第43話 数学と占いは奥が深い

 室田邸へと駆けた。


 先生の番号は知らないが、奥さんである室田夫人の番号は知っている。


 電話をかけたら、先生は家にいるとのこと。そのまま待機して欲しいと夫人に伝えた。


 夜の住宅街を走り、室田邸に着いた。


 玄関のチャイムを押すより早く、玄関のドアがあく。


「勇太郎くん、入って!」


 室田夫人だ。門扉をあけて入る。


 リビングに案内されると、すでに室田先生はカーペットに座り、低めのリビングテーブルに向かっていた。テーブルの上にはノートパソコンと、何枚かの紙が置かれてある。


「魔方陣の破壊、そうね?」


 夫人が言った。おれがここに走ってくるあいだに、坂本店長からも連絡が入ったようだ。


「うちの庭からも見えた。あの魔方陣ね」


 おれはうなずく。


「勇太郎くん、数字はメモしたが、まちがってないか、確認してくれないか!」


 声をあげたのは室田先生だ。


「スマホで撮りました。いま確認します!」


 先生がメモした何枚かの紙を取る。自分のスマホで撮った画像と見比べた。


「まちがってる部分があります。ここが『28』じゃなく『29』で、ここも『99』じゃなく『97』ですね」


 夫人からエンピツをわたされたので、書き直していると先生が顔をあげた。


「ここは素数か!」


 先生はそうつぶやき、また自分の手元にある紙に書きなぐっていく。なんの公式を書いているのか、おれには全くわからなかった。


 A4のコピー用紙に先生がメモした魔方陣をながめる。円のまわりや六芒星の中に、数字が書かれていた。数字は1ケタのものもあれば、3ケタのものもある。


「おれから見たら、まるでデタラメだな」

「そうでもない。サークルの外に並ぶ数字は、右回りか左回りだろう。それが変化量なのか、数式や答えの順番なのか」


 おれの思わずつぶやいた言葉に、ペンを走らせながら先生が答えた。


「先生、考えたくないことなんですが、こっちにはない公式の可能性とか・・・・・・」

「その可能性はある。だが低い」

「低いですか」

「例えば五次方程式は、どの世界だろうが厳密には解けない」

「えっ、発見されてない、じゃなくて?」

「それもない。解けないということが数式で証明できるからだ」


 そういうのもあるのか。奥が深い、数学。


 ペンを走らせていた先生が、ふっと顔を上げ笑顔を見せた。


「異世界があると知って、最初に聞いたよ。きみの世界でも1+1は、2なのかと」

「奥さんはなんて?」

「もちろんよ、と真剣な顔で答えたよ」


 キッチンのダイニングテーブルに座っている室田夫人を見た。どっちの世界でも1+1は2か。このふたりが言うと、なんだかロマンチックだ。


 おれは邪魔しないように、そっと立ちあがり、キッチンのほうに行った。


「イスにかけて」


 室田夫人に言われ、対面に座った。夫人はじっと夫である室田先生を見ている。


「先生、解けるでしょうか?」

「三日ぐらいあればいいのに、とボヤいてたわ」

「一問に三日も考えるんですか!」

「数学の世界では、よくあることらしいわ。合ってるかどうか確認するのに三年かかった公式とか」


 それ、受験問題で出たら高校生活終わっちゃう!


 じっと待っていると、二階からドタドタと階段をおりてくる音がした。


「ダメ! ぜんぜん教えてくれない」


 声がしてあらわれたのは娘の早貴ちゃんだ。手には、あの坂本店長からゆずられたタロットカードを持っている。


 お母さんである室田夫人の横に、ふて腐れたように座った。


「早貴ちゃん、どったの?」

「私も、勇者センパイの力になればと思って、占ってたんです」


 おおう、その手があったか!


「でも、ぜんぜん。教えてくれません」

「教えてくれない?」

「カードを引いても、デタラメだなってわかるんです」

「デタラメ・・・・・・」


 おれが、いまいちピンと来ていない顔を察したのか、早貴ちゃんが説明を加えた。


「例えば、でた結果に納得いかないと思って、カードを引き直したりしたら、よくそうなります。でたカードに力がこもってないというか、表情がちがうというか」


 なるほど。占いの才能がある早貴ちゃんが言うなら、それはほんとだろう。


 しかし未来が占えないか。災害を予告する鳩時計も13回鳴くし。やべえな、この状況。


「もう、やになる。伝説のタロットのクセに!」

「これ、早貴!」

「だって、玲奈センパイが!」

「あれ? 玲奈がさらわれたの、知ってんの?」


 早貴ちゃんにたずねたのだが、室田夫人もうなずいた。


「店長さんが、説明してくれたのよ」


 そういうことか。


「ぜったい、なんとかする!」

 

