであり、爽やかな笑顔と白い肌、ふんわりと柔らかでボリューミーな髪の毛が今どきの若者を体現しているかのよう。チャットで話している時も物腰柔らかでとても好印象だった。そんな彼とマッチングでき、デートにまでこぎつけられた時は舞い上がって喜んだものだ。すぐに地獄へ叩き落とされたが。


 月歩は学生寮に戻った。二人部屋の2K風呂トイレ別。冷暖房完備で内装もキレイなこの部屋は月歩と楓香の着替えや本、漫画、化粧品がごちゃごちゃと散らかっている。結局何も買わずに戻ってくると、楓香がのんびりとスマートフォンでゲームをプレイしていた。無防備なノーメイクでオーバーサイズのTシャツ一枚だけという格好だ。

「あれ? デートは?」

「なし! 終わり! マジでクソだった」

 楓香の問いに月歩は短い暴言を吐いた。おろしたばかりのワンピースのしわなど気にせずに、どっかりとベッドに座る。すると、楓香は勝ち誇ったようにニンマリと笑った。

「ほーらね、マッチングアプリなんて使うから。やめときなって言ったのに」

「でも効率よく会うにはそれが一番手っ取り早いの!」

 月歩はついムキになって言い返した。実際、アプリのサービスはとても良心的だと思う。異性の性格や相性がパーセントで表示されるし、ライバルとなる同性は見えないので気楽に使える。指先一つでマッチングが可能なので効率的だ。しかし、第一印象で決めるよりもデータで決めてしまったものだから会うまで相手の雰囲気や話し方、仕草、人となりは分からない。チャットで話したところで、返信までのタイムラグがあり、どうやっても好印象な文章となってしまう。会ってみて初めて気づくこともあり、今回は初手からハズレくじを引いてしまったのだ。月歩はイライラと愚痴をこぼした。

「普通さ、会ってすぐに『思ったよりもデブだね』って言う? ウケ狙いにしてもサムイわ! モラルがなってないのよ! あれで社会人やってんの信じらんない!」

「あー、それはクソ確定だわ。あり得ないわ。そいつ、絶対付き合ったらダメなやつ」

「だよね! 逃げて正解だった。あれはモテないわ」

「だからアプリ使ってんでしょ。ガワだけ良くても中身がクズだからさ。そいつと普段接している人は分かるんだろねぇ、ヤバい男だってのが」

 楓香は乾いた笑い声を上げ、ソーシャルゲームを進めていく。確かに見た目も心もイケメンな男性はアプリなど使わずすぐに誰かのものになるはずだ。だが、こんな風に自分たちも男性に対して文句ばかり並べているので盛大なブーメランとなって各々の心に突き刺さっているのだった。月歩はベッドに倒れ込み、落ち込んだ。

「ちくしょぉぉ……やっぱダイエットするかぁ……」

「ほう、ガワだけ良くなる作戦か。まぁ悪くはないだろうけど」

「でも、あのクソ男に言われたからっていうのも癪だからなぁ……やっぱやめよ」

「意思弱っ! さすが月歩、怠惰だねぇ。そういうとこ愛してる」

 褒めているのか貶しているのか分からない言葉だ。月歩は悔しく歯噛みした。

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