第2話 死神はパーカー似合う

 神社にあがる五段ほどの階段。


 その途中でしゃがんでいた死神は、ゆっくりと立ちあがった。


 やべえ。正直言うと小便ちびりそう。


 だが玲奈がいる。神社のほうを見つめたまま、玲奈の盾になるよう前にでた。


「勇太郎、これは一体・・・・・・」

「玲奈、これは幻覚とかじゃないぞ、ガラスに反射してる」


 神社の正面にはガラス戸がある。そこにまわりの景色と真っ黒なローブのうしろ姿が映っていた。


 フードがついた黒いパーカーだと思っていたのは、地面まで垂れる長いローブだ。すそは裂けていてボロボロになっている。


「馬鹿な、ありえません!」

「現に見えてるだろ!」


 死神がすべるように階段をおりた。


「勇太郎、逃げましょう」


 それはダメだ。玲奈は運動神経がなかった。足は遅い。死神のこいつが近づいてくるスピードは、おそらく玲奈の足より速い。


 おれは足もとの石を拾い、死神に投げつけた。


 投げた石は死神を通りぬけ、神社にあがる木の階段に当たって跳ねる。


「絶対でもねえじゃねえか!」


 物理の馬鹿! そう言ってやりたいが、死神がせまってくる。


 親父が昔から言っていた。最後に物を言うのは気合いだと。


「輝け、おれの右手!」


 ぜったい輝かない右の拳を力の限りにぎる。


「死ね!」


 殴った。なんか殴れた。死神が吹っ飛んでいく。


「死神って死ぬのですか!」


 玲奈、いま言うのはそこじゃないだろうと思うのだが、すんごいクリーンヒットして吹っ飛んでいった。死神、たしかに死んじゃうかも。


 おれは玲奈の手を取り走りだした。


 神社の外をまわり、裏手にある階段を駆けおりる。


「勇太郎、なんですあれは!」

「おれがわかるかよ、親父おやじに聞くしかねえ!」

「おお、はじめて勇太郎から名案を聞きました!」


 はじめてってなんだよと思いながら、階段を駆けおりる。家に向かって走った。


 おれの親父はファンタジー系をえがくのが得意な画家だ。日本ではそれほど有名ではないが、ヨーロッパあたりから個人注文がよくきている。


 ファンタジーを描くので、家にはそんな資料や本も多い。親父なら、なにかわかるはずだ。


「そうか、まちがえました!」


 玲奈が立ち止まる。


「なに?」

「非科学的な物は存在しました。わたしは、おじさまに悪いことを言った」


 なんのことか、すぐにわかった。ドラゴンだの魔法だの、子供じみた絵のなにが面白いのかと、玲奈は親父を目の前にして言ったことがある。


「でも、親父の絵は好きなんだろ?」

「風景画は好きです。中世の街並みなどは、れぼれするほど秀麗しゅうれいです」

「おれは、玲奈を書いた一枚が一番好きだな」

「勇太郎『あばたもえくぼ』って言葉知ってますか?」

「はぁ? それより走ろう!」


 玲奈をモデルに、髪飾りをした月の女神みたいな絵を描いてもらったことがある。それはそれはキレイだったのだが、親父のやつ、代金は100万だとぬかしやがった。


 まあ、あの絵は作成に二ヶ月ほどかかっていた。正規料金かもしれないが、そんな金はない。金ができるまで玲奈の絵は死蔵されている。高校生になったのでアルバイトをすれば、なんとかなると思っていた。


「んあー!」


 今度は、おれが立ち止まった。


「どうしました?」

「昼からバイトの面接なのに!」

「死神とバイト、どちらが重要だとお思いですか」

「どっちも!」


 急ぐ必要ができたので、気合いを入れて走りだす。


 死神を見たという衝撃と、恋い焦がれた玲奈の絵が遠のく危険。


 おれのメンタルは、ぐちゃぐちゃだけど、とにかく走った。

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