ヒーローの私的な記念日はいつもこうなる その4


 摩利支天さまの加護で姿を隠したまま、私はホテルを飛び始めた。天井に沿うように飛べば、パニックになってる人たちにぶつかる事はない。

 けれど、チャームフェイスはが監視カメラを抑えてる可能性を考えると、あまり周りに影響を出す速度は出せない……すごくもどかしい。

 チャームフェイスは輝ちゃんを生け捕りにして嬲り殺しにしたがるだろうけど、ライフル撃ちながら追ってるんだから当たりどころが悪ければ……思わず、唇を噛む。

 おまけに、ナムサン(今の私)のデフォルト能力にドリームマン級の超感覚や透視能力はないから、輝ちゃんの居場所を簡単に特定する事もできない。だから、徹底的に探すしかない。

 私は思いっきり焦りながらラウンジに戻って、輝ちゃんと造ちゃんが走った後を飛ぶ。不幸中の幸いで、ゾントの撒き散らした弾丸の後が目印になってくれてる。

 どうか、血が流れてませんように、どうか造ちゃん輝ちゃんが無事でありますように!

 そんな風に祈りながら飛ぶ私の前で、弾痕が途絶えた――そうだ、チャームフェイスが視覚を共有していて、多分大まかにだろうけど命令も出来るんだ。

 なら、向こうは数を出せるし、場所が離れていても連携も出来るんだから、殺すかもしれない銃を使い続ける必要なんてない。挟み撃ちにして、袋小路に追い込んで、捕まえて……急がなきゃ!

 焦りながら飛んでいると――銃声が響き出した。

 ゾントが撃った――誰を? 考えたくもない、ううん、考える間もなく私は飛んだ――銃声は響き続ける――焦る、頭が回らない。

 急がなきゃ、急がなきゃ急がなきゃ急がなきゃ――けど、下には人がいる――私は歯を食いしばった。この人達を無視は出来ない!

 自分がカタツムリになった気分で飛んでいると、銃声に交じるようにして、破壊音が混じり始めた。

 ゾントが何かを壊してる音じゃない――ゾントが壊される音だ……何に?

 銃声と破壊音を辿る様にして飛んだ私が、音のした階に出た時、廊下に散らばってるゾントの残骸を見つけた。一つ二つじゃない……十、二十……多分、チャームフェイスが持ち込んだ、この階で破壊されてる。

 一体、誰が……そう思った私は、一部屋だけ、ドアの開いている部屋があるのに気付いた。私はそこに飛んでいって――ベッドの上に座り込んでる輝ちゃんと、その隣で腕を組んでる見覚えのある顔――ううん、仮面を見つけた。

