幽霊と普通の少女の話

私誰 待文

 爆弾処理ばくだんしょりに必要なのは、運と度胸、そして何よりも現世に未練を残さないことだ。

 例えば家族とか友人、大切な人を残して爆殺されたくはない。対人関係でなくとも、資産がまだ残っているとか、パソコンのデータを消しそびれたとか、そうした即物的な欲望だとしても、のこして死ねば未練になってしまう。


 だとすれば、何者が爆弾の処理に向いているのか?

 答えは、僕のような人間である。


「はぁ……」

 僕のように、と呼ばれる存在が。


 幽霊はすでに死の先にいる存在。ゆえに万が一失敗したとしても、うしなうものは何もない。

 僕は今日もいつ成仏するか分からない漠然たる不安をかかえながら、人知れず処理現場をただよう。

 はずだった。



『どうしたんですか?』

 僕のため息を聞きつけたらしく、どこからかやってきた少女の声が聞こえてきた。


『顔色が悪いようですが』

 それはそうだろう、とツッコミたくなる気持ちを、一瞬の理性で何とか押し込めた。

 どうやら彼女には僕が見えているのか。今まで幽霊として生きてきた(この表現が正しいかは分からない)中で、初めて生者に存在をみとめられた。


『これからお出かけですか?』

 少女の真珠玉じみたひとみは、何もない空をんだ目で見つける。僕は一応彼女の視線と交差する形で、出来るだけ幽霊らしくない返答を心掛けた。

「そうだよ。いまから時限爆弾を解除しに行くんだ」

『あらそうなんですか!』

 無邪気な声音だった。まるで自分が危険な場所にいくとは微塵みじんも思ってないような、そんな口調だった。


『いいですねー。爆弾解除が終わった後は、何をされるんですか』

 後? 僕は思わず聞き返してしまう。普通、危険な任務におもむこうとする人を前にして、そんな無神経な質問を投げかけられるものか。もしくは、死の先にいる幽霊だと見越みこした上での発言だろうか。


「あの、一応いておくけど、僕がどういう存在か分かってる?」

 先の見えない洞窟をのぞくときと同じ慎重さで質問する。返答次第では、僕は一目散にここから遁走とんそうするかもしれない。

 しかし彼女は、きょとんとした表情を浮かべた。


『えっ、幽霊ですよね? 違いますか?』

ちがわないけど……」

 これで一歩前進だ、少女は僕を幽霊だと確信した上で解除後の予定を聞いている。


「あー、それで何だっけ? 後? 幽霊に先も後もないよ。人知れず爆弾をただのガラクタにしたら、また時限爆弾を探しつつ浮遊するだけ」

あそびには行かないのですか?』

「幽霊が何して遊ぶのさ」

『美味しい食べ物をめぐったりは』

「幽霊が何かってちゃんと知ってる?」


 揶揄やゆか本心か、とにかく少女の心にはつかみどころがない。幽霊と知っているのに顔色の悪さを気遣う荒唐無稽こうとうむけいさも、生きた人間でもないのに仕事の後の予定を聞くいびつさも、全てが分からない。彼女の心を推し量る行為には、透明な風船を追っているような不安定さを感じる。もしかしたら、今しがた僕を見上げている彼女の透明感ある双眸が、僕と彼女の精神距離をはなしているのかもしれない。


 僕が何となく真意をはかりかねている間、少女は綺羅星きらぼしに似た笑顔を向けた。

『幽霊さん。あなたって、どうやって時限爆弾を解除するんですか』

「えっと、その前にまず確認したいんだけど、君はどうして僕のことを幽霊だって思ったのかな?」

『違かったからです』

「何が?」


とは、何か違うと思ったからです』

……なんだって? 今、少女は何て答えたんだ?

 あまりに分かりやすく狼狽うろたえてしまったのか、少女は僕を見つめながら両眉を八の字にすぼめ、雨に打たれる子犬さながらに弱った姿を見せた。


『私、爆弾なんです』


                                 〈続く〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る