第26話 コウモリと新たな敵と

「勇太郎!」


 玲奈の声に周囲を見まわした。家の軒下に避難している。玲奈は自分のビニール袋を、こっちにまるごと投げようとしていた。


「オーケー!」


 玲奈の考えがわかった気がする。ナイフと盾を地面に置いた。玲奈がビニール袋を投げる。それをキャッチし地面に置いた。両手で持てるだけニンニク爆弾を持つ。


「そうりゃ!」


 上空にばら撒いた。カクカクした動きで飛んでいたコウモリが二つほどに当たる。


「キッシャァァァァァァ!」


 なんか聞いたことのない声で鳴いた!


「なに、だれ?」


 声がした。玄関の扉が少しあいている。顔をのぞかせたのは中学生ぐらいの女の子だ!


早貴さき、家に入って!」


 室田さんのさけび声が聞こえた。娘さんか!


「えっ、お母さん、お母さんどこ?」


 娘さんが玄関から出てきた。するとひとりだけ、玄関の灯りにくっきり照らされている形になる。まずいぞ!


「早貴、逃げて!」

「お母さんどこ!」


 吸血コウモリが一直線に娘さんに向かった。ぶつかる。そう思ったときに背後から玲奈が抱きついた。玲奈に吸血コウモリがぶつかる。玲奈の銀髪が散った。ふたりが倒れる。


「玲奈!」

「わたしは、だいじょうぶです! 敵を!」

「あのクソコウモリ!」


 おれは地面に置いたビニール袋をひろい、右手でむんずとニンニク爆弾をわしづかみにし、空中に投げた。三回投げるとビニール袋が空になった。今度は自分の腰にさげたビニール袋からまとめて投げる。


 鬼は外! 豆まきぐらいの勢いでニンニク爆弾を放った。いくつかが当たる。吸血コウモリの動きがおかしくなってきた。庭の上を旋回しているが、ときどきガクッと落ちる。


 室田さんはどこだ。いた。庭の暗がりに避難している。


「土足で、お邪魔します!」


 大声で伝え、おれは家の中へと駆けた。


 玄関から入り階段をあがる。二階に着いて最初のドア。わちゃあ、娘さんの部屋か。


 娘さんの部屋はキッチュでポップな部屋だった。ピンクやイエローの色味が多い。アイスクリーム屋さんのような部屋に入り、そのまま窓に近づいた。


 窓から一階の屋根にでる。足もとに気をつけ、へりに近づいた。


 吸血コウモリは、まだぐるぐると庭の上を大きく旋回している。


 ロープのさきにある輪っかにロープを入れ、さらに大きな輪っかを作った。フラフープぐらいの大きさだ。


 下を見る。庭は芝生だ。なんとかなる!


