第22話 ミセス・ムロタの秘密
「あなた、先週に来た人?」
やっぱり。ハンバーガー屋のベテラン店員だ。
「うわー、すげえ偶然! 店長、おれちょっと玲奈を呼んできます」
「おお、内線で呼んでやる」
坂本店長がカウンター内にある電話で内線をかけた。
名前は『室』に『田』ですかと聞くと、そうだという。逆に、なぜ自分の名を知っているのかと聞かれた。
「おれ、ネームプレート見たんで、あなたの名前を覚えてるんです。室田さんも『
ご婦人は困惑の顔だ。
「おう、玲奈ちゃん、こっちくるってよ」
坂本店長がそう言い、カウンターからでてきた。
「て、店長さん、この子・・・・・・」
ご婦人は坂本店長の顔を見る。
「二世だ。なにしゃべっても大丈夫だぜ」
坂本さんの言葉に安心するかと思いきや、なぜかミセス・ムロタの顔は青ざめ、両手で頭を抱えた。
「ということは、まさか・・・・・・」
なぜか、室田さんは言葉を失っている。この地下のコンビニ、一階の本物とはちがうのでBGMがない。静寂が流れた。
そのとき、ガチャ! とドアノブの音が響いた。玲奈だ。
ご婦人が眉をつり上げた。恐る恐る、ゆっくりとふり返る。
「ああ、やはり!」
室田さんはハンバーガー屋の制服ではなく私服の長いスカートだったが、汚れるのも気にせず片ひざをついた。両手を胸の前で組む。そして目をとじ、なにかブツブツ唱え始めた。
正真正銘『祈り』のポーズだ。おれも玲奈も目を丸くする。
「あの、わたしが、なにか?」
「この地球で
「あの、とりあえず、立っていただいて・・・・・・」
「いえいえいえいえ! 恐れ多い!」
「なにかと、まちがわれておいでです。目をあけてくだ・・・・・・」
「は、拝顔させていただくなど、目がつぶれます!」
横に立つドワーフ坂本さんが、頭をぽりぽりかいた。
「まじいな。彼女、僧侶だった」
「僧侶? 神に仕えるってやつ?」
「そう、しかも、彼女のもとの世界は、精霊信仰だ」
玲奈と室田さんが、まだやり合っている。
「とりあえず、お立ちください!」
「めっそうもございません! 水の精霊様の前でそんな!」
「これでは、らちが明きません!」
「も、申しわけございません。なにか不手際がございましたら」
なるほど、玲奈が水の精霊に見えるのね。
その精霊がくわっ! と目を見ひらいた。怒りの形相だ。
「たわけ! その目をひらかぬか! ほじくりだすぞ!」
玲奈の怒号に思わずバシッ! と婦人は目をひらくが、その目のさきには怒りの精霊、玲奈様だ。
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」
ご婦人は倒れた。
「しまった、そうなりますか。わたしは選択をまちがえたようです」
うん、玲奈タン、いま【魔王モード】はちがうと思う。
とりあえず、おれと坂本さんで奥にある山小屋のような部屋に運ぶ。暖炉のそばにある長椅子に寝かせた。
「こないだから、こればっかだぜ」
坂本さんがぼやいた。そして、意外な忠告をされた。
「おい、おめえの父ちゃん、こっちでも有名人だからな。自分の名前は気安く言わねえほうがいいぞ」
そうなのか。もとの世界では有名な勇者っぽかったけど『
さて、どうやって意識を回復させよう。そう思ったときだった。
室田さんの胸にある、青い石をはめ込んだペンダントが光りだした。丸い銀板の中央に大粒の青い石がある素朴なペンダントだ。その石が、まぶしいほど輝きだした。
「すげえ、こりゃ初めて見るぜ。自動回復か!」
さきほど坂田店長は、このご婦人を『僧侶』だと言った。ゲームとかだと僧侶ってのは、だいたい回復の魔法に特化している。このペンダントも僧侶ならでは、かもしれない。
青い石の光が弱くなる。やがて、それが消えると同時に室田さんは目を覚ました。
「あら? 私ったら、なにを」
「玲奈を見て、気を失いました」
おれの顔を見て、目を見ひらく。思いだしたようだ。
