第6話 コンビニの奥は山小屋

 地下のコンビニにある『関係者口』をぬけると、古い山小屋のような部屋だった。


 火はついていないが暖炉があり、近くに大きな長椅子があった。そこに玲奈を寝かせる。


 さきほど、玲奈は手から煙があがったあと、そのまま倒れた。親父が見たこともないような速さで動き、うしろから抱きとめると玲奈の手にある石をもぎ取った。


 そして、おれと坂本店長で、この山小屋のような部屋に玲奈を運んだというわけだ。


 親父は歩いていたが、古めかしい木のダイニングテーブにあるイスを引き、倒れこむように座った。


「ひでえ火傷やけどだ」


 坂本店長が持ちあげて見たのは、玲奈の手のひらだった。赤い石をつかんだ右手のひらが焼けただれている。


「ちょっと待ってろ」


 そう言い残し、坂本店長は飛ぶように店内に帰った。


 静まり帰った地下のコンビニから、ピー、という電子レンジの音が聞こえる。なぜに電子レンジ? そう思っていると、店長が帰ってきた。手には冷蔵庫でよく見るジップロックを持っている。


「ホウレンソウ?」

「薬草だ。解凍してきた」


 取りだした葉が、この世界の物でないのは理解できた。緑色をしたカエデのような葉っぱだが、三つある先端がゼンマイのようにぐるぐる巻いている。


 その大きな葉を玲奈の手のひらに乗せると、ビュルン! と巻いていた先端が伸びて玲奈の手に密着した。


「これ、葉っぱに食われない?」


 おれの言葉に店長が笑った。


「これはドルイドが使っている薬草だ」

「ドルイド、たしかケルト民族の司祭だっけかな」

「いや、残留者だ」

「えー、あれも!」


 地球って残留者だらけじゃん。


「この薬草は魔力に対しくっつく。だが心配はねえ。少しの魔力を養分にし、治癒の効果をだす」


 マジすか。薬草すげえ!


「勇太郎、ちょっとこっちに座れ」


 うしろから親父が声をかけてきた。


「いや、でもよ」

「玲奈ちゃんは、じきに目をます」


 まあ、勇者だという親父が言うならそうなんだろう。おれは親父の対面に座った。


「ほらよ、裕ちゃんには、こっちだな」


 坂本店長はダイニングテーブルの上に茶色い小瓶を置いた。親父がそれに手を伸ばす。おれが興味深そうに見たのがわかったのか、親父が口をひらいた。


「これは気付け薬だ。今日は二回、魔術を使ったからな。もう、父ちゃんはヘロヘロだ」


 魔術か。さきほど玲奈を抱きとめた動きだろう。


「二回か! そのあとで、よく歩けるな」


 坂本店長が褒めるように言い、壁ぎわに置かれたキャビネットの扉をあける。


 アンティーク家具のようなキャビネットだ。ツヤのある木目の枠にガラス窓。ヨーロッパの物なのか、キャビネットの足が猫のようになっていた。


「おれらは、コーラでも飲むか」


 坂本店長が持ってきたのは、ビンのコーラだ。いや、さっきキャビネットからだしたよね。そう思って手に取ると、しっかり冷えている。


 あれか、あのキャビネットも魔法の家具かなにかか。人生初、魔法で冷やしたコーラ。なんだかすごい無駄な初体験。


 じっと見てたら、おれのコーラを店長が取った。


「そうだ、最近のやつは、これが無理だったな」


 店長が歯でコーラのフタを取る。


「ほらよ。礼はいいぜ」


 おれはうなずいて受けとる。礼というかうらみを言いたい。おれの人生の間接キッスには順番がある。その最新は玲奈。先週に映画を見ながらもらったペットボトルの紅茶だった。それがドワーフみたいなオジサンに更新される。


 シュンとしながら飲んだけど、ビンのコーラはうまかった。


「あの子、両親はいないんだよな」


 親父が聞いてくる。


「じいちゃんと、ばあちゃんしかいない。親父も会ったことあるだろ」


 親父を玲奈の家に連れていったことは何度かある。夕飯をご一緒しませんかと誘われたからだ。平屋で質素な家だが、少し広めの庭がある。そこで家庭菜園をしていて、れる野菜はうまい。


「お父さんが外国人だったよな?」

「そう聞いたけど・・・・・・」


 親父がため息をついた。その横に座るドワーフみたいな店長も、普通にコーラを飲んではいるが、なにか変だ。


「おまえ、死神を殴ったと言ったよな」


 親父が言った途端、店長が横を向いてコーラを吹きだした。


「裕ちゃんの息子、死神を殴ったのか」

「そうだ」

「すげえ、さすが、勇者オルバリスの子だ」

「昔の名を言うな、ドルーアン」


 おお、親父の本名はオルバリスで、坂本さんはドルーアンなのか。それっぽい!


