たとえ、おれが『勇者』の息子で、きみが『魔王』の娘でも

代々木夜々一

第1話 初登校には気をつけろ

 どこにでもある田舎の、どこにでもある入学式が終わった。


 机の上でほおづえをつき、窓の外をながめてみる。


 これ、窓ぎわの席で良かった。見はらしがとてもいい。


 この高校は一年生の教室が四階だ。遠くにある駅まで視界は届き、ちょうど電車が入っていくところが見えた。


 このM市は、典型的な片田舎の街だ。駅前には書店とレンタルをかねた大型店舗があり、そのとなりにはファストフードとファストファッションの店がならぶ。


「レッド・ドラゴンを三匹釣った? すげえ、おれまだワイバーン一匹だわ」


 おれが座っている席のよこを、男子生徒ふたりが話しながら帰っていった。おそらくゲームだろう。ちなみに先週、おれは自転車を釣った。親父に連れられた近所の池で。


 さて、人生初である高校の入学式は、なんのアゲもサゲもなく淡々と終わった。まあ、だれでも人生初だろうけど。


 昔なら『青春時代』と呼ばれた高校生活のスタートだ。もうすこし胸がおどるかと思ったが、とくになにもない。


「勇太郎、帰んねえの?」


 中学からの知り合いに声をかけられた。


「ああ、幼なじみと帰るから」

「物好きは高校になっても、変わらずか」

「ほっとけ」


 知り合いが肩をすくめて帰っていく。『幼なじみ』と言っても、それほど古いわけでもない。初めて同じクラスになったのは小学五年だ。そこからよく話すようになったが『恋人』とは言えないので、幼なじみと毎回説明している。


 おれの教室に来ると言っていたのに、いつまでたっても来ない。これは匂う。となり席の女子からただよう柔軟剤の匂いもきついが、そっちじゃない。トラブルの匂いだ。


 席を立ち、A組の教室からF組の教室まで歩いた。


 入口の窓から中をのぞく。女子数名に、おれの幼なじみは囲まれていた。離れたところからは男子の一団が面白そうにながめている。


「んー・・・・・・」


 思わず、サッカー日本代表がPK戦の一人目で外したときのような、深いため息をついてしまった。これダメなときのパターンだぞって。


 教室の扉をあける。女子の声が聞こえてきた。


「ちょっと、葉月さん、なんとか言いなさいよ!」


 バンッ! と女子は机をたたいた。その席に座る幼なじみ葉月はづき玲奈れいなは、腕を組み口を閉ざしている。やりすぎだ。ここは口をひらいたほうがいい。


「玲奈、しゃべったほうがいいよ」


 おれの幼なじみ、玲奈がこっちを見た。ハーフで北欧系の顔立ちに、青みがかった目。大理石のような白い肌もすごいが、髪がすごい。色素が薄すぎて金髪じゃなくて銀髪に見える。


