第51話 魔のタワー屋上の決闘
階段をあがると、屋上へでる鉄の扉はあいていた。
このビルの屋上は長方形で、大きさはフットサルやバスケができそうなほど広かった。
その向こう、幅いっぱいに使った大きな魔方陣が輝いている。
中央に玲奈がいた。立っている。ケガもなく元気そうで安心した。
そしてこちらに背をむけ魔方陣を見ているダークスーツの男。吸血族の瀬尾だ。
「よく、ここまで来れたものです」
スーツのうしろ姿が声を発した。
呪いのクッキー、やっぱり効果がなかったか。やつになんの変わりもない。呪術は相手が強いとかからない。そんな話はこの世界でも、よく耳にすることだ。
ドア枠をまたぎ、屋上にでる。
おれはリュックをおろし、盾といっしょに持った。いざ投げるとき、リュックを背負っていると邪魔だ。
水晶玉は利き腕である右手に持ち、腰のうしろに隠した。なるべく普通を装って近づいていく。
「瀬尾、世界が壊れる。すぐにやめろ」
スーツの男がふり返った。何百歳かわからないが、見た目は十八歳のドイツ人みたいな顔が笑っていた。それは意外にも純粋に嬉しそうであり、まるで遠足に行く子供みたいな笑顔だ。
「安心してください。ミッシング・リンクが起きるのは、この魔方陣から半径1km。それも数分です」
1キロって、何人の人が異世界に遭遇すると思ってんだ。それにどう見たって、世界は重なり合うというより、ぶつかりそうに見える。
「雲の上を見たのか?」
スーツ姿の瀬尾が上空を見た。
「・・・・・・まあ、私の計算なら大丈夫でしょう」
だめだこいつ。ぜったい大丈夫じゃない。
玲奈を見た。おれと目が合う。意識は、はっきりしているようだ。おれが来たのに動かないのは、なにかわけがあるのか。
「勇太郎、ダメです。ここから動けません!」
魔方陣の中心にいる玲奈がもがいた。からだは動くようだが両足をそろえて立ったままだ。
「無理ですね」
瀬尾が答えた。
「この魔方陣は触れると魔力を吸います。いま、魔王の娘の魔力が、やっとじわじわ出始めたところ」
なら、電磁石みたいなものだろうか。魔方陣を壊さないと、玲奈は動けない。
「瀬尾、向こうに行ってどうする? 思ったような世界じゃないかもしれない」
「それを研究してないとでも?」
吸血族は鼻で笑った。
「例えば、北欧神話に雷神トールがいれば、ヒンズー教にも雷神のインドラがいます。地域や時代がちがっても、なぜか似た話が多いのです。それはつまり、何度もミッシング・リンクをしている世界がある、とは思いませんか?」
たしかにあるかも。ギリシャ神話にいる一つ目の『サイクロプス』と、日本の『だいだらぼっち』はそっくりで、おまけに鍛冶職人という特徴まで一緒だ。
「今日、ここにそれが起こると?」
「そうです。ちょうど二千年前のアラビア、千年前がネパールにあるバクタプル。同じようなミッシング・リンクが起きた形跡があります。周期を計算すると次がここ」
瀬尾が、もう一度上空を見た。あこがれるような目だ。
「おそらく、あちらは精霊と魔人の世界」
その世界、行きたくねー。
おれは腰のうしろにかくした球をにぎり直した。瀬尾に投げるより、魔方陣に投げたほうが早くはないか。魔方陣に描かれた数字を探す。『13』を探したが、ここからでは遠くわからなかった。
「なにか、投げるタイプのものを、お持ちのようですね」
バレた。瀬尾が歩き、おれと魔方陣のあいだに立つ。腰のベルトに細いサーベルを差していたが、それを
「カモン、ボーイ」
そう言って、くちゃくちゃとガムを噛むような仕草をする。てめえ、生意気な外国人バッターのつもりか。
「ふざけんなよ!」
「おや、お気に召さない。では、あなたの名前は山河でしたね。三年の同級生でも知っている人が多かったですよ」
おれって有名? いつも玲奈といっしょにいるからか。
瀬尾はサーベルの鞘を、おれに向けた。
「来いっ、山河くん!」
「昔の野球マンガみてえに言ってんじゃねえよ!」
「山河くん、きみはそれでも男か!」
「余裕かまして雰囲気だしてんじゃねえ、コウモリ野郎!」
カチンときた! ぜったいぶつけてやる。やつとの距離は20m弱。ちょうどピッチャーとバッターぐらいの距離だ。やつは左足が前。右バッターか。
左手に持っていた盾とリュックを置く。投球のポジションにかまえた。
「おおおお!」
「山河くん、いいですねぇ、乗ってきましたか」
「この一球にかける! ブリザードボール1号だ!」
「なにっ!」
ふりかぶる。左足を大きく前へ。右手の球は軽くにぎる。コントロールだ。狙うはひざ。ここが一番よけにくい!
