第33話 お弁当を食べたら来客

「ちょっと腹減ったな・・・・・・」


 おれは山小屋みたいな部屋の壁にある時計を見た。あの鳴かない鳩時計だ。


 時刻は夕方の6時をまわっていた。


「終わらせないといけない用がある。まあ腹減ったら、これでも食って少し待っててくれ」


 そう言って坂本店長が弁当を四つテーブルに置き、去っていった。


「このちょっと小ぶりな大きさは!」


 おれは席を立ち、弁当を取った。


「やっぱり、ちくわのかば焼き弁当だ!」

「それ、サキも好きなやつー!」


 おう、早貴ちゃんも好物だったか。やっぱり、おれたち学生はこれだよね。


「ちくわの蒲焼き?」


 そうか、となりまちに住む小林さんは知らないか。


「このコンビニの名物だそうです。知ってはいましたが、わたしも食べたことがなくて」


 ありゃ、話にはでてたけど玲奈も食ったことないか。


「ふたりも食べる?」

「いただきましょう」

「食べる!」

「キャー、女神センパイと初ご飯♡」


 ひとりテンションのちがう中学生がいるが、それは無視してレンジで温める。みんなで食べることにした。


「うわー! これ、マヨネーズ炒めのほう、おいしさエゲつない!」

「小林さん、醤油ダレのほうもです。下に敷いた海苔との相性もいいですねぇ」

「女神センパイ、付け合わせの高菜と混ぜてもイケます!」


 むぅ、中学生め。おれがドヤ顔で言おうと思った味変あじへんをさきに言うでない!


 弁当を食べ終え、食後に紅茶をすすっていたときだ。地下のコンビニは、なにも音がない。遠くでエレベーターの動く音が、かすかに聞こえた。坂本店長が来たかな。


 しかし、入口のドアを開けて入ってきたのは意外な人だった。


「お母さん!」

「早貴、なにしてるの!」


 室田夫人だ。


「おう、いろいろと問題はあるが、半分ぐれえは、この人が当事者だからな」


 そう言ったのは室田夫人のうしろ、坂本店長だ。


「て、店長さん、だまして連れてくるなんて、あんまりですわ!」

「ありゃま。店長は、なんて言ったんですか?」

「急ぎ、聖眼せいがんで見て欲しい人がいるって。私の家に車でむかえに来られて」


 あれは『聖眼』というのか。前におれを勇者と見抜いた術だ。人の素質を見抜くとかなんとか。


 坂本店長は夫人を追い越し、部屋へと入った。ダイニングテーブルのイスに座る。


「まあ、掛けたらどうです?」

「結構です!」

「別に、だましちゃいねえ」

「どこがです、だれを見るというのです!」

「そりゃ決まってる。玲奈ちゃんだ」


 室田夫人が玲奈を見た。


「前に見ました!」

「ほう、で、結果は?」

「なにもありません」

「じゃあ、問題ねえよな?」


 室田夫人が眉間にしわを寄せた。かなり怒った顔だ。


「ありすぎます。私の教会は魔族へ治療した者は破門です!」

「おかしいな、聖眼では見たんだろ?」

「吸血族は、魔眼で見て、はっきり魔王と言いました!」


 坂本店長はイスを引き、夫人に向いて座り直した。そして下から見上げる。


「人の見方なんざ、人によってそれぞれだろう。わしは、あんたがどう見えたか? と聞いている」


 おおう、ドワーフ店長が難しいこと言った。『聖眼』で見たらなにもない。『魔眼』で見たら魔王か。


 なんだかトンチみたいだな。一休さーん!


