第27話 湯上がりの玲奈と婦人

 室田邸のリビング。


 L字の置かれたソファーには、さわやかな水色の布製カバーがされていた。


 おれ、室田夫人、そして娘さんの三人でソファーにかける。


 玲奈は、お風呂。室田さんが飲んだ霊薬エリクサーは少し底に残っていて、それに気づいた夫人が言ったからだ。


「これを溶かした湯船に入りなさい。湯を何度も顔にかけて。そうすれば傷跡は消えるでしょう」


 さきほど娘さんが玄関にあらわれたが、ちょうど風呂の湯を張ったところだったらしい。そこに霊薬エリクサーの残りを入れ、玲奈が室田邸のお風呂を借りることになった。


 おれはリビングの明るい灯りで、あらためて娘さんを見る。この子の部屋がアメリカのアイス屋かキャンディー屋さんみたいなだけあって、本人もポップな見た目だ。


 母親ゆずりの赤茶けた髪は、マッシュルームみたいなヘアカット。なにかのキャラが大きく書かれたロングシャツ、下はデニムのホットパンツに、白と紫のしましまニーハイソックスだ。


早貴さきちゃん、だっけ? 今日は友達の家に泊まりって聞いたけど」

「友達のポーちゃんが都合が悪くなって」

「なるほど」


 ポーちゃんって、名前だろうか名字だろうか。どうでもいいことを考えてたら、早貴ちゃんは立ちあがった。


「それより、お母さん、さっきの!」


 早貴ちゃんが聞きたいオーラ全開だ。そりゃそうか、母親が目の前で魔法使ったんだから。でも、お母さんの室田さんも大混乱だ。だまって自分の考えに沈んでいる。


「ねー、お母さん!」

「ちょっと待って、頭を整理させて!」

「もうー!」

「あー、早貴ちゃん、座って。おれが説明するよ」


 ふくれっ面の早貴ちゃんが座った。


「この世界には、別の次元から来た人もいて」

「別次元? 未来警察、みたいな?」


 おお、女の子なのに、おれの好きなTVアニメ『未来警察デスポリス』を見ているのか。


「まあ、そんな感じ」

「お母さんがそう?」

「そう。前の世界では僧侶だった」

「うっそ! カッコイイ」

「ほんと!」

「でも髪、生えてるし!」

「それ日本の尼さん、どっちかと言うとシスター」


 ふっと室田さんが、顔をあげた。


「僧侶だった、ということね。もう僧侶じゃないわ」


 さきほど口にしたことだろう。魔族を治療すれば、教会から追放だと。


「玲奈は二世です。それでも、ダメですか?」

「ダメね。その子孫は、どこまでも魔族だわ」


 んー、ややこしい。


 ここは別の世界なんで。というのは簡単だが、そういうものでもないんだと思う。この世界でも、なにかを信仰している人は別の土地に行ったからといって、なにか変わるわけでもない。


「んで、お風呂入ってる美人はだれ?」

「玲奈は、この世界で生まれ育ったけど、お父さんが異世界人だったんだ」

「うっわ、異世界人ハーフ? どうりで美人!」


 うん、それでいうと、早貴ちゃんも異世界人ハーフになるんだが。


 早貴ちゃんは、ソバカスがある可愛らしい中学生だった。よく見ると、室田さんも化粧で見えにくいが、うっすらとソバカスがある。


「しかも、さっき聞いたのだと魔王でしょ! 玲奈さんってカッコイイー!」

「これ、早貴」


 ひかえめに室田さんは注意した。


「んで、お兄さんは?」

「おれか。おれは勇者の息子。玲奈と同じ二世だ」

「あー、勇者かー」


 勇者、人気うすい!