 うしろのリビングから声が聞こえた。室田先生だ。この短時間で、すでに書きなぐったコピー用紙が散乱している。顔も鬼気迫る表情だ。


 みんな、無言で待った。1分が長かった。その長い1分を繰りかえし、20分ほど経ったころだ。


「・・・・・・解けた」


 室田先生の声が聞こえた。おれは立ちあがり、リビングの床に置いていたリュックを背負う。


「先生、数字は?」

「まちがいないとは思うが・・・・・・」

「先生がいなかったら、おれは適当に選んでますよ」

「13だ」

「ありがとうございます」


 奇しくも不吉な数字になったか。おれが歩きだそうとしたときだった。


「待って!」


 おれを止めたのは早貴ちゃんだ。


「お父さん、数字はなんて?」

「13だ、早貴」

「・・・・・・答えはすでにでてた!」

「早貴ちゃん、意味が」


 おれが言い終わる前に、早貴ちゃんはタロットの箱をあけて取りだすと、ざっ! と腕のひと振りできれいに並べた。その中から一枚取り、おれに見せる。


「あっ!」


 おれと室田夫人が同時に声をあげた。大アルカナの13番。逆さに吊られた男。


「勇者センパイ、さっき言ったでしょ、一回占ったものは、引きなおせないって」

「今日のことも含まれていたのか!」


 そうなると、あのときのカードは20番の『審判』それに『信仰』だ。


「早貴ちゃん、カードの意味は?」

「んー、そもそも『審判』のカードって描かれているのは『最後の審判』で、アルマゲドンとか世紀末とか」


 これが最後ってことか。あきらめろと。いやちがう。道具屋のポリシーを坂本店長は言ってなかったか。道具とは、使う人の役に立つものだと。ならばカードは、なにか解決のヒントを示すんじゃないか。


「ほかには?」

「んーと、覚醒かくせい、目覚め、脅威きょうい


 玲奈の魔力が覚醒、または目覚めるということか。


「あとは・・・・・・復活」

「それだわ」


 割って入ったのは室田夫人だ。


「あのとき、もう一枚は『信仰』だった。つまり私」


 夫人はペンダントを首からはずした。青い石が丸い銀盤に止められたペンダントだ。


「これの名前。『復活のペンダント』なの」


 夫人がおれに歩み寄る。


「僧侶、または勇者が使うときの名前はそうだけど、武器として使うなら名前が変わる」


 おれの首にペンダントをかけた。


「武器としては?」

「こう呼ばれるわ。沈黙のペンダント」


 沈黙。


「捕らえるときに使うの。これを首に下げられた魔族は、魔力を封じられる」


 なるほど、吸血族は魔族だ。


「お借りします」

「気をつけて」


 そう言って、夫人は顔をしかめた。


「くやしいわね。もとの世界だったら勇者をサポートするのに。この魔力のない世界だと、足手まといになる可能性のほうが高いわ」


 おれは首をふった。この家族三人の力がなければ、まったく異なる道になっていたはずだ。


「ここからさきは、勇者の仕事です」


 おれはそう言い、玄関に向かった。三人も玄関まででいいのに、靴を履いて外まで見送りにくる。


 室田邸の庭からでも、雲に反射した魔方陣が見えた。


「んじゃ、行ってきます!」


 三人を見ると、室田夫人と早貴ちゃんは泣き出しそうな顔をしている。最後の別れじゃあるまいし。


「あー、夫人?」

「なに?」

「甘いものって、なにか作れます?」


 困惑した顔を見せたが、ちょっと考えた顔をして答えた。


「パウンドケーキは得意よ」

「じゃあ、それで」

「それって?」

「坂本店長には、おれの好物、ちくわ弁当を頼んだんです。あとの好物なら、バナナのパウンドケーキが大好きっす!」


 夫人は笑みを浮かべ、うなずいた。


「バナナはちょうどあるわ。作っておくわね」

「はい。紅茶と一緒にいただきます」


 夫の室田先生が、大きく息を吐き、おれを見つめた。


「勇者ってのは、ほんとに伝説どおりなんだな」

「伝説とは?」

「勇者が世界を救うって」

「あー」


 ゲームでもなんでも、勇者って世界を救う話が多い。


「まあ、玲奈を救う、そのついでに」

「ああ、そのついでに頼むよ」


 室田邸を背にし、おれは歩き始めた。


 夜の住宅街は外灯が少ない。駅前のような明るさはなかった。ところどころにある暗がりが、おれにせまってくるような怖さがある。


 駅前までは、走ればすぐだ。恐怖を抑えるためにも足を速め、夜の住宅街を駆けていった。

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