第5話 コンビニにはドワーフ
「よし、着いたぞ」
親父はそう言って止まり、ひざに手をついて休んだ。ぜいぜいと肩で息をしている。
「親父、運動不足すぎるぜ」
おれが死神を殴ってしまったと聞き、それはまずいと早足ではなく駆けてきた。
「おまえが体力ありすぎる」
親父があきれた顔で言った。
玲奈も息がはずんでいる。まだ春なのに、ひたいには玉のような汗が浮いていた。ひとつの滴が流れ、大理石のようなほほをつたう。
「
想いがあふれ、さけんでしまった。ふたりが不思議そうな顔をしたので、聞くべきことにもどろう。
「親父、着いたって言ってもよ」
「ああ、ここだ」
おれはふり返り、店をながめる。近所のご当地コンビニ『シックス・テン』だった。その駐車場におれらはいる。いまの時代では、ちょっと狭い気もする10台ほどのスペースがある駐車場だ。
もともとは、営業時間が朝の6時から夜の9時だったけど『シックス・ナイン』という名前がいかがわしいと批判が殺到し、いまの『シックス・テン』という名前に変え、営業時間も一時間延びたという伝説のコンビニ。
親父のあとに続き店に入った。
「坂本、緊急事態だ」
親父は歩きながら、レジにいた長いヒゲで背の低い中年男に声をかけた。
『まるでドワーフ』と近所でも有名な、このコンビニの店長だ。坂本って名前なのか。もっとこう『トーリン・オーケンシールド』みたいな、ドワーフっぽい名前だったらいいのに。
「おお、
ふたりは知り合いか。っていうか、『裕ちゃん』って呼ばれてるのか。いやまて、嫌な予感がする。親父は別の世界から来た。名前は後付けじゃないのか?
「親父、石原裕次郎から名前パクった?」
「よくわかったな。仲良くなったバアさんが、宇宙一のハンサムは裕ちゃんだって言うんでな」
おれらの会話をドワーフ坂本が見ていた。
「裕ちゃん、この子ら」
「私の息子だ。それより坂本、ミッシング・リンクが起きた」
背は低いのに顔は大きい坂本が、眉をしかめた。
「おい、あと頼む」
「はぁい」
店長とは真逆の、ひょろ長い男は気のぬけた返事をした。店長がレジからでてくる。トイレの方向に行くみたいだ。おれら三人もついていく。
三つのドアがあった。ドアに小窓はなく中は見えない。それぞれ札が打ちつけられていた。お客様トイレ、従業員トイレ、関係者口、この三つだ。
関係者口に入るのか。なんだか、マフィア映画みたいになってきた。そう思ったら、店長は『従業員トイレ』のドアをあけた。
ドアをあけると、なぜかさらにドアがある。店長さんが二つ目のドアをあけ、トイレに入った。
「四人は、ちとせめえな」
そう言って閉じた便座の上に立つ。おい、ドワーフ店長。なにを思ったか親父まで平然と入った。壁に寄ってスペースをあける。マジで?
おれもトイレに入り、親父とは逆の壁に身を寄せた。玲奈が入りドアを閉める。不満を言うのもなんだが、親父の棍棒、マジ邪魔くさい。いまは親父が両手を上にして持っていた。
「おい、勇者の息子、手元のボタンを言うとおりに押してくれ」
おれが寄りかかる壁にウォシュレットのパネルがあった。
「水圧の『弱』を6回」
上からは見えにくかった。トイレに四人という、ぎゅうぎゅう状態。だが、なんとかひざを折ってかがむ。
「1・2・3・4・5・6」
数えながら『弱』のボタンを押す。
「同じく水圧の『強』を9回」
これも数えながら押した。回数多いな。
「最後に『ビデ』だ」
思わず店長を見上げた。ヒゲのドワーフ顔がニヤリと笑う。なるほど、最初につけた店名『シックス・ナイン』は偶然じゃない。この店長、シモネタが大好きだ。
最後のボタンを押すと『ガゴッ!』という大きな音がした。『ウィンウィン』とモーターが回るような音までする。それに、からだで感じる感覚は・・・・・・
「マジかよ、エレベーターか!」
「おう。かっこいいだろ、勇者の息子よ」
いや、かっこ悪いよ!
「たまに客がまちがって用を足すのだけが、少し問題だわな」
少しどころの問題じゃない。
「しかし、裕ちゃんの娘、えれえべっぴんさんだな」
「いや、息子の幼なじみ、玲奈ちゃんだ」
「ハー! 精霊が入ってきたのかと思ったぜ」
その意見には賛成だが、それは前の世界では精霊がいたということか? 前の世界について聞いていいものか迷っていると、エレベーターはすぐに止まった。
「お嬢ちゃん、ドアあけていいぜ」
いや、こんなトワイライトゾーン、なにが待っているかわからない。出れるかと思ったが、
玲奈に続いてトイレからでる。
「ありゃ?」
一階のコンビニだ・・・・・・と思ったら、そっくりそのままのレイアウトか!
トイレの通路からでると、店の棚まで同じだった。ただし、その白い鉄の棚に置かれてあるのは、アンティークかと思われるような品がほとんどだ。
棚の品を見てまわる。ランプにマッチ。中世の肌着みたいな物。懐中時計は、なぜか文字盤が『13』まである。
「ここは『
うしろから来た親父が言う。さきほど異世界から来た者を『残留者』と言った。なら『残留物』これは、異世界の品々か!
棚の品を見ていたが、妙なことに気づいた。コンビニと同じように天井の照明は明るい。でも、それとは別に、どこかから赤い光がくる。
周囲を見まわすとわかった。レジのうしろの壁だ。木で作られた
「ありゃ、こないだオランダから仕入れた品だが、ハズレだったか」
最後にトイレからでたドワーフ店長が顔をしかめた。
「店長、あれ、なんです?」
「魔族警報器って聞いたがな。誤作動してやがる」
玲奈が、レジうしろの警報器に近づいていくのが見えた。
「おい玲奈、あぶなくね?」
おれの声は聞こえてないのか、ゆっくりと近づいていく。
「玲奈!」
「大丈夫だ。爆発するようなもんでも・・・・・・」
ドワーフ店長が言ったそのとき、ボフッ! と爆発するような音とともに赤い石が玲奈に飛んだ。
「玲奈!」
いや、ぶつかったと思ったが、玲奈は顔の前で赤い石をつかんでいる。良かったと安心する間もなく、ジュウ! と音が聞こえ玲奈の手から煙がでた!
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