ヒーローの私的な記念日はいつもこうなる その5

 

 途中で輝ちゃんと分かれた後、正面からコンサートホールに踏み込んだ夜天と私達を出迎えたのは、観客席から響く拍手だった。

 周囲を見渡してみると、グレネードを食らった一般客や道具として使ってる人たちを、全員二階の観客席に上げたみたい。

 まさか人質を気遣ってなんて訳ないだろうし、これから起こる戦いの観客のつもり? 悪趣味……肉の盾にするよりはずっとマシだけど。

 チャームフェイスは舞台の上で拍手。ミレーヌは一緒っていうか、ピアノの演奏席に座らされて、こっちを見てる。

 表情は不安そうで、怖がってる……猿轡噛まされてるから、喋れないみたい。

 ……助けが来たって言うのに、少しも安堵が見えない。それどころか焦りが見える。

 よほど危険な罠があるのか……とりあえず、怪我してる感じはないし、服も破かれてない。無事ではありそう。よかった。


「やぁ、夜天」


 私の安堵を一瞬で不快で染め上げるような、ねっとりとしたチャームフェイスの声。物凄く粘ついた悪意と憎悪が込められてるのをひしと感じる。


「直接会うのは久しぶり、という気持ちはしないよ。前に不覚を取ってから、お前の事を考えない日はなかったからな」

「俺は今日まで忘れてた、お前をぶちのめしたら、すぐに忘れる」

「忘れられなくなるさ、なぁ、全身の骨を砕かれる痛みが解るか? 睾丸を叩き潰される痛みが解るか? 自分が男として終わった物理的証拠を毎日見下ろす気持ちが解るか? ……ぜひとも、世界中の皆に教えてやってくれ――配信開始だ」


 チャームフェイスがそう言うと、二階席の人たちが一斉にスマホを取り出して、一階の私達に向けた。

 配信って……夜天をなぶり殺すのを中継するだったのか。本当に悪趣味。


「見世物、か」


 淡々とした口調の夜天――呆れてるようにも聞こえてるけど、なんか、私には怒ってる風に感じる。チャームフェイスからは見えないだろうけど、少し、強めに拳を握ってる。


「どうした? 自分が敗れ去る様を世界中に見られるのに怯えたか?」

「いや? お前に対するゴア表現を控えてやろうと思ってな。喜べ、今日は優しくぶちのめしてやる」

「減らず口もそれまでだ……見ろ!」


 チャームフェイスは、懐から古ぼけた巻物を取り出して広げた。

 何が書いてあるかは見えるけど、読めない……けど、書いてあるのが何なのかは解る。呪文だ。

 魔法のスクロール……ゲームとかで見るやつだけど、現実にもある。

 そして、現実にある魔法のスクロールが生み出すのは、現実の被害だ。

 単なる攻撃呪文とかならともかく、召喚――それも、あいつの人形になった人たちを生贄にするとかなら、不味い!

 夜天も同じ考えだったのか、即座に銃を抜いてチャームフェイスを撃った。

 けど、舞台と客席の間で火花が散って――弾丸は落ちた。バリアだ!


「無駄だ無駄だ無駄だ! お前が来ると解っていて何もしない私と思うか! ここは世界で一番安全な客席だ! お前の死に様を、これからたっぷり世界に見せてやる」

「急げ」


 少し焦ってるかも知れない夜天の声――言われるまでもない!

 内縛拳から根本心印を組んで、私は真言を唱える。


「オン・マカヤキシャ・バザラ・サトバ・ジャク・ウンバン・コク・ハラベイシャ・ウン!」


 金剛夜叉明王さまの功徳を借りる真言――あの方の功徳は、物理的浄化!

 腐りかけの食べ物だって食べられる様になるし、どんな毒だって忽ち治せる。

 そして、この功徳は少し疲れるけど広範囲にも施せる――私から、光が溢れた。

 霊的な結界を張っているならともかく、そうでなければ功徳は防げない。私から広がった功徳は、ビル全体に広がっていく。


「くっ……この声……輝き! 貴様も来ていたかァ! ナムサン!」


 流石にバレたか、けど――何をするより早く、浄化は済む!

