#28 ブルータス、私もか。

 煙を見つけてからさほど経っていないはず――なのに、なぜこうも凄まじい燃え方をしているのか。

 まさか、犯人は赤魔術を――なんて言っている場合じゃない。自分の赤魔術の魔力階位は2。魔力階位は使える呪文のみならず、属性に対する抵抗力も手に入るとモーパッが言っていたっけ。赤魔術の魔力階位が5のモーパッは焚き火を素手で握り消しても火傷一つしないと……。

 マリーの肉体値は25。あれから1点しか減っていないから生き延びているはず。俺は燃え盛る馬車の中に飛び込……もうとしてみっともなく転んだ。


 なんだ?

 今、右足に何かが引っかかったような? ――なんて気を取られている場合じゃない。馬車は激しく燃え続ける。マリーは確か赤魔術は持っていなかったはず――でも反対属性の緑魔術を持っていたよな。凄まじい水とか出せれば消火とかできたりして。

 そう思うや否や、俺の足元から緑色の光をまとった水球が現れて馬車へと飛んだ。

 さらにもう一発。鎮火はあっという間だった。


 そういうこと?

 俺は慌てて魔力身分証経由でマリーに貼った海苔を全て剥がす――いや、全て剥がすのはまずかった。

 目の前の、俺の右足にしがみついている全裸のマリーが出現する。

 「存在感」に海苔を貼っただけでこうも存在を認識できなくなるものか。じゃなくて。

 俺は慌てて外套を外してマリーを覆おうとしたが、それよりも素早くマリーは俺に飛びついた。


「体の自由は奪われていたが、ノリヲの声が聞こえたときだけは体が動いたんだ!」


「マリー……無事で良かった」


 とりあえず外套でマリーの体を隠す。


「おかげで馬車の中から逃げられたし……信じてもらえないかもだが貞操も奪われずに済んだ」


 マリーの肩は震えている。冒険者としての経験をいくら積んでいようともまだ十九歳。これは浮気じゃなく、大人として――そう自分に言い訳してから、マリーの肩を外套ごしに抱きしめる。


『街道をマンゾク方面に二頭の馬が走っている。距離はちょっと離れている。でも乗っているのは一人。身なりは貴族っぽい。それ以外には怪しい人影はない』


 ダットからのパーティ内通知にビビる俺。


『孤高姫は無事保護した。ダットはチョウヒたちをここへ誘導頼む。チョウヒの方はどうだ?』


 平静を装い返信。


『こっちは……コウの死体があったの……他にも……詳しくは着いてから話すね』


 チョウヒさんの声がやけに沈んでいる。

 ひょっとして俺がマリーと二人だけというのを気にしているのだろうか。


「皆は、無事なのか?」


 マリーの顔を見る。そうか。別パーティとして登録していたから、チョウヒさんたちとのパーティ内通知は聞こえないんだな。


「無事だけど、コウの死体があったって」


「そう! 奴は不自然だった……動きも何もかも」


 マリーからコウと戦ったときの様子を聞きながら、二人して馬車の中を探す。

 マリーの衣服は全焼、鎧も留具が焼け落ち、一部変形もして、とてもじゃないが装備できるものはなくなっていた。マリーの鎧には魔法がかかっていたとはいえ、ゲンチの魔法具はあくまでも通常のアイテムに魔法をコーティングしただけで、精神値を消費して魔法を発動しなければ、非魔法品と丈夫さは変わらないらしい。

 顔を隠せる兜も使えなくなってしまったし、ここから先は孤高姫としてではなく、単なる貴族の娘マリーローランとして改めてパーティへの追加要請をいただいた。


 マリーと二人だけのパーティを解除してチョウヒさんたちパーティの六人目として登録し直すとき、もう一つの個別パーティであるリビトのことが目に入った。

 意識を集中してステータスを開き、天啓を再確認する。


 『天啓:【規制支配】』


 やはり「支配」という語が含まれている。つまり魔王の影で確定ということか――とそこで気がつく。リビトの天啓にうっすらのりしろがついていることを。

 え、これ、天啓を見えなくすることができるってこと?