「早貴、わかってると思うけど」

「オッケー。人には内緒ね」


 物わかりがいい。まあ、目の前で魔法見たしな。


「あれ? これって、お父さん知ってるの?」


 室田夫人は答えなかった。


「うわー、お父さん、信じないっぽい!」


 娘さんでもそう思うのか。


「お茶でも淹れるわ」


 夫人はキッチンに行く。


「早貴、あなたの服、洗面所に置いてくれた?」

「うん、洗濯機の上に置いておいたよ」


 これは玲奈に貸すためだ。玲奈の着ていた作業服は血でべっとり汚れている。早貴ちゃんがサイズの大きい服もあるというので、貸してもらうことにした。


 そして聞きたいこともあった。本人を前に聞いていいのかわからないけど、もうここまでバレていれば、良いような気がする。


「早貴ちゃんは、魔力あるんですか?」


 キッチンの夫人は無言だ。


「うっわ、お母さんが無言のときは『YES』ね!」


 さすが実の娘さん。よく見てる。


「どうりで、タロット占いが妙に当たると思った!」

「早貴、あなた、そんなことしてるの?」


 おどろいた顔で室田夫人がもどってくる。手にはティーカップの載った銀のトレイを持っていた。


「友達からも、よく当たるって評判だもん」

「占いを甘く見ると危険よ」


 夫人が紅茶を配りながら、そう注意した。


「室田さん、占いって、危険なんすか?」

「もちろん。分野でいうと呪いに近いところがあるの」


 おう。それは危険。おれは呪いと聞いて、庭に放置している絞首台ロープを思いだした。吸血コウモリも付いたままだ。あとでドワーフ坂本さんにわたそう。


「それでも早貴、あなたタロットなんて持ってないじゃない」

「お父さんが、そういうの嫌いだから隠してる」

「隠しごとは、よくないわ」

「それ、お母さんが言う?」


 おおう、僧侶ママは沈黙した。


 おれは紅茶のカップに手をのばした。もちろんメデューサは描かれてなく、小さないちごの実と葉っぱが模様になっている品のいいティーカップだった。


 それに香りもいい。ちゃんとした茶葉で淹れてるっぽい。鼻の下で香りを嗅ぎ、大きくひとくち飲んだ。


「これは、その・・・・・・」


 玲奈の声だ。お風呂からあがったっぽい。


「ぶーーーーーーーーーーー!」


 紅茶を吹きだした。


「うっわー、予想通り、似合う!」

「早貴、この服はなに!」


 玲奈が着ているのはゴスロリファッションだった。黒と赤のレースを使ったドレス。なんでまた、きちんと赤いストッキングまで履いてんの!


「魔王さまー!」


 早貴ちゃんが飛びついた。なんていうか、似合うけど、似合いすぎて美的センスが破壊されていく気がする。


「早貴、普通の服を持ってきなさい!」

「だって、大きいのこれしかないんだもーん。あっ、視線こっちください」


 早貴ちゃんはスマホで撮影しだした。連写モードで。


「銀盆持って・・・・・・あーそう!」

「早貴!」


 お母さんに怒られて、撮影会は早々と終了した。


 しょうがないので、室田夫人の服を借りることになった。ベージュのスカートに白いブラウス。なんだかちょっぴりツマラナイ気がするのは、おれのセンスが破壊されたのだろうか。


 あまり遅くなっても困るし、坂本さんのコンビニにも寄らないといけない。おれと玲奈は帰ることにした。


 玄関まで見送られる。


「あー! センパイ、ID聞き忘れました!」


 早貴ちゃんは、すっかり玲奈がお気に入りである。


「お借りした服は、後日、お持ちしますので」

「ああ、いいの。もう捨ててもらっていいから」

「それは、あまりに」

「いいの、ほんとにいいから!」


 室田夫人が強く断る姿勢に、ちらり玲奈と目が合った。この家に来るとき話したような、夕飯に誘われることはないだろう。


 玄関から出ようとして、青い石のペンダントをしていることに気づいた。


「これ、ありがとうございました」


 夫人に返す。作り笑顔を夫人は見せた。


「それでは」


 おれはそれだけ言い。玲奈とともに室田邸をあとにした。

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