 ドストレートな銀髪ロン毛は、キューティクルが整いすぎてワイヤーが入ってんじゃないかと思うほどだ。もう、きみは高級シャンプーのCMしなさい。


「勇太郎、あなたの助言する通りにやってみましたが、こんな感じです」

「もうちょっと臨機応変に。んで、なにがあったの?」

「男子に話しかけられたのですが、無言のままでいると、『気取ってんじゃない』と怒られました」


 わちゃあ、そうなるか。


「みんな、ごめん。玲奈は口が悪いんで、初日はあまり話さないよう、おれが忠告したんだ」


 おれは頭をさげた。


「あなた、この子の何よ!」

「あー、幼なじみだ。そして玲奈は、おれの大好きな相手でもある」

「えっ?」

「んっ?」


 怒っていた女子は、なぜか顔を赤らめた。


「小林さん、でしたね」


 幼なじみの玲奈が、その小林という女子に声をかけた。


「この勇太郎という男は、かなり変わっておりますので、相手されなくとも」


 なにおぅ。片思いでも反論はしちゃうぞ。


「変わってるって、なんだよ」

「好きとか、そういうのは、人のまえでは言いません」

「うちの親父は公然と言うぞ。母が大好きだったって」

「おじさまは、おとなです。高校の一年生が言うと変です」


 変かな。おれは小学五年で玲奈に出会い、中学になるころには運命の人だと思った。中学で男女の好きだ嫌いだは、冷やかしの対象になるので表立っては言わなかった。


「高校生ぐらいになったら恋愛は普通だろ」

「そのド直球は高校生でも異常です」

「あ、あんた、どんだけいい気になってんの!」


 顔を赤らめ、言葉を失っていた女子が玲奈に噛みついた。やべえ、再び怒りの炎が点火したようだ。


「いい気にはなってはおりません。この勇太郎が、ちょっと変わっているだけ。声をかけてきた男子は、入学初日に多少の美人を見つけたので、舞い上がっているだけでしょう」


 うんうん。このクラスの女子と男子が、互いを見合って妙な空気になってきた。わかっていただけたか。わが幼なじみは、ほんとに口が悪い。いや、冷徹とも言える。


「美人って、自分でよく言うわ!」

「小林さん、わたしが自分でブスと言うのも嫌味になります。しかしそれは、たかだか外見の話。性格や人格でもなく。まあ、小林さんも初日からこうなら、わたしと似たり寄ったりで性格はブスかもしれませんが」