 チョウヒさんやダットの天啓は、一部が海苔で隠されようとも、隠した部分で変化したのは天啓に対する認識であって、元の言葉はしっかりちゃんと残っていた。

 だからリビトの天啓を隠しても意味は――いや、考えていても始まらないか。どうせ貼った海苔は剥がせるんだ。

 俺リビトの天啓ののりしろ海苔を貼る。


 『天啓:【困難突破】』


 変わった? 黒塗りの海苔ではなく、代わりの文字? 封印ではなく、上書き?

 じっくり見ると、天啓部分の外側にうっすら枠線が見える。試しに海苔を剥がすと、もとの天啓【規制支配】へと戻る。再び貼ると【困難突破】へ。どういうことだ?

 原理は分からないが、少なくともリビトが魔王の影であることは隠せる――隠していいのか?

 リビトを連れていると今後もチョウヒさんたちに魔王の状態異常が……あれ?


 何か引っかかる。

 街では確かにマリーが状態異常になった。でもチョウヒさんたちはまるっきり無事のようだったし、昨晩の二回目はマリーも……待てよ。

 キンコウタイ家の皆さんやシャインロクジュウ家の皆さんが状態異常にかかっていたとき、バタバタと対応に追われていたから気にしていなかったが、後から考えてみたら俺を含めてうちのメンバーは誰一人、状態異常にはかかっていない。

 一度かかるとかからない? 三人は前にかかった? そもそもその前提が間違っているとしたら?

 考えないようにしていた幾つもの事柄が頭の中で勝手に結びつく。完成させたくないジグソーパズルが勝手に組み上がる。


 自分の天啓をもう一度確認する。


 『天啓:【秘■共感】』


 深呼吸してから意識を集中し、海苔を剥がす。


 『天啓:【秘密共感】』


 ああ、ある。うっすら枠線が。

 自身の天啓に貼られている海苔を、少しだけ剥がしてみる――全ては剥がしきらず、右から少しだけ。


 『天啓:【秘密共|配】』


 こんな予想は当てたくなかった。

 剥がしきらないよう細心の注意を払いつつ、ギリギリまで海苔を剥がしかけてみる。


 『天啓:【|尽力支配】』


 慌てて海苔を貼る。念のため秘密の密の字にもまた。


 『天啓:【秘■共感】』


 俺が……そうか。俺も、なのか。

 リビトが【規制支配】で俺が【尽力支配】……頭が回らない。

 チョウヒさんの、ダットの、モーパッの、家族を奪った魔王の状態異常……ダメだ。これは因果関係をしっかり把握しないと、彼女らと一緒に居ることさえも許されない。


「マリー……こないだのこと、今度は全部教えてほしい。魔王の出現場所と魔王の影の関係について、どうしても教えてほしいんだ」


 マリーの上体を少しだけ離してその目を見つめる。マリーは諦めたように肯いた。


「……私が知っているのは、魔王の状態異常は本来ならば魔王の影の周辺に出現するということ。でもそれを回避するために、魔王の状態異常の発生場所を避雷針のようにずらす特別な魔法具が存在するということ……」


 なるほど。だから、その魔法具がない状況下で、魔王の影かもしれないリビトをあんなにも警戒していたのか。


「それがフシミに在ったということか?」


「いえ。国にそれぞれ一つずつしかない……はず。それに常に数人が交代で精神値を消費して稼働させ続ける規模のもののようだし。今の状況からして多分、回避することができるのは最初の一つの状態異常だけなんだと思う」


 なので三体目の状態異常から、魔王の影がすぐ近くに居るという発想になったわけか。


「ということは最初の二体の魔王のうち一体はこのオウコク王国に出現して、もう一体は別の国に出現?」


「はい。ですが本来は二体同時に出現することさえもないはず」


 はず、という表現が気になる。

 まるで魔王の出現をコントロールできている人の口ぶりなんだよな。


「はず……ってことは、今年より前は魔王の出現を制御できていたってこと?」


 俺にしがみつくマリーの手がわずかに震える。

 おいおい。なんだかどんどんキナ臭い話になっていくじゃないか。


「一体目はカラリエーフストヴァ王国にて『暴食』……で、二体目の『怠惰』がオウコク王国に出現したという情報が届いたとき、父と兄が慌てていたから、多分、起こり得るはずのないことだったのだと思う」


 父と兄?


