第52話 いま覚悟はできている
瀬尾にブリザード・ボールは効かなかった。
スーツに残った霜柱を瀬尾が手ではたき、ぱらぱらと落ちる。
急にサイレンが聞こえた。ウー! という火事のさいに鳴る町内放送も鳴っている。どこかで火事か?
ビルの屋上からは、街が見下ろせる。どこで火事なのかと見まわすと、小高い山の頂上に火柱があがっていた。
あそこは神社のある山だ。おれと玲奈が死神と戦った場所。
火柱が高く吹きだしている。山火事ではない。巨大な火柱だ。それがなんてこった、人の形をしてきた!
「いよいよ、ミッシング・リンクが始まりましたか」
瀬尾がつぶやいた。待て、さっき、こいつはなんて言ったか。アラビア。精霊と魔人の世界。・・・・・・あれは炎の魔人?
「イフリートか!」
思わずさけんだ。アラビアン・ライトにも出てくる炎を操る魔人。そして、魔法のランプの原型だ。本物が来やがった!
おれはリュックから魔法のランプを取りだした。強くこする。
ボワー! とランプから霧がでた。ビルの屋上に、巨大な霧の巨人が出現する。
「私は~ランプの精霊~♪ あなたの~お望みを~♪」
無駄すぎるミュージカル機能!
「あそこの炎の巨人に、まとわりつけ!」
山の頂上にいるイフリートを指さした。動けるのかわかんないけど言ってみる! なんでも挑戦! ポジティーブ!
「はい~かしこま~り~ま~し~た~♪」
歌うヒマがあったら行かんかい! 怒鳴りたかったが、霧の巨人は飛んでいく。おお、これで時間を稼げるか!
「勇者。どの世界でも同じですねぇ。人々を救おうとする。そこになんの美徳があるのやら」
瀬尾がつぶやいた。
おれはポケットから炎のナイフをだす。
「ほう、野球の次は剣道ですか」
瀬尾の軽口には付き合わず駆けた。右から切りつけようとしたが、サーベルの鞘で腕をたたかれる。右、左とナイフを振りまわすが、瀬尾は余裕でよけるか、サーベルの鞘で腕をたたくばかりだ。
おれはバックステップして、いったん距離を取った。
くそっ。まるで歯が立たない。
「それでも勇者ですか」
「うるせえ、おれは二代目だ!」
「なるほど勇者の息子、ですが剣の道はあまりに未熟なようですね」
瀬尾はサーベルの鞘で、剣道のように素振りをした。馬鹿にされているのは、わかっている。
待てよ、そうか、勇者の息子。
子供のころ、親父とチャンバラで遊んだ。チャンバラと言いつつ、親父は長さのちがう木の棒を持たしたものだ。日本刀の長さではなかった。長い棒は槍のつもりだったんだろう。
そして小枝だ。親父が短い木の枝を持たせたことは何度もある。『お父さんのは長いのに!』と、おれは文句をブウブウ言ったもんだ。
あのとき、親父はなんと言っていたか。
「長さに合わせて戦い方は変わる。短い剣は切るんじゃない。刺すんだ」
親父に言われたのは、持ち方からちがった。包丁を持つようにじゃない。逆手だ。親指が下で、小指のほうが刃先だ。なぜなら、逆手に持つとヒジの動きだけで刺せると。
炎のナイフを持ち変えた。そしてかまえる。肘を曲げ、ナイフは肩の高さあたりに上げた。
そういえば盾を持って遊んだことも多い。ダンボールで作った盾。親父はあのとき、なんて言ったか。平行だ。盾だけ前にだすなと。盾と剣は平行にかまえろと。
「ほう?」
瀬尾がつぶやき、おれを見つめた。
その顔を、おれは見ない。相手の胸あたりを見ろと親父は言っていた。相手の全体が見れるからと。
それに、猪をしとめるときにも言っていた。とどめを刺すときに目を見るなと。見ればちゅうちょすると。
「殺し合い、になりそうですね」
瀬尾はそう言い、地面に置いたサーベルを取った。
「覚悟ができましたか」
「覚悟? そんなものは、おまえが玲奈をさらったときから、できている!」
間合いを詰めた。相手がさがる。次に瀬尾が突進する素振りを見せたので、おれがバックステップでさがった。ふたりがフェンシングのような間の取り方になっている。
瀬尾が踏みこんできた。切りつけてくるサーベルを小さな盾で受ける。すぐに逆手に持つ右手のナイフで反撃。やつの左肩に刺そうとしたがよけられた。
瀬尾が左に素早くステップした。おれの左腕に剣をふる。
「ぐあっ」
腕を斬られた。上着のそでは裂け、下に見えた皮膚から血がでる。盾を放した。
「やはり甘い」
瀬尾が腕をのばし、おれの脇腹にサーベルを刺した。
「盾を手放すなど愚の骨頂」
「そう来ると思った」
おれはかまわず前進した。サーベルが脇腹を貫通した痛みが走る。おれと瀬尾の距離がゼロになった。逆手に持って肩の高さにあるナイフ。あとは振りおろすだけ。
瀬尾の胸にナイフが突き立った。刃の半分ほどが入っている。
「あ、相打ちを狙うとは」
炎のナイフが刺さった傷口から青い炎が噴きでる。瀬尾が倒れた。おれはサーベルの刃を両手で持ち、脇腹からぬく。
おれの胸にさげた石のペンダントが光った。水のドームに包まれる。これが夫人の魔法か。なるほど、玲奈が夫人に抱きしめてもらうわけだ。夫人の魔法はやさしい温かさで、おふくろの温かさみたいだった。
三年前にガンで死んだおふくろを思いだし、温かく心地の良い水に包まれ、おれは目をつむった。
温かい水に包まれた感触がなくなり、目をあけると傷は治っていた。脇腹だけでなく左腕の斬られた傷も治っている。
「あ、あの聖職者の魔術か・・・・・・」
仰向けに倒れている瀬尾がつぶやいた。胸に刺さったナイフの傷、それに右手のひらから煙がでている。ナイフをぬこうとして手が焼けたか。
それでも左手のひじをつき、上半身を起こそうとしている。なんてしぶといやつ。さすが吸血族。
「そう、仲間のおかげで勝ったぜ。手を借りるのは
「こ、この世界で、魔族の私に仲間などおらぬ」
「魔族は関係ねえよ。おまえの性格が悪いだけだ」
おれが肩をすくめたそのときだ。魔方陣の中央に、巨大な樹が生えた。樹の形をしているが色は真っ黒だ。
「あ、暗黒樹が来た」
「あんこくじゅ?」
「世界の
やべえぞ、それ。
「玲奈!」
魔方陣の中央にいた玲奈が、樹のみきに取りこまれていた。頭と顔と左肩、そこから伸ばす左手だけが出ている。
「勇太郎!」
盾をひろった。もうなにも武器はない。ならば盾でぶったたく!
『13』の数字がどこかわかった。地面の光る六芒星の中、暗黒樹が生えている左側に大きく『13』の文字が輝いていた。
「すぐ壊す! 玲奈、がんばれ!」
おれは盾をひろい、光り輝く魔方陣へと飛びこんだ。
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