第24話 すりおろし生ニンニク

「こいつぁ、まだ見習いみてえなもんだ。魔獣退治はできねえぜ」


 坂本店長が言った。


「さきほどのお話ですと、お父さんは・・・・・・」


 室田さんの言葉をさえぎるように、坂本店長は首をふった。


「いま海外に行ってて、この街にいねえ」

「んまぁ、どうしましょう!」


 室田さんは、もう一度バックに手を入れ封筒をテーブルの上にだした。封筒は銀行のものだ。


「20万ほどですが、謝礼を用意しましたの。店長さん、どなたか、ご存知ありません?」


 おおう。20万。玲奈の絵、100万へと一気に近づくチャンス。


「店長、おれ、やってみたいっす」

「おい、死神をたまたま倒せたからって、甘く見んじゃねえ」

「あらすごい、その歳で、もう死神を倒せたの?」


 ご婦人の世界でも死神はよくでるらしい。親父の言うとおり、どこへでも出現するんだな。


「室田さん、死神って、レベルで言えばどのぐらいですが?」

「数値では言いにくいわねぇ。しいて言えば、てりやきバーガー?」


 けっこう上だ。っていうか、そこで例えるか。さすがベテランのバーガー店員。


「吸血コウモリは?」

「それこそ、ポテトね。でも、サイズはMじゃなくてLだわ」


 おおう、あなどれないボリューム。


「まあ聞け二世、飛翔型を敵にすると、思ったよりやっかいだぞ。おめえ、まだなんも魔術できねえだろ。弓はできるか?」


 なるほど。まさか、この現代で弓矢のスキルが必要だとは思わなかった。


「できません。あっ、でも、少年野球やってたんで、球は投げれますよ」


 冗談で言ったら、坂本店長はうなった。


「なるほど。オルバリスめ、計画的だな」

「親父? まあ野球を教わったのは親父ですけど、球投げですよ。武器になんない」

「ばかやろう、ゴリアテを倒したのは投石器だろうが」


 ああ、ダビデと巨人ゴリアテの戦いだ。えっ、坂本さんが言うってことは、あの巨人族の戦いも別の世界の実話なの?


「坂本さん、ひょっとして巨人族、見たことあるんっすか!」


 坂本店長と室田夫人が、たがいを見合い同時に上を指さした。


 天井? くそっ、わかった。バイトリーダーにだまされた!


「まあ、高井は、その末裔まつえいだから巨人族の血はずいぶん薄いがな」


 怖っ、この街、残留者リメインダーの関係者、めっちゃいるじゃん!


「そうかぁ、投げるのが得意なら、あの手があるか」


 坂本店長が腕を組み、イスの背もたれに寄りかかった。


「あの手?」

「カウボーイ」


 なんのことかわかった。『絞首刑のロープ』だ!


「それに僧侶がいるなら、戦闘訓練としても、これほど安全なこともねえか。よしっ、やるか!」


 おおっ、モンスター退治だ!


「おふたりがいてくれると、おれも心強いです!」

「あん? わしは行かんぞ」

「えっ、店長、戦わないの?」

「戦闘能力ゼロだ。なんせ道具屋だからな」


 い、意外。ドワーフの見た目からして、戦斧でもふりまわせそうなのに。


 さてさて、善は急げというが、ほんとに急ぎになった。なぜなら室田夫人の旦那さんが、今晩は出張でいないから。


「旦那さんに秘密にしてんっすか!」


 室田夫人は申し訳なさそうにうなずいた。『残留者リメインダー』であり『僧侶』だ。それって言い換えると癒やしの魔法使い。


「うわっ、これ、リアル奥さまは魔女!」

「それ、言わないでもらえます? うちの主人、アメリカのホームドラマが大好きなので、家にブルーレイで全巻あるのね」


 なんつう皮肉。


「なんか、もったいないっすね。隠さないでいいなら、ケガも病気も、一切なくなりそう」


 僧侶は治癒魔法のエキスパートだ。もったいないと思ったけど、ご婦人は自慢げに腰に手を当てた。


「そこは、真夜中にこっそり軽くかけるわ。お陰で娘も主人も、どちらも皆勤賞よ」


 なるほど。妻の愛と母の愛。強いなぁ。


 用意は分散することになった。おれは家に走り、炎のナイフと革の盾を取ってくる。


 ご婦人はホームセンターに行き、おれと玲奈の作業服を買ってもらう。害虫駆除の業者に変装するためだ。万が一、通りがかりの人が見て、高校生とコウモリが戦っていたら親切心で参戦されても困る。