「私は偶然、聞いてしまったのだ……」


 マリーの父であるニヤカー家当主ジアエンソはオウコク王国の衛兵本局局長だ。大貴族が王以外の王族のみであることを考えれば、中貴族の中でも強い影響力を持つニヤカー家が、国家レベルのトップシークレットを握っている可能性は低くない。となるとマリーが言っていることの信憑性も決して低くはない。

 その前提で考えると、魔王の出現が十年に一体ずつというのは国家により制御されていて――まさか魔法具の数からすると各国持ち回りで出現?

 魔王出現時の状態異常を魔法具で発生場所を選ぶことができるということは、それでも犠牲が発生しているということは――背筋に冷たいものが走る。

 これは個人でどうにか判断できる情報じゃない。マリーがあれだけ渋っていたのも理解できる。


 それはそうと俺も魔王の影であることを考えると、召喚者であるチョウヒさんがマリーの父兄同様に国家レベルのトップシークレットに関わっている可能性もあるのか?

 知識が増えると、無知ゆえに見過ごしていたことに気づけるようになり、結果的に自分の知識量が少ないことを知ることになる。

 ため息が出る。

 リビトと俺が魔王の影であることについては当面は海苔で隠しておくとして、チョウヒさんを無条件に信頼するってわけにはいかなくなってきたのが……なんとも。


 それに魔王の影の天啓の効果も確かめないというわけにはいかないだろう。

 魔王の影が隔離されるのは、天啓が強大な力を持つからと言っていたわけだし、そもそも「支配」なんて単語が入っているだけで取扱い注意臭が凄まじい。

 考えなきゃいけないことが多すぎる――ああ、こんな時こそ栄養ドリンクが欲しい。


 遠くを見つめた俺の視界に、ティラノサウルスが映った。






● 主な登場人物


・俺(羽賀志ハガシ 典王ノリヲ

 ほぼ一日ぶりの食事を取ろうとしていたところを異世界に全裸召喚された社畜。二十八歳。

 マリーを無事に救出できたのは良かったものの……魔王の影、確定か。


・チョウヒ・ゴクシ

 かつて中貴族だったゴクシ家のご令嬢……だった黒髪ロングの美少女。十八歳。俺を召喚した白魔術師。

 チョウヒさんを無条件に信用するのは、もしかして危険なのかも?


・ダット

 ゴルゴサウルスを操る御者。銀髪ショートボブに灰色の瞳。背が低いオレっ娘。十三歳。ゴクシ家のお抱え運転手。

 天啓【戦竜操縦】の「戦」に海苔を貼ったら、プテラノドンまで操縦できるように。


・モーパッ

 真チョウヒ様ファンクラブ副会長デッの姉。感嘆するほどの筋肉を持ちながら小顔で美人。二十五歳らしい。

 とっても頼もしい……のだが、なんかちょっとおかしかったのは、もしや。


孤高姫ここうひめ

 本名マリーローラン・ニヤカーを隠して冒険者をしている。自分を辱めたコウを返り討ちにした。十九歳。

 殺したはずのコウに再び襲われ、なんとか救出したが……とんでもない情報を!


・コウ

 ドバッグ家の三男坊だった性犯罪者。ダットの弱みにつけ込み卑猥な行為を繰り返していたソバカス小太り男。

 フシミでモーパッとマリーが確かに殺したはずだが、再び襲ってきたらしい。協力者がいるようだ。


梨人リビト

 農業拠点フシミにおいて、魔王の状態異常『色欲』により宿周辺が地獄の惨状となった中、全裸で泣いていた美少年。

 日本人。とりあえず魔王の影とバレる天啓は隠した。


・貴族っぽい何者か

 コウを復活させ、マリーをさらい、マリーの体を弄ぼうとして失敗し、馬車に火をつけて逃走中。

 現在、馬車から外したと思われる二頭の馬を繰り、街道をマンゾク方面に疾走中。


・ナトゥーラ

 最高のプロポーションの全裸に、卑猥な感じに五枚の海苔を貼り付けた、原初の女神。

 海苔は現在、犯罪者みたいに両目を隠すのに一枚、チョーカーみたいに細長く首に一枚、両乳首部分にそれぞれ一枚ずつ、股間に一枚。

 ナトゥーラの海苔を剥がすたびに俺の海苔能力が進化するっぽい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る