『……あれ、いつの間にか寝ちゃってたみたいですね』

 僕の視線の前、少女はゆっくりと目を開いた。

『えっと、ちゃんと解除できましたか?』

「ああ、成功だよ!」

『そうですか! よかったです! ……本当に』


 少女は安心した様子で、無邪気に微笑ほほえんだ。その目に段々と、透明にしずくが大粒へと変わる。

『本当に私……普通の女の子に……なれたんだ…………』


 水晶のように輝く雫を落としながら、少女は夢にまで見た世界をその目で見まわす。

『幽霊さん……私、うれしい……嬉しいです!』

 滾々こんこんと涙をこぼす少女の姿はやはり、年頃の女の子だ。

「僕も嬉しいよ。今までで一番骨が折れる作業だったし。ま、れる骨なんてないけどね」

 少女はきっとこれから、素敵な人生を歩むことだろう。


『幽霊さん。約束、覚えていますか?』

「…………もちろん! 人目にうつらない僕でよければ、ぜひお友だちになるよ!」

 僕たちはたがいの右手を差し出し、握手を交わした。けた僕の指先は、少女の手をわずかにすり抜けた。


「さてと、僕はそろそろ次の現場に行かなくちゃ」

 ベテランのように振舞いきびすを返そうとする僕の背中を、少女の声が引き留めた。

『一つ気になっていたので、幽霊さんに質問したいです』

 思わず触感のない脚を止めて、瞳を輝かせた少女に向き直る。涙はすでにぬぐわれていた。


『幽霊さんはどうして、爆弾解除をしようと思ったのですか?』

 純粋な質問を向ける少女の姿はまるで、ヒーローインタビューをするリポーターだ。

 僕らはたった今心がつながった友達として、気さくにこたえてあげることにした。


「実はね……僕は生前、爆弾処理班の一人だったんだ。だけど、ある任務で失敗した際に肉体も周囲も吹き飛んでしまってね。こうして死んだ後も解除を続けているのはさ、『あの時、失敗さえしなければ』っていう未練からだろうね」


 出来るだけ空気を重くしないようつとめたつもりだが、それでも少女はうつむいてしまった。

 しばらく、風だけが通りすぎる時間が流れる。それから少女はゆっくりと、しかしかくたる光を顔に表して言った。


「でも、幽霊さんは今日、私の胸の中の爆弾を解除してくれました! 私を爆弾から、普通の女の子にしてくれました! 私の夢を叶えてくれました!

 だからどんなに生きていた時代に失敗したとしても、私は幽霊さんに、返しきれないありがとうの気持ちがあります!」


 ない心がきゅっとねあがる気がした。目の前のこの子は何て純朴なのだろう。

 僕はこの子に今までしかかっていた爆弾という名ののろいと、その呪縛から解放された晴れやかな少女の顔を見ていた。


『そう言えば、幽霊さんはどこかの爆弾解除に向かう途中でしたっけ』

「いいよ。幽霊はいつでもひまだし、処理だって誰も発注してない派遣みたいなものだから」

 そして僕たちは気心の知れた親友のように、ほぼ同時に笑みを交わした。


「それじゃあ、またいつか会おうね。親愛なる普通の少女さん」

 少女は太陽のような笑顔で一言「はい!」と返すと、世界に開けた自分の新たな道を進むように、見えなくなるまで僕に手を振りながら、はずむ駆け足で別れていった。



 僕も軽く手を振り返し、仕事に戻る。


 今度こそ、爆弾解除の仕事に。


                                  〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽霊と普通の少女の話 私誰 待文 @Tsugomori3-0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説