 解毒しちゃえば人質はなくなって、何が起きても――


「だが、道具に知恵を戻した所で、どうにもならんぞ!」


 チャームフェイスの言葉と共に、舞台の前に裂け目が生まれた――劇場を覆うカーテン位には広くて大きい。

 中には、何も見えない。夕日にも似た赤が広がってる……窮極の門って訳じゃなさそう。

 裂け目が吸引をする感じはない、ならあれは向こうからの入り口だ。

 つまり、あのスクロールは――


「召喚術式か」

「その通り! 」


 チャームフェイスが、パンと手を叩いて叫んだ。

 そして、裂け目から――物凄く大きな蛇が出て来て、裂け目が消えた。

 蛇の全長は30mくらい、怪獣としては中規模――単純に大きいだけにしても、凄い驚異。正気を取り戻した観客席の人たちが、凄い悲鳴を上げた。


「異空より魔獣を呼び出すスクロールだ。魔術によって呼び出したとは言え、ただの生物! ナムサン、貴様のまじないは通じんぞ!」


 確かに、私の功徳は魔なる物にはよく効くけど、ただの生物には比較的効きが薄い。あれが妖怪なら羂索で縛って終わりなんだけど、巨大なだけの生き物ならそうはいかない

 ……周りを巻き添えにせずに仕留めるのは難しいだろう。

 私なら。


「さぁ、行け! 代価のメス共は後払いだ! まずはそいつらを――何だ!?」


 天井を突き破る音が響くと共に、青い影が私達の前に降り立つ。観客席の方から、あっと言う声が聞こえた。

 当然だろう。彼を知らない人間は、この星には存在しない。

 青を基調とした色で、そこかしこにうっすらと装甲の様な意匠が見える、けれどしなやかな肉体を浮かび上がる程度に薄い、戦闘スーツを来た彼を。

 頭には流線型のヘルメットを被っていて、露出した口元にはいつも不敵な笑みを浮かべてて、黒いバイザーの奥にある瞳に浮かぶ思いは、不敵な余裕。

 ――何より象徴的な、胸元に記された『D』のマーク。


「ドリームマン!!!????」


 チャームフェイスが悲鳴みたいにドリさんの名前を呼ぶと、ドリさんは首を傾げた。


「なんだい、せっかく名乗り方を考えてたってのに、先に紹介するなんて――相変わらずセンスのない男だな。チャームフェイス。その通りだよ、悪の悪夢のご登場だ」


 そう言ったドリさんは、私達に振り向き、ニヤッとした笑みを浮かべた。


「随分と珍しいチームアップじゃないか、隠れてデートでもしてたのかい?」

「無駄話はいい。後は任せる」

「任された」


 夜天の言葉に頷いたドリさんが、姿を消した。

 どこに!? って思った時には、ドリさんは大蛇の真上に浮いていて――


「おやすみ」


 そう呟いた次の瞬間――ドリさんは大蛇の頭を殴った。それだけで、大蛇は悲鳴も上げずに客席に倒れ込んで、ぴくりとも動かなくなった。


「――何をした!?」

「ちょっと脳味噌を揺らした。本当に大きいだけの生き物なんだね――」


 巨大生物のノックアウトをちょっとした事の様に言ったドリさんは、また姿を消した――何かが割れる音が響くと同時に、チャームフェイスの悲鳴が上がった。

 私が慌てて劇場の上を見ると――空に浮いたドリさんが、チャームフェイスの胸倉を掴み上げていた。


「チャームフェイス――怪我を治しながら臭い飯を食うのは嫌だろう? 今すぐ、あの蛇を元の世界に返してやれ。そうしたら、五体満足で警察に引き渡してやる」

「……出来ない、スクロールに記した生贄に見合った魔獣を呼び出し、生贄を代価に命令を一度だけ下せる魔法だ! その後の事など書いていない!」

「なんだそりゃ。命令の後、君が食べられる危険があるじゃないか」

「――その前に逃げればいい。あれを呼び出す状況が生まれた時点で、私の計画は潰れたも同然だからな」

「つまりは最後っ屁か。もういいよ、おやすみ」


 殴ったのか、私の知らない超能力を使ったのかはわからないけど――ドリさんが、なにかして、チャームフェイスは気を失った様に崩れ落ちた。


「……つくづく、出鱈目だな」


 夜天の呟きに、私は無言で同意した。

 ドリさんが来たら、あっという間に、全部終わっちゃった。やっぱり、ヒーローとしては物凄い人だ。

 二階の客席から上がる物凄い歓声と、乱れ飛ぶシャッター音とフラッシュの嵐に手を振って答えながら降りたドリさんは、チャームフェイスを落とすように寝かせると、ミレーヌの猿轡を外して――何か、囁いた?

 ミレーヌはこくんとうなずくと、立ち上がって、歌手でもやっていけそうな位の大声を張り上げた。


「私のコンサートに来てくれたみなさん――私は無事です!」


 その声に、観客達は物凄い歓声を上げて答えた、フラッシュの雨がミレーヌに浴びせられる。

 ミレーヌは、とても可愛らしい笑顔でそれに応えると、ドリームマンを向いた。


「それは、彼と――」


 そして、私達を向いた。


「――彼女達のおかげです! 今夜の主演に、盛大な感謝と拍手を」


 客席から降り注ぐ感謝と拍手――私と夜天、ドリームマンの名前が称える様に叫ばれる。私はこういう時に手を振る事になれてるけど、夜天はどこか居心地が悪そう。

 そして、ドリさんは私達の元に見える速度で飛んで来て、私達が反応出来ない位の速度で夜天と私を抱き寄せた。

 ――何を!? って言おうとした私の耳に、少し険しいドリさんの声が響く。


「――後の事は僕が引き受けるから、警察が踏み込む前に今すぐ逃げろ」

「えっ?」


 それは、どう言う――私の内心の疑問に、ドリさんは素早く答えてくれた。


「君たちがやった事は傍から見たら人質無視の突入だ……二人共、その辺、深く探られたら面倒になるんじゃないのかい」


 確かに、そうだ。人質の命を危険に晒した事で逮捕とかされるかもだし……始めから中に居たなんて、言える訳無いし。


「……あんたが被ると?」

「ああ、外で手をこまねいてた僕が、二人に協力を頼んだって事にしとく……もう警察はホテルに踏み込んだ……面倒な事に吉野ちゃんも来てるぞ。あの子は君たちを逮捕しかねない、急げ」


 ドリさんはそれだけ言うと私達から離れて、客席に笑顔を振りまく。


「さぁ! あいにくこのヒーローコンビは次の事件に出発だ! けれど安心、僕がいる! サインが欲しい人、今すぐ降りておいで!」


 ……二階の客席の半分くらいが、下に降り始めた。私は夜天を見る。いない。いた、入り口を開けて外に出てる。

 さよならぐらい言ったらどうなの!? なんて、言ってる場合じゃない。私も功徳で姿を消して――この場から去った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る