第4話 別次元とか言われても

「平行宇宙ってわかるか?」


 どこへ買い物にいくのか、わからないまま親父についていく。


 住宅街を歩きながら親父の口からでたのは、聞いたこともない言葉だった。


「多元宇宙論ですか。わたしには屁理屈へりくつとしか思えませんでしたが」

「おお、さすが玲奈ちゃん、知ってたか」


 親父が、かついでいた棍棒こんぼうをおれに預けた。いたふたつの手で、それぞれに玉をにぎったような形を作る。


「ちがう世界、ちがう宇宙が存在する。それは距離が離れているのではない。次元がちがうんだ」


 玉をにぎったような形の両手は離していたが、次にそれを重ねた。


「それが、まれに重なり合うときがある。そして万が悪ければ、ちがう世界に行ってしまう」


 そんなことあるだろうか。


「聞いたことはないか? 『ミッシング・リンク』というやつだ。例えば、アメリカの高速道路を走っていた男が、突然に見たこともない世界に行き、気づいたら家の前だった、というオカルト話を」


 それはTVで聞いたことはある。


「あれって、作り話じゃないの?」

「そう。嘘をあばこうと調べたやつはいた。ところが男の車は、確かに高速に入った記録はあったが、出た記録がない」


 マジすか。


「では、おじさまは異世界人ですか?」

「おう、玲奈ちゃん、お察しの通り。おじさんは前の世界では勇者だった」

「ゲ、ゲームの世界じゃん!」


 おれのおどろいた言葉に、親父までうなずいた。


「そう、おどろいたぞ。この世界では、前にいた世界とそっくりな物語が多数ある」


 剣と魔法の世界か。最初の作品ってなんだろう。指輪物語、いや、アーサー王伝説なのかな。


「私が思うには、おそらく『残留者ざんりゅうしゃ』が書いたのではないかと」

「残留者?」


 聞き慣れない親父の言葉だった。


「別の世界から来て、そのまま残った者だ。日本だと『残留者』アメリカなら残り物を意味する『リメインダー』などと呼ばれることもある」


 残留者って。そんなオリンピックに来て帰らない外国人じゃあるまいし。


「んな馬鹿な。なあ玲奈」


 めずらしく玲奈は考えごとをしていたのか、はっと顔をあげた。


「すいません、なんの話です?」

「別世界に残った人だってさ」

「それが、おじさまなんでしょう?」


 あっ、そうでした。決定的証拠が、目の前にいた。


「では、異世界から来た人は、魔法を使えると?」


 玲奈が聞いた。そうだ。親父はさきほど魔法を使った。


「んー、使えると言えば使える。使えないと言えば、使えない」


 よくわからない言い方に首をひねった。


「この世界には、魔力がない。代わりに電力はあるがな」

「いや親父、さっきだしたじゃん」

「あれで精一杯だ。体内にある魔力を練りあげて、やっとあれだ」

「それでか」

「なにがだ?」


 親父が着ているパーカーのポケットに手を入れた。ライターを取りだす。


「ほらこれ、パイプに火をつけるために、いつも持ってるだろ。魔法が使えるなら、ライター要らねえじゃんと思って」


 おれの手から親父がライターをうばい取った。


「毎回してたら、父さん死んじゃうわ」


 マジか。せっかくの魔法なのに、役に立つような立たないような。


「では、あの死神も、多元宇宙からですか?」


 玲奈が聞く。親父が空に指をさした。


「残月がでてるだろう」


 親父の指が示す方向を見る。確かに今日は昼なのに月がでていた。


「きちんとした理論はないが、残月と新月。このときミッシング・リンクが起こりやすいと言われている」


 空に浮かぶ白い月を見つめた。たしか出産は、満ち潮のときが異常に多いと聞く。月の周期が関係するのは、ありそうな話だった。


「まあ、野球? がんばってね」


 近所のおばさんに声をかけられた。はたから見れば棍棒はバットだ。


 気づけばバットを持った父が星を指さし、おれがそれを見つめる図。いまは星じゃなくて月だけど。


 気を取り直し、三人で歩く。


「おじさま、疑問は多いのですが、わからないことがひとつあります」

「いいよ玲奈ちゃん。もうこうなったら、おじさんなんでも話しちゃう」


 いや、もっと早くに言えよ。


「死神に石を投げたら、すり抜けました」

「あー、まだこっちの世界に固定化されてないんだろう」


 固定化? もう今日は何度も小首をかしげ、おれの首は筋肉痛になるかもしれない。


「重なり合った世界の両方にいるような形だな。安定していないので物が通過したり、向こうが透けて見えたりする」


 そういうことか。あれ? ということは、世の中の幽霊って、ミッシング・リンクの真っ最中の人だったりするのかな。


「すいません、わたしがまちがってました。これなら幽霊は存在する」


 玲奈がおれに向けて言う。同じことを玲奈も思ったようだ。


「かわいいから許す」

「なるほど、美人は得ですね」


 そのジョークは今日の小林さんの前では言わないよう祈っておく。


 しかし、そんな世界が重なり合うような現象が起きるなら、いままでにも大勢が行ったり来たりしているんじゃないか?


 その疑問を親父に聞くと、親父は大丈夫だと言う。


「さっきのミッシング・リンクの話あっただろ。高速道路の。普通はもとの世界へもどるんだ。それに、ちがう世界に行くのも一瞬であることが多い」


 親父がさらに説明するには、まれに長く滞在する場合もあるので、いまは念のために武器を買っておくそうだ。おれと玲奈の分を。


 話を聞いて安心した。あの死神は、もう元の世界にもどっているかもしれない。


「まあ、行った先の住人に触れたりしなければ、なかなか固定化という現象は起きない」


 やべえ。思わず玲奈と目が合った。


「あー、おじさま、勇太郎は死神に拳をふるってしまったのですが・・・・・・」


 なにっ! と向いた親父の目は、ひさびさにマジで怒るときの目をしていた。



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