「そう、あなた、精霊を連れていた!」
いま、この部屋に玲奈はいない。外で待機だ。
がばっと、室田夫人は起きあがり、坂田店長を見た。
「二つ、ご相談があって来ましたの。そのひとつがこれ。このかたが、先週、うちの店に精霊を連れてあらわれましたわ!」
えーー、あのとき、そんなこと思ってたの。
「店長さん、あの精霊様は、いったいなんですの!」
ドワーフ坂本、説明が思いつかないのか、その長いヒゲをなでている。おれが代わりに答えるか。
「あのー、幼なじみです」
「おさ、おさななじみ?」
「はい。精霊ではありません」
「でも、銀の髪に、神々しいまでの美しさ」
ああ、そこはおれも完全に同意。
「わしも知ってる娘だ。精霊じゃあねえ」
「ほんとに?」
「ほんとだ」
「私をだまそうとしてません?」
「だまして、なんの得があるんだ」
それでも、しばらく考えた室田僧侶。
「・・・・・・精霊様ではなかった。そうね、ここは地球。精霊はいない」
少しさびしげにつぶやいた。そして大きく息を吐く。
「おう、落ち着いたか?」
「は、はい」
「それじゃ、その玲奈ちゃんに入ってもらっていいかい?」
ちょっと考えた室田さんだったが、意を決したようにうなずいた。
「玲奈、おっけーい!」
ドアがあき、玲奈が入ってくる。ドタバタで忘れてたけど、調理の仕事中だった。玲奈の格好もまさにそれ。白の割烹着に、白い帽子もかぶっている。こんな精霊はいない。
そう思ったけど、室田さんはちがう部分を見たようだ。
「たしかに、冷静に見ると、魔力が全くありませんわ!」
なるほど、勝手な予想だけど、精霊なら巨大な魔力を持ってそうだ。そして玲奈はやっぱり、魔力は眠ったままか。
室田さんが落ち着いたので、四人で古めかしいダイニングテーブルに座った。
「まあ、茶でもだすか」
坂田店長がそう言って、奥の部屋へ取りにいく。えー、またあのティーカップか。
「しかし、いまだに信じられませんわ。前の世界で描かれていた水の精霊に似ています」
室田さんの話によると、前の世界では、教会ごとに土水火風のどれかの精霊を信仰していたそうだ。自分が所属していた教会のステンドグラスや壁画などに描かれていたのが、銀の髪を持つ綺麗な女性だったらしい。
「じゃあ、おれらが買いに行ったとき、おどろいたんじゃないです?」
「そりゃあもう! 気が気じゃなかったわ」
そんな状態で、あんな完璧な接客なんだ。おれなんて、なんのプレッシャーがなくてもレジ打ちをまちがえるのに。
「精霊様と、付き人がハンバーガー食べに来た! ってもう頭はパニックよ」
「つ、付き人って、おれっすか?」
「ええ、なんだか、みすぼらしい格好だったので」
そうでした。ランニングシャツ一枚でした。
「そいつらは二世だが、普通の高校生だ」
笑いながら坂本店長が帰ってきた。みんなにティーカップを配る。水と三角のティーバックはすでに入っていた。
ガタガタガタガタ! とティーカップが震えるが、さも自然に婦人はカップ皿ごと手元に引き寄せた。
坂本店長が、おれと玲奈に向けて婦人の紹介を始める。
「この人はな、昔からたまに来るお客さんだ。室田さんか。わしは坂本という」
「そう言われれば、私も、店長さんのお名前を知りませんでしたね」
「おう、坂本と呼んでくれ」
ドワーフ店長、ちょっとかっこつけて、ティーカップを持ち上げて飲んだ。カップの液体はきちんと紅茶色。今日は芋焼酎じゃないらしい。
「しかし、自動回復の道具を持ってるとはな。おどろいたぜ」
店長の言葉を聞いた室田さん、さっと胸の青い石をはめたペンダントを押さえた。
「作動しましたか?」
「ああ、したぜ」
室田さんは、店長、玲奈、そして最後におれを見て止まった。
「あなた、勇者ね」
ありゃ、名乗るなって店長に言われたのに、もうバレたぞ。
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