第16話 教頭先生は脂ギッシュ

「考えようによっては、良かったのかもしれませんね」


 月曜日の朝、学校に行きながら玲奈がつぶやいた。


 話は例の金曜日のことだ。あの翌朝におれは、好奇心で箱を開けてしまったと誤魔化した。


「これで、なにかは必ず起きる、それだけは確認できました」


 ああ、そういうことか。考えてみれば本当にピンチのとき、あのトランプをおそらく使わない。だって使用したことがないからだ。ニセモノというか、普通のトランプかもしれない。または起きる現象が小さすぎる可能性だってある。


 でも一度経験したいまなら、迷いなく使うだろう。


「まあ、そんなイチかバチか、のような状況、普通の高校生にはないと思いますが」


 おれもないと思うが、入学日という高校生活の初日から死神と戦ったふたりである。親父は残留者リメインダーだとか言うし。『涙くん、さようなら』という歌があるが、おれたちは『常識くん、さようなら』だ。


「しかし、謎ですね」


 玲奈が、右手の親指と人差し指でアゴをつまんだ。考えるときの癖だ。もちろん、おれはギクリとする。


「なぜ、雷だったのか。そのときに最適な現象が起きるとのこと」


 やばい。玲奈は頭がいい。推理して真実を導くかもしれない。こ、これは、自首すべきだろうか。


「なるほど、わかりました」


 おそかった。自首は間に合わなかった。これで情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地はない。


「トランプを信じていない勇太郎を、これでもかと信じさせるために感電させたのですね」


 おお、現世のシャーロックホームス、いや、あれはアヘン中毒だったりするロクデナシだから、明智小五郎か。その気になれば現世の明智と言えそうな秀才少女の推理は、ものすごく納得できるけど、ちがう結論に着地した。


 親父が好きな大昔のテレビドラマ『少年探偵団』だったら、ほこらしげに怪人二十面相が自分で語っちゃうんだけど、怪人マスタードのおれは、さすがに真相は言えない。


 あれ? そんなアホなことを考えていたら、小林少年ならぬ、小林少女が駆けてくる。学校の校門はすぐそこだ。おれらを待っていたのかな。


「あのさ、ちょっと面倒なことになるかも」


 玲奈と初日からもめたF組のDカップ、略してFD小林が言うには、玲奈が帰ったあとに男子生徒と先生が玲奈について話していたというのだ。


「注意喚起してくれるのですか。ありがとうございます」

「ち、ちがうわよ。私じゃないって言いたかっただけ」


 ぷいっと、小林少女は帰っていった。明智探偵を思わせる頭脳明晰な玲奈と仲よくなれば、名コンビなのに。


「小林さんは、悪い人ではないようですね」

「あれでか? ツンデレのツンしかないぞ」

「真実を口にする人は、根は真面目なのだと思います」


 玲奈の言葉は、怪人マスタードの心に刺さった。


 小林さんの忠告どおり、学校に入ると校門に並んでいた先生のひとりから、教頭室に行きなさいと言われる。意外にも玲奈だけでなくおれもだった。


 実は中学のときから玲奈が先生に呼びだされるというのは、よくある光景だった。派手すぎる見た目、おとなから見れば生意気な口調、まあ玲奈はそういう目立つ要素が多い。


 一階の職員室を通りすぎ、おれたちは教頭室をノックした。


「入りなさい」


 ガマガエルが鳴いたような、中年のガラガラ声が返ってきた。


 教頭室に入ると、入口に向けた大きな書斎机に中年の男が座っていた。でっぷりとした太めの体格に脂ぎった顔。入学式で見たので覚えている。鎌ケ谷かまがや教頭だ。


 脂ぎった顔なのに、頭はオールバック。まるで昭和の映像にでてくる社長だ。社長じゃなければ、越後屋で酒を飲む悪代官である。親父の契約している時代劇チャンネルを見ていると、決まって悪代官は脂ぎった中年。


 まあ、つまるとこ、おれはこの鎌ケ谷教頭について第一印象から苦手だ。


「葉月くん、なぜ呼ばれたか、わかるかね?」


 おれの好みかもしれないが、女をくん付けで読むのは、あまり好きじゃない。しかも、この口調も嫌いだ。ここで、わかりませんと答えれば、自分のなにが悪いのかもわからんか、みたいな切り返しになる。


「さて、わたしに思い当たる落ち度はありませんが」


 おお、玲奈も毎度のことで嫌気がさしているようだ。


「そうか。校則は読んだかね」


 この学校の校則は、入学前に買わされた生徒手帳に書かれてある。手帳なのに半分が校則のページというアホ仕様だ。読むわけがない。


「ひょっとするとあれですか。『当校の生徒は髪染め、または脱色をしてはならない』という項目についてでしたら、この髪は地毛です」


 おおう、読んでる人もいた。玲奈って真面目。


「お疑いでしたら、切り取って調べていただいてもいいですが?」

「そこまではいい。ただ、まぎらわしいのも事実だ。黒髪にしたらどうかね」

「・・・・・・それは逆に、禁止されている髪染めになりませんか?」

「無用の誤解を避けるためだ」


 玲奈がため息をついた。


「議論が面倒なので結論を急ぎますが、このご時世ですと、外見への差別、または、外国人差別です。と申しあげておきます」


 脂ぎった顔の片眉が上がった。あれだな『かまがや』って名前だが『ガマがや』のほうが合いそうだ。


「まあ、それは置いておくが」


 ガマ教頭、旗色悪くなると置いていく戦法に走った!


「生徒から聞いた話では、きみたちは付き合っているとか」


 なるほど、そっちか。それでおれも呼ばれたのか。


「あー、家も近いんで、幼なじみです。付き合ってるというほどじゃあないですね」


 おれが答えておいた。金曜のおれの発言が原因か。高校になっても、好きとか、あまり言わないほうがいいのか。


「では、一緒に過ごすことはないのかね?」


 ガマ教頭、食いつくね。これもおれが答える。


「それは幼なじみですので。友達? というやつです」

「男女では、それは付き合っているのではないかね?」


 玲奈がもう一度、ため息をつくのが聞こえた。


「聞きたいことが性行為でしたら、心配されるようなことは、なにひとつありません」


 玲奈の口から「性行為」という単語がでて、思わずドキっとした。


「生徒の話では、好きだと述べたそうだが?」

「あー、それはおれが言いました。ただ、それは片思いですので」


 ガマ教頭は玲奈のほうを向いた。


「よくわからんな。好意を寄せる相手といて、危険ではないのかね?」


 まあ、マスタード未遂事件を起こした犯人としては、100%安全とは言えないが、99%安全である。


「はぁ?」


 透きとおった声なのに、聞き慣れない口調を耳にした。


「あなたの尺度で勇太郎を測らないで欲しいですね」


 となりの玲奈を見た。片眉が上がっている。


 こ、これは、めずらしく、玲奈タン、怒ってる?

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