第3話 お父さんは画家ですが
家に着く。外塀と家のあいだを通り、庭にでた。親父のアトリエは庭のわきにある。
「親父!」
アトリエの扉をあけてさけんだ。親父は、畳一枚を横にしたような大きなキャンバスに向かっていた。ドラゴンと騎士が戦う絵が描かれている。
50歳を超えて典型的に太った中年が、こっちを向いた。
「おお、どうだった、入学式は」
「死神がでた!」
「いまの高校は、そんなに派手なのか!」
親父は学園祭と入学式をごっちゃにしていると思われた。
「ちがうちがう、神社で本物の死神に会ったんだよ!」
「本物?」
「おじさま、本当です。わたしも見ました。ちなみに、ふたりとも薬も酒もやってません」
なんちゅうこと言うんだと、おれは想い人をふり返った。
親父もあきれるだろうと思ったら、なぜか真剣な顔だ。
「おいおい親父、薬ってな、じょう・・・・・・」
冗談だと言う前に、親父はツッカケを履いて庭にでた。空を見上げている。おれも空を見てみたが、カラスが飛んでいるだけだった。
「ちょっと待ってろ」
親父は庭の反対にいき、野球のバットや釣り道具をしまっているプレハブの物置をあけようとした。
「しまった、鍵か」
親父は家の中へ走っていったが、すぐに帰ってくる。
「勇太郎、鍵は?」
「いや、持ってるの親父じゃね? この前、釣りにいったじゃん。最後に片づけたの親父だぜ」
親父が腕を組み、考えこんだ。
おれと玲奈も物置の前にいく。
「そうだ、鍵をなくしたときのために、予備をどこかに隠したな!」
親父は
「こうして、うしろ姿を見ると、似てきましたね」
「おれ、こんなに太ってねえよ!」
腹のでた太っちょの親父が地面に這いつくばると、ガマガエルかヒキガエルだ。
「体型ではありません。髪の感じとかです」
おれはモジャモジャの頭をかいた。ひどいクセ毛でイヤになる。中学の修学旅行で上野にある博物館に行ったさい、ギリシャ彫刻を見たクラスメートに「勇太郎の祖先だ」と言われた。
古代ギリシャ人にシンパシィを感じるほど、おれの髪は黒く剛毛で、うねったクセ毛である。
「くそ、どこに隠したか忘れた!」
親父、それ、一番ダメパターン。
「やむをえん、久しぶりにやるか」
親父は、おれと玲奈に向かってシッシッと手をふった。
「少し、さがってろ」
「いや親父、壊すとあとが面倒・・・・・・」
面倒だろと言う前に、おれは口をあけて固まった。親父は蹴って壊すのかと思ったが、両手のひらで空中をくるくるやりだした。そして、なにかブツブツ言っている。
「
そう言って右手の人差し指をふると、小さな小さな火の玉が飛んだ。
火の玉は物置の扉にある鍵穴に当たり、鍵穴が溶ける。
「ふう、なんとかなったな」
「お、お、親父、これ」
「うむ。昔取ったシノヅカってやつだな」
あまりに信じられなくて、もうひとりの目撃者である玲奈を見た。玲奈も目を見ひらき、白い顔がさらに白く血の気が引いている。
「玲奈、見た?」
「見ました。そして、たしか
「うむ、いい二塁手でな」
親父はそう答えながら物置をあけ、中をガソゴソしだした。いや、ええと、頭が混乱してるので、ツッコム言葉が思い浮かばない。
「あった!」
おれと同じ天然パーマの髪にホコリをつけて親父がだしてきたのは、木の棒だった。
バットと同じだと言えなくもないが、もっと太い。親父がにぎっている部分には革のヒモが巻かれていて、先端になるほど太くなる。これはもしかして・・・・・・
「
だろうね!
「おまえらの武器がいるな。ちょっと買いにいくか」
親父が棍棒を肩にかつぎ、庭からでようとする。
「ちょっと待て、親父!」
本気でさけんだ。親父が止まる。なにから聞けばいいんだろう。頭がぐちゃぐちゃで、どう聞いていいかもわからない。
「おじさま」
「おう、なんだ玲奈ちゃん」
「おじさまは、だれですか?」
「
「おじさま!」
「妻には三年前に先立たれましたが、
「おじさま、聞きたいのは、そういう話ではありません」
親父が、おれと玲奈を交互に見た。
それから、ふっと顔をあげ遠くを見つめる。しばらくすると、もう一度おれの目を見つめ、口をひらいた。
「勇太郎」
「なに、親父」
「うん。父さんな、もと勇者なんだわ」
ゆうしゃか。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・パードゥン?」
この前に玲奈と見た映画の主人公の気持ちがわかった。あのハイスクールの主人公は彼女が妊娠したと聞き、たっぷり30秒固まって吐いたセリフが、このひとことだった。
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