第21話 お父ちゃんはバカンス
まさか、ここでバイトをすることになるとは。
近所のご当地コンビニ『シックス・テン』は、家から近いので小さいころから知っていた。
見た目がドワーフのような店長も、小さいころから見たことはある。まさがそれが父の知人で、しかも異世界人とは。
「おざまーす!」
玲奈と一緒にコンビニに入り、奥の『関係者口』に入る。
入ってすぐが倉庫になっていて、倉庫の隅にあるロッカーで着替えてから仕事だ。
「では、終われば声をかけます」
玲奈はそう言い、倉庫の奥にあるドアへと歩き去った。あのドアのさきは事務所と調理場がある。
おれは学校の制服からスタッフ用のユニフォームに着替え、倉庫をでた。
「おざまーす」
レジにいたセンパイ店員、高井さんに声をかける。おれが客としてこの店に来たときもいたノッポの男性だ。
「・・・・・・おざっす」
覇気がないこと、この上ない。でも仕事はきっちりする先輩だった。あまりしゃべらないが、去年に大学を卒業し、いまはフリーターらしい。
意外だったのは、ノッポ先輩は『
このコンビニで働くには条件がある。『他言無用の誓約書』にサインしなければならない。しかも、その誓約書には魔方陣が描かれており、約束をやぶれば呪いがかかるという。
おれと玲奈の共通意見としては、それはハッタリじゃないかと思うのだが、なんせ地下であつかっている商品はモノホンだ。
そんなおっかない職場、すぐ辞めるんじゃないかと思うのだが、おどろくことにスタッフはみんな古参。
「わたしだけが世界の裏側を知っている。それは特権意識を刺激するのではないでしょうか」
という言葉は、
「客いないから、レジ打ち練習、しようか」
バイトリーダー・ノッポ高井パイセンによる慈悲あふれる御言葉をいただき、おれはレジ打ちの練習に明け暮れた。
コンビニのバイトを始めて数日経つが、いまだレジ打ちが遅い。思えば金曜。あの入学日から一週間か。いろいろありすぎて、一ヶ月ぐらい
いや、そう言えば、一週間も経つのに電話ひとつ寄こさない親父を思いだした。あんにゃろ、ハワイの風に吹かれて、時間軸を忘れてやがる。まちがいない。
そんなことを思ってたら、18時ごろ、親父からのコールが鳴った。
「高井先輩、親父からの電話にでていいですか? いま海外に行ってるんで」
高井パイセンはうなずき、おれは『従業員トイレ』に入りながらスマホを取った。
「親父?」
「勇太郎、元気かぁ」
「坂本さんも近くにいるから、ちょっと待ってて」
トイレエレベーターをおりて地下のコンビニに入る。ここの店長、ドワーフそっくり坂本さんはレジのカウンターにいた。なにやら怪しげなゼンマイ式の壁掛け時計をいじっている。
「坂本さん、親父から電話入りました」
「おう、そうか」
この坂本店長に、親父から連絡があったら知らせてくれと言われていたのだ。
おれはスピーカーにしてレジカウンターに置いた。
「いいぜ、親父」
「なんでまた、坂本が近くにいるんだ?」
「おう、オルバリス。息子と玲奈ちゃん、うちで働いてもらってるからな。報告だけは、しとこうと思ってな」
なるほど、
「そうか、悪いな坂本。ボコボコに鍛えてやってくれ」
親父、そこはビシバシだろう。ボコボコでどうすんだ。
「そんで親父、死神は?」
「あん? あんなもん、ちょちょいと。いや、苦戦中だ」
ぜったいウソ。もうなんせ、かすかに波の音が聞こえるもん。
「親父、ワイハーはどうよ?」
「おう、いいぞ。お母さんと来たのは、もう何十年前になるかなぁ。すっかり変わっているところと、変わってないところがあるな」
そうか、ふたりは若いころに行ったことがあるのか。
「親父」
「なんだ」
「可能な限り、ゆっくりしてこいよ」
「んー、そうは言ってもな」
「金かかる?」
「いや、実は・・・・・・」
親父が話し始めた話におどろいた。そのホテルには三つのジュニアスイートがあるのだが、その内のひとつに幽霊がでるとかで使われてないらしい。
「出てきてくれれば、話のひとつもできるんだが、さっぱりだ」
「えっ、親父、その部屋に泊まってんの?」
「ああ、ついでに退治してやろうと思ってな」
勇者、強え。
「そんなわけでな、滞在費はかかってない」
「いいじゃん、親父。なら一ヶ月ぐらいのんびりしろよ」
「そうは言ってもなぁ。おまえの食事もあるし」
「あっ、それ平気。坂本さんとこで30日間の日替わり弁当あるから」
「あいつ、そんなこと始めたのか?」
親父の声に、坂本さんがずずいっとスマホに顔を近づけた。
「おう、プチヒット中だ」
「そうだ、坂本、霊媒師のダウジング道具を送ってくれるか?」
「わかった。住所をメールしといてくれ」
「それから坂本」
「なんだ?」
「あのふたりなんだが・・・・・・その、温かく見守ってやってくれ」
聞いた坂本さんは笑顔を見せた。
「言いたいことはわかるぞ。大丈夫だ。見守るにはサングラスが必要だがな」
「それは言えるな」
坂本さんと親父が笑っている。なんでサングラスなんだ?
「じゃあ勇太郎、お言葉に甘え、一ヶ月ぐらい、いていいか?」
「どうぞどうぞ。二ヶ月でもいいよ」
「坂本、ふたりを頼む」
「おう、まかしとけ」
最後に親父は「チョメチョメするなよ」と言い残し、電話は切れた。だからその言葉は使うなっつうの。
「裕ちゃん、ジュニアスイートか。いいねぇ」
「店長、ダウジングなんて、効果あるんっすか?」
動画で見たことはある。棒をふたつ持ったやつだ。への字に折れた金属棒をふたつ持ち、その動きで右だとか左だとか方向を決める。お宝探しの動画でよくやっているが、なにか見つかったためしはない。
「魔力持ってるやつがやればな。トウシロがやるのはインチキだ」
そうか。そういや、この地下コンビニに来る客は、魔力を持ってる人の可能性が高いのか。
せっかくスタッフなんだから、この地下にくる客を注意しておけば良かった。バイトを始めて数日経つが、仕事を覚えるのに必死で、頭がまわってなかった。
そう思った矢先、トイレ・エレベーターが動いた。だれかが一階のスイッチを押したんだ。
モーターの音が止まり、また動きだす。上でだれかが乗った。
おれはすこし動いて、トイレ前の通路が見える位置に立つ。
さてどっちだ。スタッフか、客か。ごくりと、のどが鳴った。おれが会った『
ガチャ! と従業員トイレのドアがひらいた。女性だった。けっこう年齢は高め、40ぐらいかな。赤茶色のカールがかった髪。体型は、ふっくらとしているが、若いころは美人だったっぽい。
「あれ、ミセス・ムロタ?」
婦人は足を止めた。声を発したおれを見て眉をひそめる。そして、はっと思いだしたように目を見ひらいた。
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