#29 支配の力

 チョウヒさんたちとようやく合流した。

 一緒についてきたモノミユの胸元には大きな傷跡。マリーが慌ててモノミユへと駆け寄る。

 そしてニッさんから降りてきたチョウヒさんが入れ違いに俺の元へと駆け寄ってきた。


「無事で良かった……けど、あの人……孤高姫?」


「ち、誓って、チョウヒさんの婚約者として恥ずべきことはしていませんっ」


「それは信じてるけど……でもあの人、ニヤカー家のマリーローランさんでしょ? まさか孤高姫が貴族だったなんて」


「チョウヒ、心配するな。孤高姫が貴族だったとしても、ノリヲを訴えてどうこうするようなお人じゃないよ、孤高姫は」


 抱えたリビトに目隠ししたままニッさんから飛び降りたモーパッも寄って来る。

 ああそうか。チョウヒさんは、俺がまた不当な罪を着せられて牢獄送りにされないかどうかを心配してくれているのか。

 昔の元カノはこういうとき、俺の貞操観念を責めてきそうだから、なんか身構えてしまったが……というかまたチョウヒさんの心労増やしてるのか俺は。


「済まない、チョウヒ。モノミユの傷の治療までしてくれたのだな」


 服を着たマリーが戻ってくる。最初にコウとモメたときのあのサングラスをかけ、腰ベルトには短剣が。

 モノミユに着替えは積んであったようだが、さすがにブーツや鎧はないままか。


「情報共有だ。チョウヒたちと合流したとき、コウの死体があった。あれは蘇生したわけではないと思う。傷口が乱暴につなぎ合わせていただけだから、もしかしたら死んだままだった可能性すらある。孤高姫をさらった輩の天啓とかで操っていたのかもしれない。後々面倒なことにならないよう、燃やしてから砕いてバラまいてきた」


 魔法で生き返らせることができるとはいえ、肉体の損傷が激しければ復活はできないと聞く。

 何でもできるわけではないし、魔法への対処法なんかも確立されているようだ。


「次は私の方だな。マリーローラン・ニヤカーがここに宣誓する」


 マリーは右手をビシッと高く挙げ、ようやく目隠しを外されたリビトも含め、一人ずつ全員と目を合わせた。


「私はノリヲに助けてもらった。命のみならず、貞操もだ。ノリヲをニヤカー家の大切な恩人とすることをここに宣言する」


 チョウヒさんの表情が柔らかくなる。本当に申し訳ない。


 その後、孤高姫はコウを討ち取ったあとフシミで別れ、フシミを脱出する際にたまたまフシミに滞在していたマリーと合流し一緒に逃げてきた、ということになった。

 マリーと二人だけの個別パーティを解散し、チョウヒさんたちとの個別パーティへ参加してもらうと、マリー自ら天啓の説明をしてくれる。


「私の天啓【夢見少女】は、私自身の意識を閉じ、私ではない一人のキャラクターになりきることができる。性格、戦い方、能力値や使える属性まで変化する。私自身は、まるで物語を読んでいるかのように、そのキャラクターが動いている様を眺めている状態でね、私の体の制御を奪われたのはちょうど、そのときだ。舞台の幕が閉じたかのように真っ暗になり、視界が戻ったときには馬車の中で武装解除されていた。【夢見少女】の、あらかじめ設定しておいた効果時間が終了したので視界が戻ったようなのだが、それでも体の自由がきかないのは継続中だった」


「となると孤高姫の」


「マリーローランでいい」


「済まない。マリーローランを襲った奴の天啓効果は、意識がない者の体を操作し、精神値を消費する限りは効果継続といったところだろうか。それならばコウが死体のまま動いていたのも納得できる。仮にその操作できる対象が人じゃない物まで動かせるとしたら、厄介だな」


 マリーとモーパッの推測論議は勉強になる。

 なるほど。こうして得られた情報から可能性を絞り込んでゆくんだな。チョウヒさんが個別パーティを組んでいない相手の天啓を見れるようになったの、かなり助かるな。


「で、マリーローランはその逃げていった奴の顔は見たのかい?」


 マリーは肯く。


「私の記憶が確かならばフンショクケッだ。ドバッグ家の次男、フンショクケッ・ドバッグ。国王陛下の生誕パーティで見かけたことがある。噂を聞く限りでは頭が切れるとのことだったが」