投げた。狙いどおり低めに球が走る。やつの左ひざに当たったと思った瞬間、風切るような音がした。
サーベルの鞘で下からすくうようなスイングだ。球は遠くに飛んでいった。
あれを打つのか。野球をやっていたやつの球は、一般人とは速さも球威もまるでちがう。それを軽々と。スイングはでたらめだった。吸血族の身体能力がすごいのか!
「いいですね。挑発に乗っているように見せかけ、ひざを狙ってきましたか。頭の悪い勇者だと思っていましたが、なかなかにクレバーです」
そして思いっきりバレてる。リュックから二球目をすぐに取った。
こうなると思いっきり投げるしかないか。間髪入れずにふりかぶった。大きく足を踏みこむ。球も強くにぎった。
「
頭に向けて全力で投げた。人の頭に向かって投げるなど、人生でたったの二回。死神とこいつだけだ。
おれの全力の球を、今度は上からたたくように打った。きっちりとは当たらず、球は横に弾かれように飛んでいった。
「おお、ファールですね。二球続けてホームランとは行きませんでしたか」
すぐに三球目を取る。軽口を返す余裕はない。
どうする。全力の球でも簡単に打たれた。
そのときだ。やつの肩に、ぼとりと白いなにかが落ちた。上を見る。鳥だ。ということはフンか!
「こんな夜に鳥がいるとは。不運にも、ほどがありますね」
やつはスーツのポケットからハンカチをだした。チャンスはここだ。素早くふりかぶる。やってみるしかない。そうか、こんな時間に鳥。あれだ。呪いのクッキー。いいときに効いてくれた!
狙うのは、みぞおち。最後の一球を投げた。
「甘い!」
瀬尾が片手で鞘をふった。その手前で球は落ち、見事に股間を直撃した。
「フォ、フォークボール」
「おっさん、いまの呼び名はスプリットだ」
偉そうに言ってみたが、思いついたのには理由がある。最後の球には彫刻がほどこされていた。野球の球にある縫い目に似せた彫刻だ。
坂本店長が、これを地下のダイニングテーブルで磨いていた記憶がある。おそらく、おれのために改良してくれた球だ。
瀬尾はぶつかった股間が痛いのか、腰が引けた状態でぷるぷる震えている。
「言葉どおり、
坂本店長に敬意を表して、シモネタできめる。
股間を中心にして、霜柱のようなものが拡がっていった。氷の魔法だ。
「玲奈、いま助ける!」
走りだそうとしたとき、声が聞こえた。瀬尾だ。なにかをつぶやいている。そして瀬尾の股間に拡がっていた霜柱が、逆にどんどん縮んでいく。
「吸血族、いや、魔族の魔術。甘く見ないでいただきたい」
氷の魔法を押さえこんだのか。クソッ、こいつ。マジで
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