ヒーローの素敵な記念日



「――お疲れ様」

「おう」


 私の言葉に、造ちゃんは力なく頷いた。

 ドリームマンが来た後、私は人目のない所で変身を解いて造ちゃんを探し始めたけど、造ちゃんはスマホは出ないし、私は警察に捕まった。

 いや、捕まったと言うか、人質の整理と簡単な聴取を受けさせられたって感じで……まぁ、チャームフェイスが逮捕されたから人質の皆さん後はご自由にって訳にはいかないよね。あいつのフェロモンの影響下から完全に脱したかどうかは調べなきゃいけないし。

 それで、意味もない調書と検査を受けさせられて……無影響が証明された所で開放されて……って時に、造ちゃんから電話が来て、造ちゃんも似たような目にあってた。

 多分輝ちゃんも同じ……いや、輝ちゃん、夜天から銃受け取ってたし、そうでなくても寸鉄の件もあるし、多分長引く。

 輝ちゃんを放って帰る訳にもいかないし……私と造ちゃんは、ホテルからそう遠くない場所にあるカフェ『月下美人なリリーちゃん』で、朝までは輝ちゃんを待つ事にした。

 店主は人類に友好的な妖物……じゃない、植物……でもない、植物知性体の一種なアルラウネ、名前は店名と同じのリリーさんがやってるこの喫茶店は、植物知性体の店にしては珍しく夜から朝までの店。夜の仕事で疲れた人たち、これから疲れる人たちが蔦で運ばれるケーキやコーヒーを、軽食を楽しむ素敵なお店。

 けど、今の気持ちは素敵じゃない。誕生日を台無しにされた日に、素敵な気持ちになるなんで無理だもの。

 だから、無事を喜びあった時は嬉しかったけど、お疲れ様からはお互いだんまり。何を話していいかも分からない

 とりあえず注文はして――造ちゃんのエスプレッソと、私のブレンドが来て……造ちゃんが、軽くエスプレッソを飲んで、私を見る。造ちゃんは本当に申し訳無さそうに頭を下げた。


「……すまねえな、スミ」


 言わずには居れなかっただろう謝罪、そして私の心も傷ませる言葉だ。


「俺が誘ったばっかりに、碌でも無い誕生日だ。スミの事、置き去りにしもしちまったし」

「それは違うよ」


 造ちゃんが自分を責めるのは間違ってる、今日誘ったのは造ちゃんで、場所をリクエストしたのは私で、場所をアドバイスしたのは輝ちゃんだ。

 じゃあこの中の誰かが悪いって事は――ない。


「全部、チャームフェイスが悪いんだ。造ちゃんは何も悪くない」

「……悪い」


 今の造ちゃんの顔……見るの辛い。こんな顔を見るために、今日出かけて来たんじゃないのにな。

 何もかもいい風には向かないだろうけど、なにか、なにかしないと、最悪な一日で終わっちゃう……あ。


「スミ?」


 私が思わず出した声に、造ちゃんが心配そうな眼を向けた。私の眼は造ちゃんじゃなくて、掛け時計を見ていた。


「誕生日、終わっちゃった……」


 さようなら、25才の誕生日。こんばんは、これ以下が考えられない25才の始まり。

 四捨五入したら三十になる二十代後半のスタートを、こんな形で切るなんて、デートが台無しになったことも含めて、人生最悪かも。


「そっか……じゃあ、これは……何でもない日のお祝いになっちまったんだ」


 造ちゃんは変な事を言ったと思うと、ポケットから小さな箱を取り出した――この箱、覚えてる。

 昔、私が送った――ムーンウォッチの小箱だ。


「誕生日あらため――何でもない日、おめでとう」


 少しまだ疲れてたけど、造ちゃんの顔は優しく笑ってた。

 色々あった一日――だけど、全部帳消しになるくらいにうれしい。とても、うれしい。私の心は晴れた。


「ありがとう、造ちゃん……ここで開けてもいいかな」

「ご自由に、それはもうスミのだ」


 箱を開けてみると――驚いた、これ、私が造ちゃんに送ったのと同じ奴だ。

 バンドの色が菫色な事以外は、本当に同じムーンウォッチ。ムーンウォッチも色々あるから、種類は違うと思ってたのに。

 これって……いわゆる、ペアウォッチだよね? うそっ、造ちゃんが?