 小林さんが口をあけて固まった。


「それに、外見で寄ってくる男の数など、ほこるに忍びません。小林さんも気をつけたほうがいい」


 なぜか玲奈は小林さんをじっと見つめた。


「高校一年にしては発育がいい。その胸、Dはありますね」


 びっくりした小林さんが、すばやく胸を両腕でかくす。ということは当たりか。


「わたしは、Aの中のAですから。高校あたりになると、男子はオスの性欲に目覚めると本で読みました。声をかけてくる男子には、気をつけたほうがよいと存じます」


 そう、幼なじみの玲奈は、ペチャパイだった。だが、おれはそんなことは関係ない。


「おれは、それもふくめ、玲奈が好きだな」

「勇太郎、セクハラで訴えましょうか」


 思わず首をすくめた。


 そんなおれを置いて、玲奈は小林さんにむけて言葉を続ける。


「気に食わぬこともあるでしょうが、クラス替えまで一年間は顔を合わさねばなりません。ひとつ、お手やわらかにお願いいたします」


 玲奈が席を立ち、カバンを持った。よし、ツッコミどころは多いが、今日はさっさと帰ったほうが良さそうだ。


 玲奈と教室を出て、校門まで歩いていく。


「なかなか、むずかしいものですね」


 玲奈が、少し切なげに言った。


 さきほど、おれのことを「変わってる」と言ったが、幼なじみのほうが変わっている。


 特徴はふたつ。まず超美人。銀色に見える髪は目立つし、ハーフというよりがっつり北欧系。父親がポーランド人だったか。お父ちゃんの遺伝子、強かったんだね。


 ハーフなんだけど、両親はすでにこの世にいない。小さいころに両親の乗った車が事故にあったそうだ。それから玲奈は母方の実家で暮らしている。


 問題は、ふたつ目の特徴。頭が良すぎる。


 恐らく、入試テストの上位三位には入っているだろう。玲奈は勉強をしない。何度か教科書と参考書を読むだけだ。ちなみに、おれも勉強はしない。単に嫌いなだけだが。


 この高すぎる頭脳と、厳格な祖父母に育てられたゆえのていねいな言葉。ふたつが合わさると、なんとも口がするどくなってしまう。


 玲奈の表情を見る。長年いっしょにいるので、少し気落ちしているのがわかった。


「まあ、気にするなよ」


 青い瞳がこっちをチラ見した。


「気になどしていません。ですが、ありがとう」

「うん。たかが胸だ」

「なるほど、感謝を返してください」


 ふたりで見合い、くすりと笑った。小学校時代は「鉄仮面」というあだ名だったけど、玲奈は笑うこともできる。笑顔が一番だぜ。マイエンジェル♡


「なにか、寒気が走りました」


 玲奈がそう言って片眉を上げた。


「するどいな、おぬし!」


 ふざけていたら、校門を出ようとしたところで入ってくる人とぶつかりそうになった。先生と生徒のふたりだ。


 先生はそれなりの中年男性だが、見るからに気弱そう。連れている生徒に気後れしながらも注意しているようだった。


「こ、困るよ瀬尾くん、転校初日で遅刻なんて」

「かたじけない。初めての街で迷ってしまった」


 時代錯誤なセリフが聞こえたが、言ったのは生徒のほうだった。


「どうかしましたか、勇太郎」

「いや、三年生で転校生っぽいけど、すんごいイケメンだった」


 彫りの深い顔立ちで、ハーフっぽかった。玲奈も振り返り、その上級生を見る。


「あまり、タイプではないですね。それに、外見は興味がありません」


 きみが言うと嫌味になるのだが。まあ、おれは自慢するほどでもない外見だから、玲奈が外見を気にしないとは、良いことだ。


 中学一年で『好きだ』と告白したが、玲奈から返事はもらっていない。ただ、変わらずこうして行動をともにしてくれる。つまり、嫌われてはいない。


「気合いだな。気合いで勝負だ」


 玲奈が首をかしげたが、おれは説明しなかった。


 しばらく住宅街を歩いていく。玲奈の家は、おれの家の近所だ。これからの高校生活、いっしょに登下校できるのは、神のおぼしめしと言える。


「勇太郎、近道で帰りましょう」


 右側に立つ玲奈が、右に折れる道に指をさした。


「えー」


 玲奈の言う近道はわかる。小高い山を抜けていく道だ。でも頂上に神社があり、地元の者でもあまり行かない。


「あそこ、昔に神隠しがあったって言うじゃんか」

「幽霊だの、妖怪だの、信じるのは子供だけですよ」


 あきれた顔をした玲奈だ。


「いや、玲奈はそう言うけどね」

「反論するなら、物理法則をそえて下さい。例えば地球で幽霊は飛べません」

「光は飛ぶだろ!」


 玲奈が、やれやれといった感じで首をふった。


「光でさえ、重力に引っぱられます。幽霊がもしいるなら、地球の重力で地中の奥深くに吸いこまれて終わり」


 ホーミングだか、ホーキングだかの宇宙の本を読めと勧められた。そんなもの、5ページ読むのが精一杯だ。


「幽霊だから重力は効かないんだよ」

「それも、おかしい。地球は宇宙の中を秒速230kmで動いています。地球の重力が効かないのなら、あっと言う間に宇宙空間に置き去りです」


 口では勝てそうもないので、肩をすくめて流した。


「物理法則というのは、残酷なまでに絶対なのです。この地球上でも、宇宙のかなたでも変わらないのですから。幽霊が存在できるとすれば、もはや別の宇宙」


 玲奈が星でも見上げるように遠くの空を見た。宇宙に思いをせるか。くそう、かっこいいじゃねえか。


 しょうがなく右の道を進み、小高い山の階段を登っていく。


 頂上に着くと、ボロい神社だ。小さな神社で屋根の瓦は少し落ちている。木板の壁や柱には、緑色のコケが生えている部分があった。


「子供のころ一回だけ来たけど、そのときよりボロくなってるな。いっそ取り壊せば・・・・・・」


 そこまで言って、おれは止まった。神社にあがる木板の階段だ。五段ほどある階段の途中に、しゃがんだ人のうしろ姿がある。


 そのうしろ姿は、フードのついた黒いパーカーをかぶっていた。


賽銭さいせん


 賽銭泥棒かな。と言う前に黒いフードがふり返り、おれは思わず言葉が止まった。


 なにも考えが浮かばず、目が離せない。


 そこに見えた顔は骸骨がいこつだった。

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