第18話 ドワーフから新作弁当

 高校になったら、玲奈と昼を食う、しかも彼女のお手製弁当だったりして♡


 そんな中学のころに描いた妄想は、ゴール寸前までいって果たせなかった。


 ふて腐れた学校の一日が終わり、玲奈と下校する。


「そういや玲奈、弁当どうしたの?」


 おれの一個が残るはずである。


「小林さんに、忠告をいただいたお礼で差しあげました。ちょうど今日は、お弁当がなかったようで」


 こ、こばやしぃ。おれのを横取りすんじゃねぇ。


「あっ、そうだ『シックス・テン』に寄ってっていい?」

「かまいませんが、なにか?」

「ちくわの蒲焼き弁当を買って帰ろうと思って」

「夕飯でしたら、お作り差しあげますが?」


 玲奈の申し出はありがたいが断った。中学のころにはなかったが、どうやらウチの高校では、男女が一緒にいると『不純異性交遊』という目で見られるのを学んだ。


 そうなると、昼なら平気だろうが、夜におれの家へ出入りするのを同級生やどこかの親に見られたら面倒臭そうだ。それを玲奈に説明すると、彼女も納得した。


「しかし、なんだか面倒ですね。やけくそで勇太郎に朝昼晩の三食作りたくなってきました」


 それがかなうなら退学でもいいと一瞬思えたが、若者の暴走って言われちゃう。


 ふたりの話は弁当から進路の話になった。高校に入って早々だが、今日に『進学アンケート』というのを配られたからだ。今月中に提出しなければならない。


 ふたりとも、なにも決まっていない。大学の話や将来を話をしていると、近所のご当地コンビニ『シックス・テン』についた。


 店内に入り、弁当のコーナーに進む。すると、いままで見たことのない弁当があった。


「あれ? 日替わり弁当なんて始めたんだ」


 おれはそう書かれた弁当を手に取った。おかずはチンゲン菜とベーコンの卵炒めに酢の物、それにミートボールがふたつ。


「献立表まであるみたいです」


 となりの玲奈が言った。弁当用の冷蔵棚の前に小さなカゴがあり、そこに折りたたんだ紙が入っている。玲奈がその紙を取って広げた。


「すごい、今月の終わりまで書かれてあります。しかも、昼と夜も別!」

「おう、シックス・テン名物、30DAYS日替わり弁当だ」


 うしろから声が聞こえたのでふり返り、ちょっと見おろす。ドワーフにそっくりな店長、坂本さんだった。


「そんなのありましたっけ?」

「いや、土日で準備して、今朝から始めた」


 じゃあ、名物じゃないじゃん!


「食ってけよ、若いもんの感想を聞きてぇ」


 坂本さんに言われ断る理由もない。三人で地下コンビニにおりた。


 地下のコンビニにある電子レンジで温め、あの山小屋のような部屋に入る。


「おめえを見てて、ひらめいた案だ。たしかに、同じ弁当は飽きる」


 なるほど。金曜日に、おれと親父が話していたことか。親父がハワイに出掛けるので、その間の夕食はどうするかという会話だ。


「いい案ですね。毎日来ていただけるお客様は増えれば、ついでに買っていく商品も増えます」


 その口調で言われると、まるでOLなんだけど。でも、坂本さんもうなずいている。


 古めかしいダイニングテーブルで弁当を食べることにした。おれは昼にケチって焼きそばパン一個だけだったので、腹は減っている。


「おー! 意外にうまい」

「意外は余計だ!」

「こりゃ、すんまへん」


 だって、そうなんだもん。コンビニの弁当というより、となりの家の晩ご飯って感じだ。チンゲン菜とベーコンの卵炒めが特にうまい。焼かれたベーコンと卵がからんで、白ご飯にぴったり。


「野菜の多さがいいですね。それに、やはり手作業による味付け」


 玲奈は、ひとつひとつの具材を確認するように食べていた。おれはといえば、弁当箱を顔に近づけ、ガッサガッサとかきこんでいる。「美女と野獣」というより「美女とノラ犬」って感じだ。


 玲奈は白飯をひとくち分、ハシできれいに持ちあげた。


「ご飯の炊き方もいいですね」

「まあ、一階の厨房ちゅうぼうで作るからな」

「たいしたものです。これでおいくらですか?」

「680円だ。大手なら日替わり弁当は500円が相場だがな」

「質がちがいます。良いように思えますが」


 玲奈はちょっと上を見て、アゴに手をやった。


「一ヶ月の昼夜すべて買っても40800円ですか。ひとり暮らしの食費は三万と言われていますが、実際の平均はもっと上でしょう。このバランスの良い食事が月四万なら、お徳だと思います」


 おまえはどこの商品開発部なんだ。そう感心しながら、ミートボールをハシで取る。


「そう、チン・ゲンサイには、ミートボール二個だよなぁ」


 ドワーフ坂本が『にっ』と笑う。弁当にまでシモネタ使うな。


「非常によいバランスですね」


 玲奈が答えた。そうか、やはり球を持つ者でなければ気づかないネタであったか。


 はらが減っていたので、あっという間に食べ終える。


「あー、食った。坂本さん、ごちそうさん!」

「おい、勇者の息子、これなら買いに来るか?」

「来ますね、予約してもいいぐらい!」

「そうか。いま試しなんでな」


 ありゃ。ドワーフさんの返事が歯切れ悪い。それに『試し』と言ったが、今月の献立はすでにあった。


「どうかしました?」

「パートのひとりが今朝、足をくじいてな。しばらく休みだ」


 おりょりょ。それって。


 玲奈を見ると、思ったとおり、彼女はハシを置いて真剣な顔になった。


「そのかたのシフトは何時から何時ですか?」

「15時から18時だ。この時間で三人のパートさんが、次の日の仕込みをする。人が足りねえのは、この時間だ」


 玲奈がおれを見た。おそらく一緒に帰れなくなるが、と言いたいのだろう。


 むむ、待てよ、玲奈がここで作る。おれがそれを買う。おお、昼も夜も間接的ではあるが、玲奈の手料理で暮らせるわけか!


 あの教頭は家族が買った物とか言ってたが、親が買ったかどうかなど確認するすべはない。実際に電話でもして確認すれば、親のほうが文句を言うだろう。


「玲奈やれば。料理上手だし」

「おお、そうなのか!」

「うまいよ。じいちゃんばあちゃんが畑やってるから、野菜のあつかいも上手だし」


 玲奈の家に夕飯を食べにいくと、いつも祖母と一緒に作っている。


 料理の腕を保証したのに、坂本さんは、ちがう所に目を光らせた。


「ほう、畑を。今度、見に行ってもいいかい?」

「なにそれ、坂本さん、畑フェチ?」


 おれの質問には玲奈が割って入った。


「なるほど。お弁当の野菜にしては、質が良すぎると思いました」

「玲奈、どゆこと?」

「この坂本店長、おそらく野菜は農家から直接仕入れてますね」


 ドワーフ坂本、にやりとドヤ顔。


 ファンタジーのドワーフは酒ばっか飲んでるイメージだが、この街のドワーフは、意外にも仕事熱心のようだった。

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