「ふたりは、ひょっとして同郷?」


 親父がうなずく。


「もとは知り合いではないが、同じ世界だった。こっちの世界で偶然に知り合ってな。昔に起きたミッシング・リンクの残留者だ」


 マジか。いやでも、不思議なことがいっぱいある。


「親父も、坂本さんも、どういう立場? 不法滞在? いや、おれ普通に学校行ってるしな」


 親父は免許証も持ってた気がする。


「もしかして偽造?」


 親父が頭をかいた。どうやらそうらしい。


「いや、無理じゃね? 南米とかならまだしも、ここ日本よ」


 言いにくそうにしている親父を尻目に、坂本さんが笑った。


「坊ちゃん、このせまい街にも、残留者は二人いる。そして二代目、三代目、いやもっと大昔の祖先もいるかもしれねえ」


 おれはうなずく。そりゃそうだろう。中学の体育教師だったオッサン、あだなが『ゴブリン』だったが、ゴブリンの末裔まつえいだったのかも。


「そうなるとだ、市役所、いやもっと上、そういうところに残留者、またはその子孫がいないと思うかい?」


 坂本さんが人の悪い笑みを浮かべた。ありえる。


「何代が前の総理、あれは絶対、異世界人の顔ですね」


 親父と坂本さんが笑った。おお、これ残留者ジョークにならないかな。


「それに、裕ちゃんは一匹狼みたいなやつだが、残留者同士ってな独自のネットワークを持つ者も多いのさ」


 たしかに、ここの品。個人で集められる物じゃない。


「まあ、こっちの話よりもだ」


 親父が話を区切るように言った。


「おまえが死神を殴れたのは、おまえに魔力があるからだ」


 なるほど、おれは地球人と異世界人のハーフか。どうりで髪が日本人っていうより、古代ギリシャ人みたいになるわけだ。


「勇太郎、おまえ見落としてるぞ」


 なにをだろう。一応、イスの下を見た。10円玉落ちてるとかもない。


「あっ、やべえ、チャック半開きだ!」

「その話ではない!」


 親父がバン! とテーブルをたたいたので、チャックを閉めようとした手を反射的に上げた。


「チャックは閉めとけ」

「アイアイサー!」


 急いでチャックを閉める。


「さきほど、ドルイドの薬草を使うとき、この坂本は『魔力にくっつく』と言ったぞ」


 そうでした! おれは玲奈をふり返る。銀色の長い髪が、顔に少しかかっていた。おふぅ、寝顔かわいい。


「じゃあ、玲奈も残留者リメインダー?」

「いや、おまえと同じ、二代目だろう。なにも知らなかったようだからな」


 ドワーフ店長が親父のほうを向いた。


「裕ちゃん、いままで、あの子の魔力に気づかなかったのか?」

「それは、私もおどろいている。おそらく、かなり微量なんだろう。ドルイドの薬草を使う機会がなかったら、ずっとだれも気づかなかったのかもしれん」


 お母さんは日本人で、お父さんがポーランド人らしい。そう玲奈は言っていた。じゃあ、お父さんが異世界人か。祖父母も、お母さんの親だし。


「それに、赤い石が光っただろう」


 親父が続けて言った。あれか、魔族警報器って言ってたな。


「魔力があり魔族警報器が光った。つまり玲奈ちゃんは、魔族、闇の眷属けんぞく、ダークエルフ、悪魔、色々といるが、そういうたぐいの者が親だ」


 おれのほうがテーブルをたたいた。


「玲奈が悪魔なんてことはねえ!」

「魔王です」

「はっ?」


 透きとおった声がして、ふり返ると玲奈は起きていた。


「わたしはおそらく、魔王の娘なのです」


 おれはどういうことかと親父にふり返ったが、親父も坂本さんも動きを止め、じっと玲奈を見つめていた。


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