第32話 勇者は玉ねぎ切るべし

 個人経営のコンビニ『シックス・テン』にいる。


 なぜかおれは、玉ねぎをきざんでいた。


 明日の日替わり弁当の仕込みだ。これを終わらせないと話ができない、そうドワーフそっくりの坂本店長が言うからだ。


 タイミングが悪いことに、明日の日替わりで昼のほうには20個の団体予約も入っていた。


 いや、悪いことじゃないか。もっともっと繁盛すればいい。ガキのころから通っているこのコンビニ。もう思い出の一部だ。それが高校になり、さらに貴重な存在になりつつある。


「まあ、若いのに上手ねえ」


 褒められているのは、早貴ちゃんだった。


 早貴ちゃんと小林さんも弁当の仕込みを手伝っている。


 すでに早貴ちゃんと小林さんには、ここでのことは他言しないと誓う『魔方陣の誓約書』にサインしてもらった。


「小林さんは、料理しないの?」


 作業台を挟み、おれの前に立つ小林さんに聞く。お互い、白の上着と帽子をつけて格好はそれなりだが、どちらも手つきがぎこちない。


「ほとんどしたことない。これからしてみる」

「同じく、おれもそう思う」


 ふたりで反省しながら、大量の玉ねぎを刻む。そう思うのが、料理ができる玲奈と早貴ちゃんは、パートのおばちゃん二人と和気あいあいで楽しそうだからだ。


 明日の日替わり弁当は、昼がスパゲッティ・ナポリタンとチーズ・サラダ、夜がハンバーグ弁当だった。いまきざんでいる玉ねぎは、ハンバーグ用だ。


「私、ナポリタン大好き。朝に買っていこうかな」

「小林さん、おれと玲奈が買うから、ついでに買ってくよ」

「では、明日は三人で食べますか?」

「もー! サキだけ仲間ハズレ!」


 四人の会話に、おばちゃん二人が笑った。


 おれと小林さんが補欠ぐらいしか役に立たないとしても、それでも普段なら三人でやる仕事が六人だ。二時間ちょっとで明日の仕込みは終わった。


 パートのオバチャンと玲奈には、いつもの時間通りに給料を払うらしい。小林さんには二時間分の時給を払うと店長は言ったが、小林さんはそれをかたくなに断った。


 早貴ちゃんに時給を払うと違法になるらしいので、店長はコンビニにある物をプレゼントしようという話になった。


 白の作業着を脱ぎ、一階の調理場からでる。倉庫を通り、コンビニの店内にもどった。


「あー、このまま下に行くから」


 おれの言葉に小林さんと早貴ちゃんは不思議そうな顔をした。


 先頭を歩きトイレに入る。


「あっ、四人だと狭いのか」


 これは、おれが便器の上に立つ番なのか。最初に来たときには、坂本店長がやったやつだ。その店長は、すでに下で待っている。


 四人が入ると、ぎゅうぎゅうだ。ウォシュレットのボタンがある壁には、小林さんがもたれていた。


「そこのボタンを言う順番で押してくれる?」


 小林さんが姿勢を低くした。


「弱を6回、強を9回、ビデを1回」


 小林さんが、おれを見あげた。


「笑えないジョークね」


 考えたの、おれじゃないもん!


 冷ややかな雰囲気の中、トイレ・エレベーターは動く。地下のコンビニに着いた。みんなでトイレからでる。


「ウソでしょ・・・・・・」


 地下の店内をながめ、小林さんがつぶやいた。


「このクッキー、かわいいー!」


 無邪気な声をあげているのは早貴ちゃんだ。手にしているのは人型をした呪いのクッキー。うん、それ、かわいくないから。


 興味しんしんの二人を連れもどし、関係者口のドアをくぐり山小屋のような部屋に入る。


「おう、来たか。まあ、茶でもだしてやる。かけて待ってろ」


 ドワーフみたいな店長はそう言って奥の部屋に消えた。この山小屋のような部屋の奥にはまだ部屋があり、そこが簡易キッチンのようだった。


 四人で古めかしいダイニングテーブルにかけると、坂本店長が木のトレーにティーカップを載せて帰ってくる。みんなに配った。


「こんな世界が学校の近所にあるなんて・・・・・・」


 小林さんは言葉を失っている。


「申しわけないです。巻きこんでしまって」


 玲奈がクラスメートである小林さんに謝ったが、その本人は首をふった。


「葉月さんは、なにも巻きこんでない。むしろ問題は私の友達だし」

「しかし、こちらの世界へと案内してしまいました」

「ううん。それも感謝したいぐらい。私、けっこう悪魔とかオカルト好きだし!」

「それ、わたしは笑えません」

「ごめーん!」


 笑えませんと言った玲奈の最後は冗談で、ふたりが笑っている。玲奈が同年代の女子と気さくに話をしているのが、なんともめずらしい。


 入学日にあった死神の一件、あのとき生まれて初めて玲奈は怒った。それから玲奈はストレートに感情をだすことが多くなっている気がする。


 あれから二週間か。


「・・・・・・最初の日、ごめんね」


 ちがう意味で小林さんは入学日を思いだしたらしい。玲奈がおどろきの顔をした。


「わたしは人を見る目がありませんね。小林さんは、見た目も中身も美人です」

「ちょっ、葉月さんに言われると引くわ!」

「いいえ、いま、心からそう思いました」

「じゃあ、あの日を許してくれるなら、その私と、友・・・・・・」


 ガタガタガタ! とティーカップが揺れだした。


「はてー? 女神センパイ、これって?」

「なにこれ、なんか浮きでてきた!」


 あっ、やばい。小林さんと早貴ちゃんは、このティーカップのこと知らなかった。


 ババーン! と怒りのメデューサ。問題は、絵が生々しい生首であること。


「ぴぎゃぁぁぁぁぁ!」

「メ・メ・メ・メ・メ・・・・・・」


 早貴ちゃんは絶叫し、小林さんはメデューサの最初の言葉で詰まってしまった。


「おう、もうティーバックだしていいぞ」


 ドワーフ! なんかいい感じの雰囲気が台無しじゃん!

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