 旋回する吸血コウモリを見た。タイミングを合わせる。


「ここ!」


 屋根から飛んだ。そして大きな輪っかのロープを投げる。


 輪の中にコウモリが入った瞬間、シュッ! とロープは締まった。そのまま落ちていく。


 おれも芝生に足から落ちて転がる。すぐに起きて落ちた吸血コウモリに走った。


 よし、コウモリは首というか首が胴体ごと締まって死んでいる。


 次に玲奈に走った。ふたりはまだ起きあがっていない。娘さんの体に玲奈がおおいかぶさるように倒れていた。


 うつぶせになっている玲奈に手を添える。肩と後頭部を持った。


「いいよ、娘さん、起きて」


 娘さんが腕を突っぱった。その力を利用して玲奈を引っくり返す。


「ひっ!」


 悲鳴をあげたのは、うしろに追いついてきた室田夫人だ。


 玲奈の横顔がけている。アゴからこめかみまで、深い傷だ。それに流れる血が多い。このままでいいのか。


 玲奈はまぶたを閉じていた。気を失っているのか。


「室田さん、裁縫道具をください!」

「えっ!」

「裁縫道具、それに包帯か布です!」


 玲奈のまぶたが動いた。聞こえるかわからないが、伝えないと。


「玲奈、傷が深い。うけどいいか!」

「・・・・・・」

「玲奈、なに?」


 玲奈の手が弱々しく動いた。おれと玲奈が着ているのは作業服だ。玲奈は上着についた大きなポケットを探ろうとしている。


「ポケットだな」


 玲奈のポケットに手を入れた。なにかある。つかんでだした。緑色をした半透明の小さな瓶。


霊薬エリクサーか!」


 おれはふり返り室田さんを見た。


霊薬エリクサーは飲むのと、ふりかけるの、どっちが効果高いですか?」


 室田さんは『残留者リメインダー』だ。おれより霊薬エリクサーには詳しいはず。


「どちらもダメ。顔に傷が残る可能性がある」

「それでも!」

「代わって。私がやる」

「室田さんが飲ませる?」

「私が飲む。聖職者の最大魔法は霊薬エリクサーを超えるのよ!」

 

 なるほど、僧侶でした!