 マリーの表情が怒りに歪む。無理もない。かどわかされた挙げ句に性的なことも含めた暴力の対象にされたのだ。

 しかしまたドバッグ家か。

 地球人ガイドでは貴族には関わるなとしつこく警告が繰り返されていたので、敵対する貴族って考えただけで気が滅入る。

 だが、フシミで死んだコウの死体を利用したにせよ、生き返らせたにせよ、コウの兄であるのなら二つの襲撃に裏で絡んでいたというのは納得感がある。逆に言えばドバッグ家さえなんとかできれば平穏な異世界ライフを送れ――何言ってんだ俺は。


 自分の置かれている状況、自分に隠された能力。とてもじゃないが手放しで喜べるようなもんじゃない。

 俺が直接関わったわけではないが、チョウヒさんもダットもモーパッも前回の魔王復活時にご家族を亡くしていることに対して、知りませんでしたで済ませられない自分の性格もわかっている。

 それに、俺の天啓と関係あるのかもよくわらからないが、この海苔を操作する能力。使用に関し、精神値を全く消費しないというのがある意味怖い。

 ゲンチ人からしたら恐怖以外の何者でもないだろうし。


「で、フンショクケッの逃げた方向が次の農業拠点マンゾクだとしたら、そこで自分らに敵対するなんらかの準備をする恐れもあるってことだよな?」


 モーパッがチョウヒさんの顔を見る。表面上、冒険者ギルドからの依頼はチョウヒさんが受けているからだ。

 実際には、外交省職員となった俺がヒトコト領主カツラギ様へ密書を届けるという指令に対して、依頼にかぶせてくれているのだけど。


「私が受けた依頼はマンゾクの更に先、オウコク王国南端の都市ヒトコト付近での調査です。マンゾクに寄ることは必須ではありませんが、マリーローランさんの」


「チョウヒ、呼び捨てでいい」


「はい。マリーローランの武器防具は揃えたくはありますし」


「足手まといでいることを許されるのであれば、私はこのままでもいい。魔法でのバックアップが中心となるが……で、モーパッ。あなたが考えているのはあの砂漠を抜ける方法か?」


「ああ。普通なら考えない。あんなコンパスが狂う蜃気楼だらけの砂漠など。だが空から行き先を確認できるのであれば、試す価値はある」


 熟練の冒険者が二人も居ると何かと話が早い。

 俺たちは砂漠を抜けてマンゾクを飛び越し、街道を通らずに直接ヒトコトを目指すことにした――では話は終わらない。


 次に何かと戦うようなことになる前に、自分の能力の検証をしておきたい。


(ちょっと跳んでみて)


 試しに俺が心に思い浮かべると、リビトとエアプ――ダットが名付けたプテラノドン、それとモノミユ以外の全員がぴょんとジャンプした。まさかのニッまでもが。


「跳んでみて」


 声に出すと、今度はジャンプ勢にエアプも加わる。

 モノミユの「揺れ」に海苔を貼ってから繰り返すと、心に思い浮かべただけでは跳ばなかったモノミユが、声に出すとジャンプに加わった。


 条件を変えて検証を重ねる。リビトにも何度か指示を出し、試した結果、見えてきたことがある。

 どこまでが天啓でどこまでが海苔の力なのかわからないし、現時点では試行回数もさほど多くないので断言はできないが、どうやら海苔を貼った相手には【尽力支配】とやらの影響を及ぼせる。

 個別パーティでつながっている相手には心に強く念じたら、パーティを組んでいない相手には声が届く範囲が射程と考えてよいだろう。

 そして肝心の支配効果だが、俺の「命令」に対し、対象者は命令を聞いているという感覚はないらしく「自分の中に自発的に浮かんできた考え」だと解釈して行動を起こすようだ。

 最も、人の心が読めるわけではないので、そう伝えてくれはしたが、本当の心の底では「支配されている」ことを感じたり、精神をすり減らしているかもしれない。俺にはわからないだけで。


 リビトの【規制支配】は、リビトに対して何らかの制限をかけようとすると支配が発動するようだ。

 さっきモーパッの様子がおかしかったのは、リビトに対して「大人しくしとけ」と制限をかけたからのようだ。そして、リビトが降ろしてほしいと願ったのでその通りにしたと。

 いざというときに何かあったら困るので、皆に対し、リビトへ制限をかけないようお願いする。


 ちなみに、同じ魔王の影同士には、これらの支配がどうやら効果を発揮できなさげ。


「皆、そろそろ、出発できそうか?」


 本当は出発の準備などとうの昔に終わっている。

 出発の準備をしていると思いこみながら、俺の検証作業に付き合ってくれているだけだから。

 皆は笑顔で「できる」と答える。その笑顔が、とてつもなくつらい。


 チョウヒさんがあんなにも俺のことを助けようとしてくれたのも、あんな酷い痴漢に合って男性不信になっていたであろうダットが妙に俺に懐いたのも、引き籠もっていたモーパッが俺のためにと再び冒険者として復活してくれたのも、マリーが家族を裏切ってまで秘密を話してくれたのも、全て海苔を貼ったことをきっかけとした、俺の天啓【尽力支配】の餌食になっただけのことだから。