「あ、あの・・・・・・」


 あら? 一休さんではなく、小林さんが立ちあがった。


「私は同級生の小林と言います。れ、玲奈ちゃんは、まれに見る清らかな子です。問題視するような人ではありません」


 小林、ほんとにいい奴っぽい。そして、ちょっと勇気をだして玲奈を下を名前で呼んだぞ。


「お母さん、魔王とか、どうでもよくない? 私、女神センパイ大好きだもん!」


 ふたりに言われた玲奈が胸の前で拳をにぎりしめ、目を閉じていた。


「玲奈、どったの?」

「はい、胸が苦しくなるほど、なんだか嬉しく思いました」

「あー、おれわかる。こんな展開、初めてじゃん」

「はい、その通りです」


 玲奈は目をあけ、おれに笑顔を向けた。そうなんだよなぁ。ふたりだから寂しさはなかったけど、まわりに壁は感じた。それが急になくなって、おれも嬉しさでいっぱいだ。


「わたしと共に過ごすことによって、勇太郎にも同じ苦しみを味あわせている。それも心苦しくありました」


 おれは肩をすくめた。


「苦しみなんかない。人を好きなるって、楽しいことばっか」


 玲奈はあきれたように笑った。


「勇者は本当に、お強い」


 坂本店長がボリボリと、あごのヒゲをかきながら口をひらいた。


「ちょっと上に行って、2リットルの焼酎取ってきていいか?」


 おう、またもやドワーフをやさぐれさせてしまった。しかも、やさぐれ度が強め。


「まあ、そもそも・・・・・・」


 ドワーフ店長は室田夫人へ向き直った。


「子供らが、あんたらのことを心配しとんだ。話ぐらい聞いたらどうかね?」

「私ら?」


 さすがの夫人も、席に着かざるを得なかった。おれは、これまでのことを夫人に説明する。


「お、夫のクラスに、あの吸血族が・・・・・・」


 そして言葉を失った。


「人の家庭に首をつっこむのは、いいことじゃねえがな。娘さんが言うには、いまケンカの真っ最中だと聞く」


 店長の言葉に、夫人は苦悶の表情で目をぎゅっとつむった。


「言うべきではなかった、かもしれません」

「そこだがな、なぜ、いまになって?」


 夫人は大きく息をつき、おれと玲奈を見た。


「このふたりを見たからです」

「お、おれっすか?」


 夫人がうなずく。


「玲奈ちゃんの顔が裂けたとき、勇太郎くんは迷うことなく、傷をおうとしたでしょ」


 ガタッ! とイスの音がしたと思ったら、小林さんがおどろきの顔でのけぞっている。


「ウソでしょ、傷跡になったらどうするの!」

「血が、すごかったんだ」

「いや、玲奈ちゃんの顔でしょ、この顔よ!」

「そう、そう思うでしょ!」


 ありゃ? 室田夫人が小林さんに同調した。


「でも、あのとき、この勇太郎くんは、一切迷いがないの!」


 当の本人である玲奈はうなずき、口をひらいた。


「わたしは自分の傷なので見えませんが、判断としたら正しいように思います」

「ええ? もうなんか、ふたりの世界、わかんない!」


 小林さんが、お手上げ、と言わんばかりに両手をあげた。


「そう、そういうふたりの世界を見て、愛ってなんだろうとか、私は夫に自分を隠し続けていくのかとか、いろいろ疑問に思っちゃったのよね」


 夫人がため息をついた。これは、おれのせいなのだろうか。


「まあ、わからんでもねえ話だな」


 坂本店長が苦笑しながら腕を組んだ。


「だが、いまとなっては、吸血族がクラスにいる。旦那さんには、なんとか理解してもらうしか、手はねえと思うぜ」


 おれも店長の意見に賛成だ。知らないままでも、なにも起きないかもしれない。しかし、なにか起きたとき、知らないでは対処ができない。


「そうですわね。これはもう、がんばって話し合いを続けるしかないわね」

「お母さん、私、応援しちゃう!」

「ありがとう。でもどっちの味方にもつかないで。お父さん、ひとりになっちゃう」


 なにか、おれも力になればいいのだが、夫婦の問題だ。早貴ちゃんと同じく、力になれない。


「さて、残りの問題は・・・・・・」


 坂本店長が小林さんを見た。そうか、そっちがあった。なんだか、思えばどっちも根底にあるのが男女の問題なんだよなぁ。


「恋愛って、苦手」

「おまえが言うな!」


 ぼそり、おれがつぶやいた言葉だったが、小林さんにツッコまれてしまった。

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