第11話 死神のお値段いかほど

 親父はすぐに荷造りのため家に帰った。


 送ってもらうのは、おそらくあのロールスロイスだろう。なんというVIP待遇。


「親父、あんな棍棒こんぼうだけで平気なのかな」


 家には、あの棍棒しかなかったはずだ。ほかに武器がないから、このコンビニに来たわけだし。


「あれは、世界樹の枝を精霊から与えられたものだ」


 えー! なんかすごそう。


「裕ちゃん、時が過ぎても向こうの世界のことは忘れずに、大事にしてたんだな」


 ドワーフ店長はしんみり言うが、いや、おそらく忘れてたよ。ほこりかぶってたもん。


 親父と丸眼鏡の社長が去っていき、おれと玲奈は古めかしいダイニングテーブルの席についた。落ち着いてハーブ・ビアを飲む。


「おう、それで、どうだった?」


 陶器のジョッキを持ったドワーフ坂本さんも座る。


「坂本さん、それ、ハーブ・ビア?」

「おう、そうだ」


 ぜったいうそ。さっき飲んで「ういー!」ってひと息ついてたもんな。


 最初から聞きたいというので、話は長くなるが、朝に初めて見たところから話す。


 最後に『封じ箱』に吸いこんで倒したまでを話すと、坂本さんは鮭トバを豪快に歯でちぎっているところだった。もうぜったいハーブ・ビアじゃない。


「そうか、霊薬エリクサーで一時的に魔力がついたか。幸運だったな」


 坂本さんが玲奈を見る。おれは聞きたいことがあったので、聞いてみた。


「いま、玲奈に魔力を感じますか?」

「いや、感じねえな。おまえの親父が言うように眠っちまってんだろうな」


 そうか。一回魔術を使ったので、魔力が復活してるかもと思ったが、ちがったか。


「店長様」


 玲奈が声をかけた。


「おう、他人行儀だな。ドルーアンでもいいんだぜ、レイナちゃん」


 おいドワーフ、ふたりがそう呼び合うと一気に中世っぽくなるから、やめろ。


「では、坂本店長、これは、どう処分すれば良いでしょうか」


 玲奈がポケットからだしたのは小さな木の箱。あの死神を封じこめた『封じ箱』だ。


 坂本さんが立ちあがり、棚から紙の束を取ってきた。これを包んでいた魔方陣の描かれた紙だ。


「そうですな。こちらで処分しましょう」


 直接には手でれないようにするためだ。魔方陣の紙を使ってつまもうとした坂本さんだったが、その手を玲奈が押さえた。


「なんだ?」


 手を上から押さえられた坂本さんが玲奈を見た。ちょっと顔が赤くなる。おおう、ドワーフはウブだった。そして、うらやましい。


「なぜいま、敬語を使ったのです?」

「おう? そうだったかな。気のせいだろ」


 ガハハ! と豪快に笑った坂本さんだが、たしかに敬語に聞こえた。


「もしかしてですが、これはお金になるのではありませんか」


 びくっと坂本さんが手を引っこめた。


「い、いやあ、なにを言ってるんですか。気のせいですよ。アハハハ・・・・・・」


 なにかの小説で読んだが、ドワーフってなやっぱり正直者なんだな。


 玲奈が眉間にシワを寄せ、ポケットから霊薬の小瓶をだした。


「そもそも、最初の内訳がわかりませんでした。129万、でしたよね」


 玲奈がおれを見る。だせってことだな。おれもナイフと盾をテーブルの上に置いた。


「霊薬は二本で百万、それだけは、わかっております。ナイフは?」

「・・・・・・1万」


 言いたくないけど言わなきゃいけない。そんな感じで坂本さんはしぶしぶ答えた。炎のナイフって1万円なんだ。高いはずが、一本50万する霊薬の前では安物に見える。


「盾は?」

「・・・・・・1万」


 盾も安っ。っていうか、封じ箱は27万かよ!


 玲奈はテーブルの上でひじをつき、両手を組んだ。これは祈りのポーズではない。逃がさないわよ、のポーズだ。


「では、坂本店長、この死神の入った封じ箱、いかほどですか?」


 むすっと顔をしかめていた坂本さんだったが、玲奈に見つめられ観念したようだ。


「おそらく百万以上だ」


 ぎゃぴ! ひゃくまんえーん!


「そんなにすんの!」

「ああ、ここに売ってあるような魔道具は、壊れたり魔力が枯渇するようなこともある」


 なるほど、そのへんは家電と同じようなものか。いや、でも、それと死神がなんの関係が?


