第25話 室田邸は閑静な住宅街

 山のようにニンニクをすりおろし、それを小さなガーゼで包む。


 最後に輪ゴムで止め、小っちゃなテルテル坊主みたいなニンニク爆弾の完成だ。それをコンビニのビニール袋に入れた。


 地下の山小屋みたいな部屋に移動し、戦闘の準備をする。室田夫人が買ってきてくれたグレーの作業服に着替え、ニンニク爆弾の袋は腰のベルトにさげた。


 封じ箱があれば良かったんだけど、あれはいま、買い手が見つかり送ってしまったとのこと。この日本にある別の道具屋だそうな。めずらしい品なので、この店に二個目はない。


 ケチなドワーフが『絞首台ロープ』を貸してはくれないので、買うことになった。


「おいくら万円?」

「1800円だ」

「安っ!」

「使いようがねえからな」


 自動で首がしまるロープ。たしかに使うときがない。血とか付着してたらイヤだなと思ったけど、普通の長いロープだ。


「漂白剤につけといたからな、キレイなもんだろ」


 呪いの迫力ゼロだな!


 大き目のリュックを家から持ってきたので、A3の革盾や炎のナイフと一緒に入れる。


 ちらっと壁にある鳩時計を見た。もう22時だ。


「あっ、娘さんの夕飯、だいじょぶですか?」

「いいの。娘も今日は、友達のうちへ泊まりに行ってるから」


 なるほ。


「じゃあ、行きますかぁ!」


 死神と戦ったのが金曜。そして一週間後の今日は吸血コウモリだ。


「決戦は金曜ばっかだな」

「来週は、なにと戦うのでしょうか」

「玲奈、そのジョーク、予言になりそうだからやめて」


 リュックを背負い、さっそうと立つ。


「おれ、玲奈、室田僧侶の三人は、いざ戦いの扉をあけるのだ!」

「勇太郎、まず、あけるのはトイレです」


 そうでした。一階に上がらないとね。


 コンビニ『シックス・テン』をあとにし、室田邸へと歩く。


 おれと玲奈の家がある方向とは、ちょうど反対だった。


「同じ町内に、いるもんですねぇ」


 おれはしみじみと言った。


「そうね。あのコンビニ、業界内では、そこそこに有名なのよ。私は偶然だけど、近くに住もうと思う人は、案外多いかもしれないわね」


 業界とは『残留者リメインダー』の業界である。そう言えば、おれの家は先祖代々というわけでもない。同郷である坂本店長と知り合った親父が、近くの家を買ったのは、ありそうな話だ。


