第23話 僧侶からふたつの相談

 なんでバレたんだろう。


 なにも話してないのに、おれを勇者だと見抜いた。僧侶って聖職者で、いわばシスターだ。神のお告げか?


「室田さん、なんで、わかったんです?」

「このペンダント、発動には条件があるの」


 室田さんはペンダントを首から外し、テーブルの上に置いた。


「まずひとつ、私が死に直面しているとき。つまり、いちじるしく生命力が落ちたとき」


 なるほど。それで光らないと意味ないもんな。いやでも、さきほどは気を失っただけだ。そう疑問に思ったが、室田夫人は説明を続けた。


「その二、この世界の長さで言うと、半径10メートル以内に勇者がいたとき」


 もとの世界では、僧侶というのは勇者を補助する存在らしい。教会の教えだそうだ。


「あー、なるほど、10メートルって勇者のパーティーにいる。そういう状況か!」


 おれの言葉に室田さんが微笑ほほえんだ。


「こっちのゲームで言えば、そうね」


 まじまじと室田さんを見ると、赤茶色の髪は地毛だった。オバサンっぽいメイクから一見すると日本人だが、よくよく見ると日本人ではない。


 その異世界のご婦人は、おれの顔を細目になって見つめた。


「でも、勇者特有の波動は弱いわね」

「波動ですか?」


 これまた室田さんの言葉がわからなかったので聞き返す。


「『素質』のようなものね。生まれたときからある人もいれば、長い修練で発するようになる人もいる。それを見る術があるの。私はそれほど、この術が上手じょうずではないけれど」


 勇者の息子だから、勇者の素質があるってことなのかな。


「室田さん、魔法使いなら魔力多いとか。おれでも理屈がわかるんですが『勇者』ってなんですか?」


 そう、そもそも『勇者』がわかんない。


「そうねぇ、ひとくちでは言いにくいけど、悪をくじき人々を助けってとこかしら。私たちのような聖職者に近いわね。そして僧侶とちがい戦う能力が高い。戦士ほどじゃないけど」


 おう、ここでも要は器用貧乏と言われている。


 室田さんが今度は玲奈を見つめた。魔王の波動ってあるのかな。


「なにも特殊な波動は感じない。精霊様なんて私の早合点みたいだったようね」


 魔力と一緒で眠っているのだろうか。でも【魔王モード】になると、すんごいオーラみたいなの出るんですけど。


 それから室田さんは、納得したようにうなずいた。


「こういうのも知らない。なるほど、あなたたちは二代目ね」

「ええ、山河裕次郎の息子、山河勇太郎といいます」


 おれがそう言うと、ドワーフ坂本さんが「あっ」と小さく声を漏らした。えっ? ここまで来ても言っちゃいけなかったのかな。


「山河裕次郎? あの似顔絵画家の!」


 室田夫人はおどろきの声をあげた。ありゃ、勇者じゃなくてそっち?


 坂本さんが、ぽりぽり頭をかいた。


「室田さん、他言無用に願いますよ」

「え、ええ。もちろん。ですが、そう。あの山河裕次郎が、この街にいたなんて!」


 まったく話が見えないので、坂本店長に聞いた。すると親父は『残留者リメインダー』の中じゃ、勇者というより似顔絵の作家として有名らしい。


「えっ? でも似顔絵って、書くのはファタンタジー系ばっかで・・・・・・」

「本人の絵を、もとの世界で描く、ということではありませんか?」


 横から玲奈が言った。ドアーフ坂本、シスター室田のふたりがうなずいた。なるほど、だから個人依頼が多いのか!


 えー! じゃあ、いま書き中の騎士とドラゴンが戦ってるのは、実話かよ!


「それで勇者の息子さん、このお嬢さんは?」

「玲奈は魔・・・・・・」


 そこまで言って、対面に座るドワーフの目がくわっ! と見ひらいた。えっ、言わないほうがいいの?


