『私、爆弾なんです』


 すると、おもむろに少女は身にまとっていた羽織はおりの前面を、いきおいよくさらけ出した。僕は咄嗟に両手で目をおおってしまう、年端もいかない女の子がなんて破廉恥な!

 でも、恐る恐る両手を外した先の少女を見た瞬間、僕は目の前の光景が信じられなくなった。


 少女のあらわになった裸体の胸部、ガラスで守られた内部の奥で、エンジンじみた複雑な機械仕掛けの心臓部が見えた。さらに心臓部の中、本来は動脈と静脈が通っているはずの血管にはそれぞれ、赤と青のビニールがつながっている。あれは、導線だ。時限爆弾には付き物の、赤のコードと青のコード。

 少女の身体は、爆弾だった。


「………………えっ」

『えへへ、びっくりしました?』

 声に意識を戻される。少女は笑っていた。両手の中に包み隠したかえるをいきなり見せつけたり、肝試しのおどかし役として物陰から飛び出るような、他愛もない場面で見せる笑顔だった。


『私、普通の女の子みたいにごしてみたいんです。手を合わせても、一緒に歌っても、髪をってもらっても相手を爆殺しない、ただの女の子になってみたいんです』

 そう語る少女の顔は、年頃の女の子と大差ない。夢を夢として純粋にえがいている、生きた少女だ。

『だから教えてください。あなたはどうやって、爆弾を解除するんですか? 解除しても、あなたは生きてくれますか? …………もし私が爆弾じゃなくなったら、私の、友達になってくれませんか』


 どうして。どうして眼前の少女は、あんなに悲しいひとみで微笑むことが出来るのだろう。彼女がいつから爆弾として生き、どれほど年月をて僕の元におとずれたのかは知るゆえない。だけど、悲痛を形にしたような少女のうったえの奥に、今まで純粋にすがったいくつもの救いの手を、願ったまま自分の手で破壊してしまった救いの手の数々を、僕は確かに感じた。これが、少女の真意だ。

 出来るなら彼女を救ってあげたい。幽霊である僕なら刺傷なく彼女の爆弾を解除できる。


 しかし、彼女の爆弾は今、心臓の役割を果たしている。それを解除することはつまり……を意味する。



「…………」

『あの、どうしちゃいましたか?』

「えっ? あ、ああごめん。ちょっと考え事してたんだ」

 少女は心配そうな表情で見上げてくる。その表情は何の変哲もない女の子でしかない。

「えっと、爆弾解除のやり方、だったよね。いいかい、一回しか言わないからよく聴くんだよ?」

 あらたまって姿勢を正す少女。期待を込めた眼差まなざしは、就寝前の読み聞かせを待つ子供に似ている。


「解除の方法はね、たった一つだけあるんだ」

『どんな方法ですか?』

 それから僕は大きく一回、深呼吸をした。空気をう筋肉も、吸った空気を流す気道も、新鮮な空気をめる肺もないくせに。


「爆発させることだよ」



 刹那、少女の表情がくもる。

『それって、解除とは言わないんじゃ……』

「爆発、といっても強大な熱を放出しながら衝撃で周囲を破壊してまわる、あの爆発じゃない。僕が言っているのは、君の胸の中にある時限爆弾の、起爆装置のスイッチを切ること。切った瞬間、かすかなスパークが炸裂はするけど、それ以上の規模で爆破は起こらない。それが一番簡単な、君を生かす唯一の手段なんだ」


『スイッチを切った後は、どうなるんですか』

「後? そんなの、君は普通の女の子になるだけだよ。これからやりたいこと、夢にえがいたことをいくらでも出来る子になれるんだ」


『なら、どうして今までの処理班の人は、私をそうしてくれなかったんですか」

「推測のいきを出ないけど、未知の人型爆弾というイレギュラーを前に、平常心を保てなかったんだと思う。僕とは違って、今まで君を救おうとした人たちは、失敗が死に直結していた。だから冷静さをうしなってしまい、事故につながった」

 僕の話を聴きながら、徐々に目がうるんでいく少女。きっと、これまで彼女を救おうとしていた先人たちは皆、心優しく、使命にじゅんずる覚悟を持った、気高き人たちだったのだろう。


「だからこそ、もう死んでいる僕が役に立てる。装置が起動しなくなれば、爆弾そのものが機能を失う。そしたられて君は、普通の女の子になれる」

 そう言うと、少女はなみだを溜めたまま顔をほころばせた。

 そして彼女は受け入れるように、小さな両手を差し出した。


『分かりました……絶対、私の中の爆弾を解除してください。その後は私と……普通の女の子になった私とお友だちになってください』

「あぁ、約束する」

 少女はあたたかいベッドに体をしずみこませるように、ゆっくりと瞳を閉じた。



 僕は何をしているのだろう。


 もちろん、行為としての問いかけなら、時限爆弾じげんばくだんの解除が答えだ。

 爆弾はその用途ゆえ、内部の構造に少しでも衝撃が加えられれば即座にエネルギーを開放する仕組みになっている。だが幽霊である僕は、細やかな機構を無視して核にせまれる。


 僕のけた手は一切の揺らぎを内部にもたらさないまま爆弾の核、言い換えるとしんの部分にあっという間に辿たどりついた。

 芯には原子時計を元にした電子機械が、一定のリズムを爆弾内に送り込んでいた。もし外部から何らかの接触があった場合、機械の危険信号が瞬時に起動に、このリズムは爆発までのカウントダウンへと変貌へんぼうする仕組みだ。

 そして芯となる機械からびるように接続された、二本の導線。一方は赤、他方は青のビニールでくるれている。顔も知らない設計者野郎はご親切に、時限爆弾のテンプレートを踏襲してくださっている。


 後はこの導線に向かって、〈切る〉という念を集中させればいい。そうすればポルターガイストさながらに線はたれる。生きた処理班は設計を解析しながら、安全なコードを探さなければならないために四苦八苦する。だが幽霊である僕は微弱な電磁波でんじはの違いを感知することで、重要なコードだけを選んで切れる。これが幽霊として浮遊している僕だけが出来る、爆弾解除の芸当だ。

 手慣てなれた作業だと割り切り、意識を集中する。すぐに断つべき導線はわかった、赤のコードだ。

 後は念を送ればいい、それで電子のリズムが停止し、爆弾はその機能を失う。


 だが僕は通常作業の何倍、何十倍の時間をかけて、ただただ機構を見つめていた。この爆弾の持ち主は、僕を信じて待っている。解除されれば周りと変わらない生活が出来ると信じ、希望に胸をふくらませている。


 僕は何をしているのだろう。

 時限爆弾の解除が答えでないのはたしかだった。


 なぜなら今、僕の目の前で眠る少女のいのちを救うことは、同時に少女の夢をころすことになるからだ。

 彼女の夢は、今の生活から抜け出すこと。自らをしばる赤と青のくさりから解き放たれ、今の環境から脱却して、自由を手にすること。

 それは何物にも縛られない、自分の意志による行動。

 少女の笑顔を見たとき、その純粋な思いに触れたとき、僕は確かに感じたのだ。


 君には、もっと生きてほしい。

 その願いを叶えるためならば、僕は喜んで――


                                 〈続く〉

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