「玲奈のウチは、ずっとあそこだよな」


 祖父母の家のことだ。玲奈がうなずく。ということは、玲奈がこの街にいるのは偶然。運命の出会いだなぁ。


「玲奈ちゃんは、見たら覚えてるはずなのに、意外に会わないものね」

「わたしの家は、ほとんど外食しませんので」

「おれは室田さんと会ってるのかもなぁ」


 何度もハンバーガーを買いに行ったことはある。それでも印象に残ったのは、先週だもんな。


「あら、それを言えば、私は山河画伯と何度もお会いしてたのかも。しいわねぇ」


 そうでした。業界内で親父の絵はそこそこ有名と聞いた。


「親父の絵、好きですか?」

「もちろん好きよ! なつかしさが込みあげてくるわ」

「親父に言っときます。良かったらアトリエに遊びに来てください」

「ほんとに? 図に乗ってもいいなら一枚買いたい! ああ、ダメね」


 夫人の喜んだ顔が一瞬で沈んだ。旦那さんだろう。親しい人に秘密を打ち明けられないってのは、辛いな。


「ふたりも、これが終わったら、遊びに来てね。オバチャン、腕ふるっちゃう!」


 室田夫人がおれらに笑顔を見せた。おれと玲奈も笑ったが、その笑顔には曇りがある。夫人が旦那さんに言えないように、おれらも玲奈が魔王の娘だと打ち明けられない。


「着いたわ、ここよ」


 閑静な住宅街にあるひとつの家の前で止まった。


 表札を見るとスチールのプレートで「MUROTA」とある。表札をアルファベットにする家の人はちょっとオシャレ系、そう思うのは、おれだけだろうか。


 団地の中にある平均的な二階建て住宅だった。


 22時を過ぎた団地は、ひっそりと静まり返っていた。カツカツカツ、となにかを突っつくような音が聞こえる。


「ふたりは、ここで待って」


 小さな声で言った。玲奈と室田夫人がうなずく。


 背中のリュックをおろし、口をあける。まず盾をだした。それを一旦地面に置く。


 次に『ピンチのトランプ』をだし、ズボンの左ポケットに入れる。右のポケットには炎のナイフ。


『絞首台ロープ』をだして、ロープのさきに小さな輪っかを作った。


 コウモリがちょっとでも輪に引っかかれば、キュッって締まってくれるんじゃないかと、希望的予測。自分の首で試してみるわけにもいかないから、やってみないとわかんない。


 少し階段があり、前庭に入る門扉がある。足音をさせないように近づいて、家を見た。


 玄関の上にある外灯が点いている。


 それと一階のリビングだ。閉まったカーテンの隙間から灯りがこぼれていた。二階の部屋は、どこも真っ黒。


 また足音をさせないようにもどる。


「室田さん、玄関とリビングは電気つけました?」

「ええ、いつも点けっぱなしにしてるわ」

「旦那さんが帰っている可能性は?」


 夫人がちょっと背伸びをして家を見た。


「ないわね。帰ってたら、必ず二階の書斎をつけるわ」


 よし、なら行くか。


「待って、念のため」


 室田さんは、自分の首にかけてあった青い石のペンダントをおれにかけた。


「勇者の波動を持つ者だったら、使用できるから。でも、すでに一回使ってるので、残りは一回よ」


 なるほど、ありがたい。おれは静かにうなずく。


 もう一度、忍び足で階段をあがり門扉を押した。ぎぃ、と鉄のきしむ音がして門扉がひらく。


 家の庭に進んだ。前庭はけっこう広かった。芝生が敷かれてあり、隅にはプランターが並べてある。暗いがなにか花が咲いているのはわかった。おそらくパンジーかな。


 カツカツと音がするほうを見た。二階の屋根あたりから音がするが、全く姿が見えない。


 庭の中央までさがり、家の全体を見る。


 二階の屋根だとすると、輪っかを作ったロープは届かない。カウボーイのように頭上でぐるぐる回して投げるつもりだったが、二階の屋根までは無理だ。


 右手のロープ、左の盾、どちらも一度、地面の芝生に置いた。


 腰にさげたビニールから、ニンニク爆弾をいくつか取る。三つほどを予備として左手に持ち、右手に、ひとつだけ持ってかまえた。


 しかし、姿が見えない。音は聞こえるのだが。


 門扉の前で待つように伝えたふたりも、足音をさせないように入ってきた。


「見えないわね」


 夫人がささやくように言った。


「雨どいの中かも」


 おれもささやくような小声で答える。


「いいのがあるわ」


 夫人はそう言うと、庭の隅に行った。引っぱってきたのはホースだ。庭の水やりに使うやつか。


「いいっすね! 二階の屋根、全体にかけちゃってください」


 夫人はうなずき、ホースの先端を持った。先端にはトリガーのような器具がついてある。拳銃でも構えるかのように二階に向けた。


「いくわよ?」


 おれも、いつでも投げれるように足を前後にかまえる。


「どうぞ!」


 びゅるる! とホースから水が飛んだ。二階の瓦に当たり流れていく。


「出た! 室田さん、下がって!」


 雨どいから黒い影が飛んだ。やはりコウモリだ。カクカクとした動きで闇夜を飛ぶ。魔獣にちがいないのが、赤い目の光がチラチラ見えた。


 ひとつ、ふたつ、みっつ! 連続でニンニク爆弾を投げるも、小っちゃなテルテル坊主みたいな爆弾は空を切るだけだ。動き速え!


 ふいに吸血コウモリが来た。左腕でかばう。肘のあたりに当たった。触ってみると、作業服がやぶれている。これはそうとう牙がするどいぞ。作業服は通常の服より固い繊維で作られているはず。それがやぶれるとは!


「ふたりとも、隠れて!」


 住宅街で大声はだせないが、小さい声で鋭く言った。


 右のポケットから炎のナイフをだしさやを抜く。地面に置いた盾もひろった。


 庭の上空を血吸いコウモリはぐるぐる回る。急に角度を変えておれに来た。


「来ると思った!」


 ナイフをふるが、コウモリは簡単によける。こいつ、くそ速え!

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