「なるほど」


 玲奈がつぶやき腕を組んだ。


「死神から魔力を吸いだすのですね」


 そんな急速充電器じゃないんだから、と思ったらドワーフ坂本はうなずいた。


「うちじゃ、やってねえが、魔道具の修理を生業なりわいにしてるやつもいる。そいつらが捕らえた魔物や悪霊を買ってくれるのさ」


 あわれ死神充電器。まあ、害しかないって親父も言ってたからいいか。


「その修理屋とは、どこにありますか?」

「そうだなぁ、おれの知ってる限りじゃロンドンと、メキシコに一軒ずつ」


 玲奈がため息をついた。


「直接は売りにはいけませんね。勇太郎?」


 玲奈がおれを見る。ドワーフ坂本さんに売るか? という確認だろう。もちろんうなずく。


「さきほど百万以上と、おっしゃいました。では、いかほど?」

「むむむ・・・・・・」


 坂本さんが悩んでいる。あれ、これ、100万以上だよな。玲奈の絵が買える!


「社長、ひとつババーンと!」

「おい息子、こればっかりは、いざ売ってみねえとわからねえんだ」


 悩む店長に、玲奈が追い打ちの声をあげた。


「勇太郎、ほかの道具屋にしますか?」

「そんな殺生な!」


 ドワーフがさけぶ。玲奈はにっこり微笑んだ。


「失礼。冗談でした。今日、助けていただいたご恩もございます。物々交換ではいかがでしょう」


 なんのことだと、おれと坂本さんは首をひねった。玲奈が手をひろげ、テーブルの上を示す。


「さすが玲奈、買った商品か。いやだめだ!」


 それじゃ、おれに金が入ってこない!


「勇太郎、おじさまに返すべきです」

「そんなぁ・・・・・・」


 玲奈の絵が遠のいていく。


「よし乗った!」


 ドワーフ坂本は手をたたいた。


「だが、割引してるとはいえ、利益は乗っけた値段で売ったんだ。今日の品だけじゃ、ちと安いな」


 おお、金か? 金なのか!


「ですが坂本店長、わたしに使っていただいた薬草もありますし」


 おい、魔王、要らんこと言うな。


「まあ、そうだが、よし。もうひとつ店の物を持っていっていいぞ」

「ありがとうございます」


 玲奈は感謝を述べたが、おれはふて腐れてテーブルに顔を寝かした。


「それから、もし、これもお金になるのでしたら、教えていただきたい」


 玲奈が、小指の爪ぐらい小さな石をテーブルに置いた。テーブルにほほをつけたおれの前なので、よく見える。


 水晶のカケラのようだが、中にキラキラ輝く砂のようなものが見えた。


「ほう、魔石ませきか」


 なぬ! おれはガバッと起きた。


「玲奈、これどこで?」

「あの死神が見ていた縁の下です」


 賽銭箱の前にある階段のうしろか! たしかに、死神はあそこを探っていた。


「魔石からも魔力を吸い出すことができる。いいぜ、買い取るぜ」

「おお、社長! おいくら万円!」

「小さいから5万だな」

「5万かー!」


 机につっぷしたおれを、玲奈が笑った。


「では、その5万はすべて勇太郎に」

「玲奈、半々でいいよー」

「そうもいきません。このトラブルを招いたのは、わたしです」

「いいよ、気にすんなって」

「バイトもひとつ、ダメになりましたし」

「んがっ!」


 おれは机から飛び起き、時計を見た。山小屋の壁につけられた鳩時計は、昼をとっくに過ぎて三時をさしている。面接は一時だった。


「やっちまったー!」

「なんでえ、バイトか? うちで働いてもいいぜ」

「時給いくらです?」

「780円だ」

「・・・・・・前向きに検討いたします」


 5万を取ってくると言って上に帰った坂本さんだが、戻ってきたときには、現金以外の商品を持っていた。


「ほらよ。これは、サービスだ」


 坂本さんがテーブルに置いたのは、白いTシャツだ。


「助かります!」


 これで変態ともおさらばだ。玲奈の上着は返し、Tシャツの袋をあけて着る。


 いや、Tシャツじゃない。ランニングシャツだ。ズボンにランニングシャツ一枚。


「おれは放浪の画家か!」

「おう、おにぎりも要るか?」


 さすがシックス・ナインの店名をつけた男。ドワーフの切り返しは素早かった。

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