 玲奈は家に帰り、畑で取れたニンニクを取ってくる。昨年にいっぱい作った残りがあるそうだ。


「ニンニクって、マジで効くんですか!」


 おれはおどろいて坂本店長に聞いたが、匂いが強いものなら、なんでもいいらしい。なるほど、身の回りにあるもので、匂いがキツイのってニンニクだよね。


「すりおろして、小さなガーゼに包むぞ。ガーリック・グレネードボムだ!」


 そこは単純に『ニンニク爆弾』でいいだろうとみなに言われ、しゅんとしながら坂本店長はガーゼを用意しとくと言った。


 それぞれが家に帰ったり、ホームセンターへ行ったりするのに一時間。


 そこからはコンビニの調理場で、ひたすらニンニクのすりおろしだ。


「・・・・・・冒険の準備って、地味っすね」


 おれはナイロンの手袋をつけ、マスクにゴーグルと完全装備でニンニクをすりながら言った。


「どこの世界でも、仕事というのはコツコツ地味よ」


 室田夫人が言葉を返した。


 たしかに、親父の職業は『画家』になるが、毎日毎日コツコツと絵を書くだけだ。一ヶ月後には学校に進路アンケートを書いてださなきゃいけないが『目指す職業』という欄に書く単語は、いまのところ思い浮かばない。


 そんな話をしたら、室田夫人は少し複雑な顔で笑った。


「そうね、好きなことができて暮らせれば一番だけど、現実はなかなか、そうならないわ」


 そりゃそうか。夫人だってハンバーガー屋でパートしてるもんな。


「室田さんの好きなことって、なんです?」

「んー、そうねぇ、お祈り?」


 あっ、僧侶でした。


「そこなのですが」


 ふいに、となりでニンニクをすりおろす玲奈が会話に入った。どうでもいいことだが、マスクとゴーグルをつけても、玲奈の美しさは隠せない。透明なゴーグルの下、青い瞳は輝いていた。


「魔道具の修理を生業なりわいにしている者もいると、坂本店長に教えていただきました」


 室田さんがうなずく。


「奥さまは治癒魔法ができます。残留者リメインダーや、その家族に限って行うだけでも、かなりの代価になると思うのですが」


 なるほど、名案! おれはそう思ったけど、室田さんは首をふった。


「この世界、魔力がないでしょう。ほんきの治癒魔法を使うと、次に魔力が溜まるのは、一年先ぐらいになるわ」


 そうか。さきほど、真夜中に家族へかけるのも『軽く』と言っていた。


「もとの世界だと、どうやって回復するんっすか?」

「お風呂で一発ね!」


 なるほー。水にも魔力がある世界か。室田夫人の宗教も水の精霊を信仰しているって言ってたもんな。


霊薬エリクサーのお風呂はどうです?」

「なんだって?」


 玲奈の言った意味がわからなかった。


「魔力の回復にです。それができるなら、例えば治療費を60万にし、50万で霊薬エリクサーを買えば、10万の利益です」


 そんなことできるだろうかと、夫人と坂本店長を見たが、ふたりは手を止めて目を丸くしている。


「気づかなかったわ!」


 できるんかい!


「霊薬風呂はアイスランドにあった気がするぜ。残留者リメインダーしか入れねえが、入浴料は1500ユーロぐれえだった覚えがある」


 日本円で一回15万ぐらいか。それ、すんごい高級温泉。


「あまりにバブリーすぎて、個人でするって発想はなかったな」


 ドワーフの言葉に僧侶夫人がうなずく。


「それでも、60万ぐらいは、妥当な金額の気がしますわね。保険外治療でも、そのぐらいの価格はざらですし」


 なんだか、歯医者みたいな会話になってきた。


「そうだな。100万って言われたら、ちと引くが」

霊薬エリクサーは、ここで手に入りますし」


 そのとき、ドワーフの目が光ったのを、おれはちゃんと見ていた。この守銭奴め。


「ああ!」


 夫人が残念そうに、持っていたニンニクをタッパに投げ捨てた。


「だめですわ。主人にバレてしまう!」


 あー、大きすぎる収入か。どうやって稼いだのか、ぜったい聞かれちゃう。


「表向き、マッサージ屋とか」


 思いついたので言ってみた。


「だめよ、家でマッサージしてくれって言われたら、下手なのが一発でバレちゃう」


 だめかー。


「占い、とかはどうでしょう」


 玲奈が言った。さすが玲奈タン、あれは上手いか下手かなんて、わかんない!


「それもダメ。うちの主人、占いが大嫌いだから」

「えー!」

「数学の教師でね。非化学的なものは嫌いなの」


 うわお。夫人が正体を言えない理由がわかった。


「まあ、いいわ。みんな考えてくれてありがとう」


 そう言って夫人は、みんなに微笑ほほえみを投げた。ミセス・ムロタ、やさしいオバチャンだなぁ。


「それより魔族退治ね!」


 張り切ってニンニクをすりおろす夫人。


「あー、室田さん、魔族はお嫌い?」

「もちろん! 教会の敵よ!」


 おおう、坂本店長が玲奈のことを『言うな!』とジェスチャーした意味がわかった。

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