 自分の居場所が見つかったのかなと思っていた。

 でも違った。

 もし俺がまだ高校生くらいの若造だったなら、ハーレムだなんて無邪気に喜んでいたかもしれない。

 でも、オッサンな俺は違う。昔付き合った彼女と、あんな別れ方をした俺は違う。家族のためにとずっと信じて頑張ってきたのに突然梯子を外され、あまつさえ実家を追い出されたことがある俺は違う。

 愛がない状態での同居がどれだけしんどいものかを知っている。

 相手の気持ちが離れてゆく怖さをつらさを知っている。こんなに笑顔で慕ってくれているように見える彼女たちの気持ちなんて、離れてゆくどころか、初めから近づいてすらない。偽物の、力付くの、関係、距離感。

 この砂漠を越えたら、リビトを連れて彼女たちから離れよう。






● 主な登場人物


・俺(羽賀志ハガシ 典王ノリヲ

 ほぼ一日ぶりの食事を取ろうとしていたところを異世界に全裸召喚された社畜。二十八歳。

 真の天啓【尽力支配】の効果を検証しはじめた。


・チョウヒ・ゴクシ

 かつて中貴族だったゴクシ家のご令嬢……だった黒髪ロングの美少女。十八歳。俺を召喚した白魔術師。

 まだ彼女についてはわからないことがあるが、彼女の正体以前に俺の正体よ……。


・ダット

 ゴルゴサウルスを操る御者。銀髪ショートボブに灰色の瞳。背が低いオレっ娘。十三歳。ゴクシ家のお抱え運転手。

 天啓【戦竜操縦】の「戦」に海苔を貼ったら、プテラノドンまで操縦できるように。チョウヒさんを頼む。


・モーパッ

 真チョウヒ様ファンクラブ副会長デッの姉。感嘆するほどの筋肉を持ちながら小顔で美人。二十五歳らしい。

 本当はまだずっと引き籠もっていたいのに無理やり引っ張り出しちゃって、ずっとストレス感じ続けていたらヤダな。


・マリーローラン・ニヤカー

 本名を隠して孤高姫ここうひめとして冒険者をしている。現在は本名でチョウヒさんパーティーに参加。十九歳。

 自分を辱めたコウを返り討ちにしたが、コウの兄フンショクケッにもまた辱めを受けた。


・コウ

 ドバッグ家の三男坊だった性犯罪者。ダットの弱みにつけ込み卑猥な行為を繰り返していたソバカス小太り男。

 コウの死体は今度こそモーパッが念入りに焼いてきたらしく、さすがにもう三度の復活はないだろう。


梨人リビト

 農業拠点フシミにおいて、魔王の状態異常『色欲』により宿周辺が地獄の惨状となった中、全裸で泣いていた美少年。

 日本人。とりあえず魔王の影とバレる天啓【規制支配】は隠した。リビトが魔王の影であることは本人にはまだ言ってない。


・フンショクケッ・ドバッグ

 コウを復活させ、マリーをさらい、マリーの体を弄ぼうとして失敗し、馬車に火をつけて逃走中。

 現在、馬車から外したと思われる二頭の馬を繰り、街道をマンゾク方面に疾走中。弟が弟なら兄も兄だ。


・ナトゥーラ

 最高のプロポーションの全裸に、卑猥な感じに五枚の海苔を貼り付けた、原初の女神。

 海苔は現在、犯罪者みたいに両目を隠すのに一枚、チョーカーみたいに細長く首に一枚、両乳首部分にそれぞれ一枚ずつ、股間に一枚。

 ナトゥーラの海苔を剥がすたびに俺の海苔能力が進化するっぽい。


・エアプ

 海苔を貼ったことにより、懐いてきたプテラノドン。

 登場者の「重さ」に海苔を貼らなくとも、ダットやリビト一人だけならば乗せられるようだ。


・モノミユ

 タレポという種類の鳥で、人が騎乗できる。ダチョウのようなフォルムで空は飛べないが、走ると早い。

 今回、とうとうモノミユの「揺れ」にも海苔を貼ってしまった。


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何の取り柄もないオッサンが地球人の珍しくない異世界で生き延びるには海苔だけが頼り だんぞう @panda_bancho

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