第13話 人生で一番あせった日

 長かった一日が終わった! コンビニからでると、空は夕暮れになっていた。


 住宅地の中を玲奈とともに歩く。


「明日が休みでよかったよね」


 背伸びをしながら玲奈に向かって言った。今日は金曜だ。いろいろあり過ぎて疲れた気がする。


「そうですね。多くのことがわかりました」


 そう言って玲奈は、ちょっと遠い目をした。そうか、父親が魔王だったという事実を知ったんだもんな。


「あっ、しまった! 弁当もらうの忘れた」


 ちくわの蒲焼き弁当をもらうはずだったのに忘れていた。


「しゃあねえ。カップラーメンでも食うか」

「わたしが作りましょうか?」

「えっ?」


 たっぷり30秒は固まったと思う。玲奈の手料理。もちろん食いたい。しかし問題は、親がいないという状況だ。


 地下のコンビニで親父がでていく寸前、ふたりで内緒の話をしたのだ。言われたことはひとつ。


「わかっていると思うが、チョメチョメはするな」


 親父の言い方が古い。そして、もちろんそんな気はない。いまおれは、玲奈との恋愛確率が10%はあると思う。希望的予測をするなら30%だ。


 それがちょっとでも手をだしたら、どうなるか。まちがいなく永久不滅の0%だ。


「まあ、あせるな。おとなになったら、いっぱいチョメチョメできるから。父さんと母さんもいっぱいしたぞ」


 勇者がチョメチョメと連呼すな。っていうか、息子に言うな。


「子供はできないと思っていたがな」


 そう言って急に親父が、おれの頭に手を置いた。その話は聞いたことがある。親父が30、おふくろは25で結婚した。子供がいつまで経ってもできないので、とっくにあきらめていたそうだ。忘れたころにできたのが、おれだ。


「いっぱい、チョメチョメしてよかった」

「親父、それ、息子に言わない言葉だから」


 そんな会話を、親父と最後に交わしたのだ。


 玲奈の作る夕飯なんて夢にでそうなほどあこがれるが、ここはひとつ勇気ある撤退が必要だ。


「まあ、いいよ玲奈。夕飯なんて自分でなんとかするから」


 手をださない自信はあるが、転ばぬ先の杖。夜というのは人を惑わせるともいうし。


「そうでした。おじさまがご不在でしたね」


 玲奈もわかってくれたか。そう思ったとき、なぜか玲奈はスマホをだした。


「これはチャンスですね」


 ・・・・・・えっ?


 玲奈がどこかに電話をかけた。相手がすぐにでないのか、しばらく待つ。


「おじいちゃん? 玲奈です。今日は勇太郎の家に泊まりますので。はい。先方のご迷惑にならないよう気をつけます」


 玲奈は電話を切り、銀髪の揺れる美貌をおれに向けた。


「さあ、行きましょう」


 えーーーーー!


 しかし、玲奈は確信を持った足取りで歩いていく。


 どこだ、どこに行くんだ? 家の方向ではない。駅の方向か。では、家ではないということか。家ではないとはなんだ? 待ってくれ。おれたちはどこへ向かうんだ。どこへ行こうというのだ。


 これは頭が混乱している。よし。考えよう。家の方向ではない。駅の方向か。つまり家ではない。家ではないとはなんだ?


 だめだ! 堂々巡りだ! 落ち着けおれ! ハウス! いやそれはオスワリか!


 駅の近くまで来た。正面に駅が見える。


 電車に乗るのかと思いきや、玲奈は駅前の大通りをわたらず道にそって曲がった。


 駅前のこのあたりは最近になって再開発が始まっている。かなり広い範囲に工事中と書かれた鉄板のフェンスが立っていた。高いビルが建設中なのも見える。


「あのときの、お言葉に甘えて、わたしがすべて選んでいいですか?」


 玲奈がそう言って立ち止まったのは、駅前の大型レンタルショップだ。


「あー!」


 思わず道路にへたりこむ。以前に玲奈が言ったのだ「一度でいいので思いっきり、連続で映画が見たい」と。


 親父が一年前に大型のTVに買い換え、それに合わせリクライニングのソファーも買った。いつでも使えばいいのだが、玲奈としては人の物なので気が引けると。


 おれは親父が旅行にでも出かけたら、玲奈の好きな映画を一日中見ようと提案していた。


「勇太郎、どうかしましたか?」


 どっと疲れた。そして、なぜがすごく反省の気分。


「・・・・・・なんでもない」

「あっ、今日はお疲れですね。死神と戦いましたし」


 ぶんぶんと首をふった。玲奈と映画三昧なら、魔がさす可能性は低い。それになにより、これは『おうちデート』みたいじゃないか!


「よし、映画はぜーんぶ、玲奈が選んでいいよ!」

「はい!」


 青く澄んだ瞳が輝いた。玲奈が映画をここまで好きなのは、ここ数年で見始めたからだ。家にTVがない家庭なので、さほど映画にも興味がなかったらしい。


 書店とレンタルを兼ねた店に入る。レンタルは二階だ。階段をあがる。


「おれ、レンタルの漫画を探すから、ゆっくり選んでいいよ」


 玲奈がうなずき歩いていく。鉄仮面と呼ばれるが、やさしい祖父母に育てられ、実は気遣いをする子だ。おれがそばにいると、ゆっくり選べない。


 おれは吹き抜けの手すりにもたれ、玲奈のうしろ姿をながめる。思ったとおり、クラシック映画コーナーに入った。


 頭のいいやつって、考えることも特殊だ。映画は面白いと知った玲奈が、次に取った行動は古い順に見る、というものだった。


 古い順って、映画なんて起源のひとつと言われているのがトーマス・エジソンぐらい古い。もちろん全部を見るわけではなく、気になったものだけをピックアップするのだが、それでもまだ白黒映画の時代を超えていない。


 まあ、白黒映画って、最初はダルいけど、話が乗ってくると見れちゃうってのも玲奈のおかげで知った。


 玲奈と知り合って、おれは世界が拡がった。そんな幸福感にひたっていると、玲奈が帰ってきた。その胸にいっぱいのブルーレイを抱いて。


 通りがかった婦人が、おれを横目で見ていった。そうね、玲奈にひとつ文句を言うとしたら、おれ、ランニングシャツ一枚なんだよね。


「決めきれなくて。勇太郎の意見も拝借はいしゃくしようと思いました」

「いいよ、全部借りちゃおう。見れなかったらそれでもいいし」


 セルフレジでバーコードを通す。ふと気づいたことがあったので、玲奈に聞いた。


「晩飯どうする? 作らなくていいよ。時間がもったいないし」

「となりのハンバーガーにでも、しましょうか?」


 ・・・・・・おっと、今日は玲奈の夢が叶う日でもあるが、おれの夢が叶う日でもあるのか。


 高校ぐらいになったら、玲奈とハンバーガーを食べるのではないか。その妄想は、入学初日という予想を上まわる早さでかなおうとしていた。

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