「マ?」

「マ・・・・・・」

「マ?」

「マジで、ぼくがれている幼なじみです!」

「あらまぁ」


 室田僧侶、ちょっとだけ、ほほを染めてつぶやいた。


 先週、おれは玲奈にウソをついた。あれから眠れない夜を重ね、今後は玲奈の前ではウソはつかないと自分に誓った。もうやぶったことになるのかな。いや、ウソはついてないか。言わなかったことがあるだけで。


「玲奈さん」

「若輩者ですので、呼び捨てて結構です」

「じゃあ、玲奈ちゃん。好かれて良かったわね」


 言われた玲奈は笑みを浮かべたが、少し考えて口をひらいた。


「そうだと思いますが、まだどう答えていいのか、わかりません」


 室田さんは、大きくうなずいた。


「では、うんと考えて、うんと時間を使って、決めればいいわ」


 おおう、この室田夫人、ものの数分話しただけで、おれ、気に入っちゃった。なんだ? おれの高校の先生たちだけが、特殊なのか?


 あの教頭に呼びされた後日にも、担任から根ほり葉ほり聞かれた。おとなってこうなのかと思ったけど、坂本店長や室田夫人のような人も多いんだな。


「勇者がいるのなら、これも相談しやすいわね」


 室田さんがそう言って、バックに手を入れた。そうか、二つの相談があると言ってたっけ。


 バックからだしたそれを見て、思わず玲奈が身を引いた。赤い石がひたいに埋め込まれたドクロのお面。魔族警報器だ。


 しかし、魔族警報器は光らなかった。よく見ると、お面にも赤い石にも、小さな傷が無数にある。カッターで怒りにまかせて切りつけたのだろうか?


「おう、うちで買ったやつだな」


 店長が言った。あの警報器、二個あったのか。


「そうなんですの。こっちの世界に魔族はいないでしょうが、せっかく、こちらのお店で警報器を見つけて買いましたでしょ。お庭に設置してみたら、このとおり」


 店長がドクロのお面を手に取った。


「壊れてるな」

「ええ、引っかき傷がたくさんあって」


 あれは、カッターじゃなくて爪痕つめあとなのか。カラスかな、光り物が好きって聞くし。


「それに、娘の部屋の窓に、こんなものが・・・・・・」


 室田さんはスマホをだした。娘さんがスマホで撮った画像があるらしい。


「あらやだ、どこいったかしら」


 ご婦人は、娘さんから送ってもらった画像がどこか、わからなくなったようだ。


「これは鎌倉だわ。こっちは、お花の先生の個展だし」


 おれは飲むのを忘れていたティーカップを持ち、ティーバックを取りだす。渋くなった紅茶を半分ほど飲んだところで、室田さんはお目当ての画像を見つけたようだ。


「ありましたわ。これです」

「怖っ!」


 思わず声を漏らした。娘さんの部屋らしいポップなピンク柄のカーテンがある窓だった。その上のほう。窓の外に赤く光る目がある。


 人間は二つの穴があると目だと思いこむらしいが、うっすらと小さい体らしき影も確認できた。なにかの動物だ。


「光り物が好きで、赤い目か。いろいろ当てはまる生き物がいて絞りきれねえな」


 ドワーフ店長が腕を組んだ。玲奈が身を乗りだす。


「お嬢さまのお部屋と聞きました。二階ですか?」

「ええ、そうよ」

「では、二階の窓の外側。それなら鳥類でしょうか」


 それを聞いた店長が腕組みをといた。


「鳥か。なら、絞られるな」


 おれの予想、カラスが当たってるのかと思ったら、続けて言った坂本店長の言葉は、もっと物騒な名前だった。


「この大きさ、吸血コウモリだな」

「やっぱり。私もそう思ったの」


 店長の言葉に室田さんも同意した。たしか南米のコウモリでそういうのがいた覚えがある。牛や馬の血をこっそり吸うやつだ。


「人間は吸わないっすよね?」

「がんがん襲ってくるぞ。これは魔獣だからな」


 うへー! とおどろいていたが、村田夫人は笑顔でおれを見つめていた。


「勇者様がいてくれて良かったわ。これはきっと精霊様のおぼしめしね」


 うわお、そゆこと! おれまだ、ゲームでいうとレベル3ぐらいっす!


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