第44話 魔のタワー1階と2階

 駅前に着いた。


 人々が足を止め、夜空の雲に反射した魔方陣をながめている。なにかのイベントだと思っているのか、なごやかな雰囲気だ。


「さーせん、ちょっと通してください!」


 歩道いっぱいに広がってながめるグループがいた。道をあけてもらう。


 楽しそうに見てるけど、この世界が危ないんだぞ! そう言いたいのを我慢した。


 瀬尾は魔方陣を使い、平行宇宙の別世界をこじ開けようとしている。それはおそらく、膨大な魔力が必要で、だから手下の吸血コウモリに魔石を探させていたのだろう。


 そうだ、それに金持ちだった。うなるほどの金も使って、世界中から集めたかもしれない。それでも魔力が足らなかったので、玲奈を思いだしたというわけだ。


 こんな危険なことをしてまで、ミッシング・リンクを起こす意味がわからない。


 そういえば、やつは玲奈に向かって『待ちわびた』と言った。魔族がいる世界が恋しいのか。それでも無茶だ。あの魔方陣を止めないと。


 立ち止まった人を縫うように走り、再開発が行われている区画に走った。


 簡易の鉄板で作られたフェンスをたどると、中に入るドアがある。ドアに鍵はかかっていない。押して入った。


 そこから、いくつか建設中の建物を通りすぎ、一番奥にさらにフェンスで囲まれた区画があった。その奥には建設中のビルが見える。


 入口は鎖と南京錠で閉じられていた。フェンスによじ登り超える。


 地面に光るなにかがあった。駆けよってみるとトランプだ。ハートの9は、まだ小さな光を放っていた。


 建設中のビルを見上げる。ここで、まちがいない。


 ビルの周囲は足場が組まれていた。建設中だが、窓ガラスはもう付いている。数えてみると10階はあるように思う。完成すれば、駅前では一番の高い建物になるだろう。


 工事の足場は三階ぐらいの高さまでしかない。中を通って屋上に行くしかないか。


 ビルの玄関と思われる表にまわった。


 扉は自動ドアだ。鍵が掛かっているのか、力を入れてもひらかない。


 おれは周囲を見わたし、落ちている岩を手に取った。皮肉にも、あの中条くるみと同じ行動だ。


「恋は人を狂わせるぞと!」


 ひとことつぶやき、投げつけた。ガラスの割れる派手な音がして、玄関の自動ドアが崩れ落ちる。


 この工事現場に人影はなく、駆け寄ってくるような足音もなかった。防犯ブザーのような音も聞こえない。


 砕け散った自動ドアから、一階に入った。


 入ると、ガランとしたなにもない部屋だった。まだ内装は手を付けてなく、コンクリートと配線がむきだしだ。


「でてこい、クソ吸血鬼!」


 さけんでみた。さきほど、ガラスを割って派手な音をだした。いまさらコソコソする必要もないだろう。


 部屋には右の壁、正面、左の壁と、三つのドアがある。右からいくか。右のドアにいき、ドアノブに手をかけた。


 ドアノブが動かない。やべえ、ビルの中も鍵かけてるのか! そう思った瞬間、カチャ! と鍵があく音がした。


 ドアをあける。なにもない小さな部屋だった。しかし、どうやって鍵があいたんだろう。


 とりあえずドアを閉め、正面の壁にあるドアに向かった。同じようにドアノブに手をかける。まわそうとするが動かない。すると、またカチャッ! と鍵があく音がした。


 なにか背後で光った気がする。でも、うしろにはなにもない。おれのリュックか。


 背中のリュックをおろして見てみる。小さなネズミのストラップがついていた。銀か鉄で作られた小さな野鼠のねずみみたいなものに、細いチェーンをつなげたストラップだ。まさかこれ?


 とりあえず鍵はあいたのでドアノブを回して中を見る。なにもない部屋だった。


 今度はリュックを背負わず、前に持って左の壁にあるドアに向かう。ドアノブに手をかける。鍵だ、動かない。ネズミが光った。鍵があく。


 すげえ。ゲームでは、どんな鍵でもあく『魔法の鍵』というのがよくあるが、これはさらに高性能。キーレスエントリーだ。坂本店長がつけてくれたんだな。あざっす店長!