 玄関前の冷たいコンクリートだが、そっと玲奈を寝かせた。室田夫人と位置を代わり、霊薬エリクサーをわたした。


 夫人がフタのコルクをあけ、口元に持ちあげたとき、ひとつ気づいてその手をつかんだ。


「室田さん、玲奈は魔王の娘です。聖職者の魔法は逆効果とかないですか!」

「なんですって?」


 夫人の顔が青ざめた。


「やっぱり、おれがやります。傷にかけるか、飲ませるか、どっちですか」


 室田さんが玲奈の顔をじっと見た。


「室田さん!」

「・・・・・・魔族への治療は、教会からの破門」

「どいてください、室田さん!」


 夫人の目から、ひとすじの涙が落ちた。


「でもダメね。この子の顔に傷が残ったら、私、一生後悔する」


 おれのつかんだ手をふり払い、室田さんは霊薬エリクサーを飲んだ。


「す、すげえ」


 思わず声が漏れた。室田さんの体は光り輝き、赤茶けた髪の先端はふわり空中をただよった。僧侶が魔力を持つとこうなるか。まさにおごそかな神聖さが、ここにはある。


 ゆっくりと胸の前で手を組み、室田さんは目を閉じてなにかを唱え始めた。


 これは祈りだ。まぎれもない祈りだ。おれは祈りとは言葉をつぶやけばいいと思っていた。まるでちがった。集中力がケタちがいなのがわかる。


 夫人は手を離し、その両手で傷口を塞いだ。


全治癒オムニス・デ・キュリオス


 水だ。いつしかおれらは、水のドームに閉じこめられていた。その水のドームが小さく縮み、玲奈の傷口に入る。


 玲奈の横にひざをついていた室田さんが、ぐらりと揺れた。


「私はだいじょうぶ」


 背中を支えたおれに向かって言うと、室田さんは着ているブラウスのそでを使い、玲奈の血をぬぐった。


 ぬぐったあとの肌には、うっすら傷跡のようなものがあった。


「吸血コウモリの傷は、やはりやっかいね」

「室田さん!」

「だいじょうぶ。あとでもう一度、霊薬エリクサーを買うから」


 玲奈のまぶたが小さく動いたかと思うと、目をあけた。


「声は聞こえておりました。わたしのために、禁をやぶったのでは?」


 室田さんが、深い深い、ため息をついた。


「玲奈ちゃん、ほんとに魔王の娘?」

「申しわけありません。おそらく、まちがいないと思います」


 そのときだった。


「やはり、満月の夜には出歩くものですね。幸運が舞い込む」


 どこかから男の声がした。


「同系族が、この街にいたとは。何年、いや、何十年、待ちこがれていたことか」


 庭の暗がりから、黒と紫のストライプ柄をしたスーツ姿の男があらわれた。そして足もとをちらりと見る。そこにはロープで締められた吸血コウモリの死骸があった。


「しもべが消えた気配がして飛んでまいりましたが、魔王の娘とは」


 急に闇夜が、うっすら明るくなった。空を見ると雲が切れて満月が顔をだしている。


 その月の光で男を見た。まだ若い。いや、どこかで見た顔だ。


瀬尾せお、たしか、校門でそう先生に呼ばれていたやつ!」

「ほう、後輩ですか。もはや運命ですな」


 男は、こちらに向けて手を差しだした。


「魔王の娘とやら、私は吸血族のツェペッシュ。参りましょうぞ」


 人の動きを感じてふり返ると、玲奈が立ちあがっていた。男を見つめ口をひらく。


「吸血族、ですか。高校生にまぎれて、なにをしているのです?」

「無論、狩りを。と申しあげたいところですが、あいにく、この世界では足が付きます。うら若き乙女とたわむれておるだけ」


 えっ、それって・・・・・・


「そうですか。女子高生と性行為がしたい老人、というわけですね」


 み、身もフタもない言い方、玲奈タン!


 ツェペッシュと名乗った吸血族は、片眉を釣りあげる。そして目が赤く光った。


「魔力はない。だが、魔族特有の波動。それもそうとうな強さ。魔王の娘というのは、本当らしいですね」


 赤目の男は、次に室田夫人を見る。


「おや、聖職者ですか。魔王の娘よ、つく側をまちがえていると思われますが?」


 おれは庭に置いた炎のナイフを見た。吸血族のほうが近い。ニンニク爆弾は全て投げた。本物の吸血族に効果があるのか、わかんないけど。


「しかし、この庭はガーリックの匂いが強い。ペペロンチーノを食べたくなってきますねぇ」


 効果は、ないっぽい!


 玲奈が、切れ長の綺麗な目で吸血族の男をにらんだ。


「わたしは二世。とくに魔族というものでもありません」

「ほう、では、小生が魔族の素晴らしさを、とくとご教授いたしますが?」

「けっこうです」

「なんと。一般人と過ごす無為な日々を選びますか」

「わたしには充分に楽しいです」


 吸血族がおれを見た。


「そちらも二世か。微々たる魔力を感じる。こんな小僧が楽しいと?」


 ぞわっと感じて、もう一度ふり返る。れ、玲奈タン、なんかオーラが変わったよ。


「小僧だと? たわけか。これは勇者。貴様とは格がちがうわ!」


 ひぎゃ。玲奈タンが【魔王モード】に突入です。


「ほう、勇者」


 また男の目が赤く光った。


「たしかに勇者の波動。めずらしい、どれほどの者か試してみましょうか」

下賤げせんの分際で吠えるな!」


 うん。【魔王モード】継続。


「吸血族を下賤げせんとな!」

「わたしは魔王だからな」

「ほう、言うではないか」


 まだまだ【魔王モード】継続。


「まさか、吸血族が軽く見られるとはな」

「ならば、また来い。魔王のわたしが相手をしてやる」

「いまでも良いぞ」

「疲れた相手にか。下賤げせんらしい振る舞い、見事だな」

「くっ、覚えておけ」

「覚えるほどの男か、貴様」


 吸血族はぎろりと玲奈をにらみ、背後に闇が浮かんだ。いや、それは翼だ。漆黒の翼だった。


 ばさりと羽音をさせ、吸血族は飛び去っていく。玲奈が、ほっとしたように胸を押さえた。


「ふぅ。なんとか、後日にまわせたようです」


 おう。【魔王モード】の終了です。


「玲奈、計算ずく?」

「いえ、もう行き当たりばったりです。いのちいをして助かった例は、古今東西、見たことがありませんから」


 それは言えてる。


「グッジョブ! いとしい人」

「お褒めいただき、恐縮です」


 おれと玲奈が話す横で、室田さんが口をあけて固まっていた。それと同時に娘さんも。


「あー、とりあえず、家に入ります?」


 どこから解決すればいいんだろう、そう思うほど、なんだか問題は山積みのような気がした。

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