第14話 ハンバーガー記念日だ

 ブルーレイのレンタルを済ませ、となりのハンバーガー屋に入る。


 おれの呼吸は正常だ。汗もかいていない。ランニングシャツ一枚で肌寒いぐらいだ。


 いつか、そんな日が来る。そう思っていたが、それは唐突にやって来た。


 やはり、デートの初手はハンバーガー屋だろう。牛丼屋はぜったいちがう。


 中学のときにチャンスはなかった。玲奈が、ほとんど外食をしないからだ。


 玲奈の家は、けっこう広めの庭があり、家庭菜園で多くの野菜を作っている。おばあちゃんは料理が上手だし、そうなると外食しないのもうなずける。


 それでもおれは、高校ぐらいになれば、いつか玲奈とハンバーガー屋に来ると思っていた。いや、思ったぐらいじゃない。妄想していた。


 イメージトレーニングはバッチリだ。レジに並ぶ。前に二組の客。あせるな、勇太郎二等兵。


「あまり食べ慣れていませんので、オーダーはお任せしてよろしいですか?」


 玲奈が聞いてくる。想定内だ。それでも彼女は、ハンバーガーを食べたことがないわけでもない。過去の記憶というアーガイヴをサーチすれば、玲奈がハンバーガーを食べたという話はあった。


「玲奈が好きなのはフィッシュバーガー。飲み物はレモンティーだよね」


 うるわしのきみはうなずいた。よし。シュミレーション通りだ。


 列が進む。レジ上の表示を見る。期間限定のバーガーが目に入った。だが迷いはない。


「店内でお召し上がりですか?」


 時は来た。おれのターンだ。レジスタッフは意外にも年齢高めの女性。光栄だ。今日この日に覇気のない新人を相手にしたくはない。


「持ち帰りで」

「かしこまりこまりました。クーポンのご利用はございますか?」


 むう。できる。店内は混雑のきざしあり。あとでクーポンを利用しますという展開は手間がかかる。先手で探りを入れてきたか。


「ありません」

「それでは、ご注文をどうぞ!」


 ややかぶせ気味の返答。そうか。今日は金曜。そして夕刻。熟練兵でないとさばけぬ逢魔時おうまがときか。


 ひとつ深呼吸をした。相手は百戦錬磨のベテラン。安心して行くぞ。


「ダブルチーズバーガー、ポテトのMセットで。飲み物はコーラ、氷は抜いてください。単品でフィッシュバーガー。レモンティーのS、コールドで。ナゲット5個入り。アップルパイを二つ。以上です」


 駆け抜けた。いくどとなく夢に見たこの瞬間。おれはやりきった。


「ナゲットのソースは、バーベキュー、マスタード、期間限定の濃厚チーズもございますが」


 な、なんだと? しまった。初歩的なミスだ。ソースを忘れていたとは。しかも玲奈の好みを想定していなかった。バーベキューとマスタード、どちらもあり得る。


「バーベキューとマスタード、両方お付けしておきますか?」


 ご婦人の顔を見上げる。完敗だ。これ以上の答えはない。


「それでお願いします」


 おのれの非力さをなげきながら、番号札をもらいレジから離れる。婦人のネームプレートを見た。「MUROTA」と書かれてある。左手には結婚指輪。すばらしいご婦人だ。名を心に刻んでおこう。


 それほど待たずに番号を呼ばれた。


 大きめの袋に入れて手渡してくれるのは、もちろんMrs.Murotaだ。


 このハンバーガーショップは、徒歩の持ち帰り客には大きな袋にまとめてくれる。思えば「お車ですか?」とも聞かれなかった。ビギナー店員なら、どう見ても高校生である客にも聞いてくる。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 おれとベテラン店員の言葉がかぶった。礼を言いたいのはこっちだ。大袋を受けとる。すがすがしい気分だ。


 ハンバーガー記念日とも言える今日に、Mrs.Murotaに出会えた奇跡に感謝だ。



 

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