「これ、どうしたの……」


 バンドをちょっと手に取った私は、とんでもないこと聞いちゃった。俺の気持ちだとか言われたら、ちょっと言葉返せない。


「バンドの色? スミの名前に合わせてみた……ひょっとして、嫌だったか?」

「ううん、うれしい。って、そういうんじゃなくて……ちょっと意図が……」

「……俺の気持ちだよ」


 止まった、いま私の心臓止まった。やっば、どうしよ……階段の一歩目かと思ったら造ちゃんが降りてきて手を差し出してくれた。

 よし。私が意を決して、手を握り返す言葉を返そうとすると――


「スミには、もっと立派な作家になって欲しいからな」


 ちょっと考えてなかった言葉が出てきた。どゆこと?


「その時計にムーンウォッチって渾名が付けられた理由は、この時計が人類で最初に月に降りた男が巻いてたからだそうなんだ」

「……私に、もっと素敵な夢を見せられる作家になって欲しいってこと?」


 造ちゃんは、笑顔で頷いた。


「Fly Me to the Moon(私を月に連れてって)ってワケだ。ま、もっと頑張って欲しいって、一ファンからのお願いも籠もってるかな」


 ちょっと、期待はずれかな。嬉しいけれどもがっくり。

 けど、私もやっぱり勇気がない。輝ちゃんだったら、好きな人からあの歌に準えて言われたなら、darling kiss me(それなら私にキスしてよ)位は返すだろうに。

 でも……一歩目として考えたら、悪くない、かな。


「嬉しいよ。ありがとう、造ちゃん」

「そう言ってくれてホッとしたぜ」


 安心した造ちゃんを見つめる私――キスは流石に無理にしても、時計を巻いてよ位は言えるかも。指輪をはめるみたいに。


「ねぇ、造ちゃん――」


 私が巻いてと言おうとした時、スマホが震えた――輝ちゃんからRAILだ。

 トークを見ると、輝ちゃんは長引いたけど無事みたい……それで、私達の居場所を聞いてきた。


「輝ちゃんから、無事だって」

「そっか、よかったぜ……あいつ、無茶しやがったからな……俺、結局大黒の事見つけられられなかったから、心配だったんだ」


 ホッとした様子の造ちゃん――ちょっとだけ、私の心でイタズラ心が湧いた。


『私と造ちゃんは疲れて帰ったって返して、後は二人で……』


 ……なんて言ったら、造ちゃん怒るし、輝ちゃんにも悪いか。輝ちゃんは喜んでくれるかもだけど。


「じゃあ、輝ちゃんも呼ぼうか」

「賛成、ひでぇ目にあった同士、愚痴を吐き出し合ってスッキリしようぜ」

「うん」


 私は輝ちゃんに場所を伝えて、スマホを切った。

 輝ちゃんが来たら河岸を変えて、多分飲みに行くことになるんだろう――私もちょっとそんな気分でもあるし。

 でも、それまでは……ううん、それまでに……


「ねぇ、造ちゃん」

「なんだよ」

「私の時計、巻いてよ」


 私は、25才の一日目――なんでもない日のプレゼントを、大切な人に付けてもらう事にした。

 ……これは、この時だけの、輝ちゃんも知らない私と造ちゃんだけの秘密。


 ――関係の階段、一歩ぐらいは登れたよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナムサン!!~スーパーヒーローの日常は祈りたいほど大忙し!~ ふにげあ @hunigea

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