 それは――夜を形にしたような、黒い影。

 ……夜天だ。

 どうやってここに? は考えない、この世界には未知の技術がありすぎて、手段を推測するのは無意味だからだ。

 私達の案件で大事なのはいつだってどうやってじゃない、ホワイダニット(どうして)だ。

 ……考えるより、聞いたほうが早いな。夜天との仲はそんなに良くないけど、この状況で揉めたりはしないでしょ。夜天が輝ちゃんを助けたっぽいし。

 客室に監視カメラを置いているとは思わないから、ここで隠形を問いてもチャームフェイスにバレはしない……私はまず、客室の入り口に降りて――足を滑らせた。

 着地時にバランスを崩した、ありえない――異様につるつるする――摩擦がない! 私はもう一度飛ぼうとしたけど、間に合わなくて、転んだ。


「ふべっ!」


 すっごく情けない声を出した私は、何かが打ち出される音を聞くと同時に、身体に弱い痺れを感じた。……この痺れは多分テイザーだな、床が滑るの、夜天が仕掛けた罠か。

 この位の電流なんて、今の私にはマッサージにもならない。私はとりあえずちょっと浮いて、隠形を解いた。


「ナムサン!?」

「……お前か」


 驚いた顔の輝ちゃんと、仮面が声を変換してるせいか相変わらず感情が読めない夜天、頼れる増援に喜んでるって雰囲気じゃないな。


「はい、ナム・参上で……」


 私の言葉を遮るように、夜天は実弾が入っているだろう銃を向けてきた。


「そのくだらん名乗りはいらん、本物なら俺と行った店の名前を答えろ」

「ちょっと! なんでわざわざチャームフェイスの手下がナムサンに変装して私達を騙すのよ!」

「あの女は俺の知る限りでは、今の様な状況では絶対に突っ込んでこない。あいつは命を切り捨てる事を前提とした戦い方はしない」


 ……私のことそんな風に思ってたのか、言い方は腹立つけど。

 とりあえず、揉めるつもりはないしここは答えておこう。


「『名無し』です」

「注文したメニューは」

「鯖味噌……」

「本物だな」


 夜天は銃を下ろした、座ってる輝ちゃんはなんかネタを掴んだ顔してる。

 ヒーロー同士の恋愛記事を書く事もある輝ちゃんだ、これで夜天との熱愛疑惑とか書かれたらやだなぁ……昔、ただご飯食べながら説教されただけなのに。


「私からも質問です、夜天、あなたは何をしに来たのですか?」

「あんたと同じだよ、人質を無視してあのワキガ野郎をブチのめしに来た」


 人質を無視――胸が痛い言葉で、反論も出来ない。

 輝ちゃんを助けたら流石にチャームフェイスも気付く、あいつは絶対に人質を殺す。私の力を知ってるんだから、私がゾント壊した瞬間に煽りながら人質を自殺させる。

 ……私は、助ける命を選んだんだ。けど、今は自慰にも似た自己嫌悪に浸る時じゃない。


「それで――あなたに、チャームフェイスはなんと?」

「お決まりに、人質の命が欲しければ――さ。だが、それに従うつもりなら、見かけたそこのを助けてない」


 夜天は人命を軽視はしないけど、最優先するヒーローじゃない。

 人質を連れた悪人を逃がすか、人質ごとのリスクを犯して悪人を倒すか、二者択一の状況で人質以外の大勢の命と人質の命が天秤にのってるなら、後者も選べるタイプ。

 それに対して、どちらが正しいか私には分からない――きっと、死んだ後に閻魔さまが私達に教えてくれるんだろう。


「けど――」


 輝ちゃんが、私を見た。


「ナムサンがいるなら、どうにかなるんじゃない? あなた、解毒出来るはずよね」

「……はい」


 私は、広範囲の浄化を行う功徳も借りれる。このホテル位なら、まるごと行けると思う。


「なら安心じゃない。夜天がチャームフェイスをやっつける、ナムサンがフェロモンを全部払う――それでいいんじゃないの」

「よくない」

「なんでよ」


 ……私も同意見だ。


「俺がゾントを屑鉄に変えるのに数分、勝ち目がないと思ってるならチャームフェイスはケツを捲くって逃げてるだろうよ。だがな、俺が最後の一体を壊す時、あの野郎は『来るがいい、私が貴様に与えられた以上の屈辱を味あわせた上で殺してやる』とぬかした。人質以外に奥の手があるんだろ。少なくとも、俺をなぶり殺せる自信があるな」


 そう、輝ちゃんの意見は、チャームフェイスが持ち札を全部切ってることが前提だ。

 そして、ゾントの大半に輝ちゃんを追わせたって事は……多分、奥の手がある。


「……私が同行しても、コンサートホールにいる人質を巻き込まずに戦えるかどうかは、運になりますね」


 夜天は凄いスペックを持ってるヒーローじゃないけど、強いヒーローの一人だ。

 チャームフェイスがどれだけの物を用意してるかは分からないけど、大規模な破壊を撒き散らせるものなら、チャームフェイスに負ける事は無くても、人質を守りきれるか……

 私がいるから、ホテル中にフェロモンの影響を受けた伏兵がいても問題はないけど、コンサートホールにいる人達は、諦めないと、いけないのかな。


「それなら問題ないわ」


 不敵で、自信を感じさせる輝ちゃん――こんな時に、根拠のない事を言う輝ちゃんじゃない。何かあるんだ。


「……何が、問題ないんです?」

「要するに、チャームフェイスに切り札があることが前提で――その上でその切り札を、すぐに叩き潰せればいいんでしょう」

「ああ。そんな物があるならな」

「……あるって言ったら?」


 輝ちゃんは、ドリームマンのキャラ物時計を私と夜天に見せてきた。


「そのダサい時計が、何だ?」

「これ、ドリームマンを呼ぶための緊急連絡装置なの」


 ――え、ドリさんそんなの輝ちゃんに渡してたの!?