 あれ? じゃあ、最初の自動ドアも壊す必要なかったのか。ちょっと待っていれば鍵はあいたかも。まあいいか。


 魔法の鍵に感動しながらドアをあけると、探していたものがあった。階段だ。奥に作業用と思われる鉄板とパイプで組まれた簡易の階段があった。二階に登る。


 二階は、いくつか部屋が区切られていた。ここも外向けの窓にはガラス窓が入っているが、内装はされていない。


 中央に大きな部屋があった。ホールかなにかだろうか。暗くてわからないが、天井も高そうに思える。その部屋の角、また工事用の簡易な階段が見えた。


 やはりホールだ。簡易の階段は中二階のような壁の途中にあるドアにつながっている。このホールは二階と三階をぶち抜いた造りだ。


 暗いホールに足を踏み入れる。周囲に注意しつつ進んだ。


 ここまで、人の気配は一切ない。あの瀬尾って吸血族は、なにもかもひとりでやっているのか。


 いや、あいつが『手下』と呼ぶものもいた。耳を澄ませば、カサカサとなにかが動く音がする。


 上を見た。無数の赤い目だ。吸血コウモリ!


 おれはすぐリュックをおろした。革の盾がいる。リュックのチャックをあけると、すぐに目に入ったのはジップロックに入った薬草と呪いのクッキー。


 ドワーフ店長、クッキーは要らねえだろ!


 とりあえず、急ぎ革の盾と炎のナイフをだす。


 天井にいる吸血コウモリの何匹かが襲いかかってきた。A3程度の大きさしかない盾で頭上を守る。ガンガン! と当たる音がした。


 しゃがみこみ低い体勢を取ると、コウモリが来なくなる。いったん引いたようだ。それでも頭上から無数の赤い目が、おれを見ていた。


「人間様、なめやがって」


 こちらに飛び道具がないと思ったのか、吸血コウモリの赤い目は天井から動かない。


 ところがどっこい。ちがう意味の飛び道具を思いついた。リュックから呪いのクッキーをだす。袋からひとつ取りだした。


「目標、あいつ!」


 無数にある赤い目のなかから、ひとつを狙い定める。


 パリポリパリポリパリポリパリポリ・・・・・・


 うさぎに勝てそうなスピードで、おれはクッキーを一枚むさぼり食べた。


 見つめていた赤い目が、ツルッ! とすべったような動きをしたと思ったら、そのまま床に落ちてドンッ! と音がした。コンクリートの床でピクピク動いている。


 呪いのクッキー、なかなか強い!


 おれはさらに、もう一枚を急いで食べた。

 

 パリポリパリポリパリポリパリポリ・・・・・・


 吸血コウモリがツルッ! っとすべってドンッ! と落ちる。


 もう一枚。


 パリポリパリポリパリポリパリポリ・・・・・・


 ツルッ! っとすべってドンッ! と落ちる。


 意外な誤算、このクッキーは、口の中の水分を全て持っていく。もう、おれの口はタクラマカン砂漠だ。


 いや待てよ、もうひとつ。さきほど見た『ドルイドの薬草』だ。あれは魔力にくっつくと言った。


 クッキーの袋をしまい、薬草の入ったジップロックをだす。あまり時間もかけたくない。このホールは駆け抜けるか。


 リュックを背負い、ジップロックの口をあけた。中にはぎっしり薬草が入っている。


 左の小脇に盾を抱え、いっしょに薬草のジップロックを持った。右手には数枚の薬草。


 立ちあがった。やはり、吸血コウモリは立ちあがるのを狙っていたようだ。すぐに数羽が向かってくる。


 走った。部屋の角にある階段。うしろの上空から羽音が聞こえた。


「喰らえ!」


 薬草を投げつけた。葉のさきにあるグルグルに巻かれたつるのようなものがビュルン! と伸びて吸血コウモリにぴたっとくっつく。


 薬草にくっつかれたコウモリは、きちんと羽ばたけず床に激突した。


 また数匹くる。おれはジップロックから薬草をだす。それを頭上に投げた。そして走る。


 走りながら『花咲かじいさん』のように頭上に薬草をばら撒いた。


 部屋の角にある階段までくる。ふり返ると、地面に落ちたコウモリが何匹も見えた。


「キッシャァァァァァ!」


 なんか数匹が鳴いた! 天井のコウモリが一斉に飛び立つ。おれは急いで階段をあがった。


 三階の入口だと思われるドアの前に着く。ふり返ると吸血コウモリの群れが間近に迫っていた。


「うおっ!」


 おれはジップロックを逆さに持ち、空中に残りの薬草をばら撒いた。薬草にくっつかれた吸血コウモリが、方向をあやまり壁に激突していく。


 ドアをあけ、おれは三階に入る。そして、すばやくドアを閉めた。あぶねー!

 

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