 驚く私を尻目に、輝ちゃんは説明を始めた。


「詳しくは知らないんだけど、この時計のここを押し込むと、ドリームマンにだけ聞き取れる高周波が出るんだって。太陽系のどこに居たって、私のピンチが解るんだって!」


 夜天は、口に出してわざとらしい溜息を付いた。


「ドリームマンも人の子か」

「どういう意味よ」

「……誰か一人を特別扱いするようなヒーローとは思ってなかった」

「特別扱いって……そういうんじゃないわよ。ただ、私が何十回も事件に巻き込まれてるから、君に呼ばれたほうが早いときもあるかも知れないってくれたの!」

「――二人共、本題からずれてますよ。先に事件を解決しましょう」

「確かに、今は無駄話よりもするべき事がある」

「誰が先に振った!?……う、ごめんなさい……」


 二人とも、とりあえずは落ち着いたみたい――よし、方針を決めよう。まずは……


「大黒さん、その時計を鳴らして貰えますか?」

「え、今?」

「はい、彼にも参加して貰いますので」


 ドリさんの五感は、なぜそんなのを持っていて発狂しないかってレベルで桁外れだ。ドリさんにだけ聞こえる高周波が実在して、それが鳴ったんなら――慌ててすぐに駆けつける、なんて事はしないはず。まずは、鳴った状況を確認しようとする筈だ。


「ドリームマンにここから高周波が届くと言うことは、ここにいる私達の声も聞けるという事です。危なくなってから呼び出すよりも、始めから作戦に参加して貰ったほうがいいでしょう」

「同感だ。後で呼び出す場合、チャームフェイスの切り札によっては間に合わなくなる可能性がある」

「……解った」


 輝ちゃんは、時計のスイッチを押し込んだ。特になんの反応もないけど、輝ちゃんの言葉が本当ならドリさんには聞こえてて……私達の声も聞いてるはず。


「じゃあ、作戦……と呼べる程のものではありませんが、とりあえずの計画を話します」


 私は、少し二人に――そしてドリさんに語りかける。


「夜天がチャームフェイスの切り札を引き出す、それに合わせて私がフェロモンを浄化――後は、ドリームマンにお願いします」

「今、ここで浄化しちゃったら不味いの?」

「手駒を失ったチャームフェイスがすぐに人質を殺さない保証がないし、状況によってはすぐに次のフェロモンを撒かれる。ナムサンが来ていると知った時の行動は、確実にろくでもない事になるだろうしな」

「……解った。」


 夜天も輝ちゃんも、後は特に何も言わなかった。

 ――そして。


「では、行きましょうか」

「よし、俺が前を歩く――ナムサン、あんたは姿を消して付いてこい」


 夜天は、輝ちゃんを向いた。


「お前とは、途中で別れる」


 輝ちゃんは少しムッとした顔をしたけど、頷いた。


「……まぁ、私は本格的な荒事になると足手まといになるしね。解ったわ」

「それと、念の為だ」


 夜天は、ロングコートの中から一枚のバッチを取り出して輝ちゃんに投げた。


「何よこれ」

「備えだ。あいつがゾントをまだ残していて、お前が俺たちと同行してない事を知ったなら、まずお前を探させる。他の人質はともかく――少なくとも、俺が助けたお前は俺に使える可能性があると判断するだろうからな」

「……これ、投げつける爆弾かなにか?」

「裏のスイッチを押すと、あんたを覆う電磁迷彩が起動する。あのゾント位の眼は誤魔化しきれるはずだ……別れたらすぐに押せ。それで、誤魔化しきれなかった時は」


 そう言った夜天は、ロングコートの内側から、一丁の拳銃を輝ちゃんに突き出した。


「使え。相手に使うか、自分に使うかは任せる」

「小さいわね、弾丸は?」

「成形炸薬弾。ゾントには通じる」

「なら、貰っとくわ」


 拳銃を受け取った輝ちゃんは、不敵に笑った。


「あいにく、自分に使うつもりは無いけどね」

「ならいい。弾は六発だ」

「OK」

「……じゃあ、行くぞ」


 そして、私は――私達は、夜天の後に続いて、チャームフェイスの元に向かい始めた。

 ――でも、本当は造ちゃんも探したい、なんて言えはしない。

 夜天の到着が遅れたらチャームフェイスは逃げかねないし、私の浄化もタイミングを合せる必要がある……ごめん、造ちゃん。無事だよね。


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