第10話 ロールスロイス停まる

 ご当地コンビニ『シックス・テン』に帰る。


 おれは玲奈の上着を借りている。素肌に女子高生の上着。変態ぐあいで言えば、なかなかのハイレベルな見た目だ。


 見られたオバチャンふたりには『演劇の練習です』と言っておいた。銀髪美人の玲奈をまじまじ見たふたりは芸能人とでも思ったのか『ああ、なるほど』と納得した。


「マネージャーさんも、大変ですねぇ」


 そうも言われた。おれ、マネージャーなんだ。どうやったら絶世の美女である玲奈の彼氏に見えるんだろう。ちょっと考えたが、無理っぽいのであきらめた。


 そんな無駄なことを考えていると、コンビニの駐車場に着いた。


「勇太郎、あれ」


 玲奈が指さしたのはコンビニ前の駐車場だ。その一角に停めた車。


「ロールスロイス?」


 黒塗りのロールスロイスが停まっていた。ベンツよりも車好きが愛してやまないイギリスの高級セダン。そんな話を聞いたことがある。


 どんな客なんだろうと思ったが、コンビニに入ると店内に客はいなかった。


 レジにはノッポの男性店員さんがいる。おれの格好には、なにも言わなかった。


「下にいます?」


 ノッポ店員さんがうなずく。おれと玲奈は『従業員トイレ』にいきドアノブに手をかけた。


「あれ? 開かない」


 ドアノブは鍵が掛かっているようで、ピクリとも動かない。


 ノッポの店員さんが無表情でやって来て、ドアの横にある電気のスイッチを押した。ウィンウィンと、かすかにモーター音が聞こえる。なるほど、エレベーターは下にいってたのか。


「あ、ありがとうございます」


 ノッポさんは特に返事もせず帰っていった。


 かすかなモーター音がやむと、カチャリ! と鍵があく音がした。無駄に高性能。


 玲奈と一緒にトイレに入り、例の『けっして口に出してはいけない数字』を押した。


 トイレエレベーターが動き、地下に着く。


「うわっ!」


 通路にでた瞬間に黒服の男がいたので、飛びあがるほどおどろいた。


 黒服の男はなにも言わない。コンビニのほうに人はいなかったので、関係者口のドアをあけた。


 何時間か前にいた、山小屋のような部屋。


 おれの親父がいる。ドワーフのような坂本店長もいた。ふたりは古めかしいダイニングテーブルにかけている。


 そして室内に立つ人影が、もうふたつ。立っているひとりは通路にいたようなゴツイ黒服の男だった。


 もうひとり、ふり返りこっちを向いたのは、丸眼鏡をかけた線の細いオッサン。どう考えても、黒服はボディーガードだ。なら、この丸眼鏡のオッサンなにもん?


 親父が立ちあがった。


「無事で帰ったか。勇太郎、入ってこい。ちょっと抱きしめさせろ」


 大げさだなぁと思いつつも親父に歩み寄る。親父はおれを力強く抱きしめた。


「私の父も、私の初戦闘では同じ思いをしたはずだ。こんなに気をむものなんだな」


 親父は腕を離し、おれの全身をまじまじと見た。


「どこもケガはないか?」


 おれはうなずく。


「素肌に玲奈ちゃんの上着を着ているってのは、なんだ?」


 来客中のようなので、話せば長くなると伝えた。


「オルバリス様、いまは重大なとき。お子様とのたわむれは、あとに・・・・・・」


 親父は、ぎろりと丸眼鏡をにらんだ。


「だまってろ。こっちのほうが重大だ」


 いや、父ちゃん怒りすぎ、ちょっとおれ、殺気を感じてビビった。


「玲奈ちゃんも無事だったか。入っておいで」


 玲奈も部屋に入ってくる。親父が勢いで玲奈をハグしたら複雑な気分になると思ったが、しないようだ。


「ちょっとふたり、長椅子にでもかけててくれるか。おとなの話がある」


 おれと玲奈はうなずき、火のない暖炉のよこにある長椅子に腰かけた。


「このとおり、私には子供もいる。助けてはやれん」

「そこを曲げて、お願いしとうございます」


 なんの話だろうと思っていたところへ、ドワーフ坂本さんが陶器のジョッキをふたつ持ってやってきた。店長、やっぱりドワーフ顔だけあって、ビアジョッキが似合うね。


「ハーブ・ビアだ。疲れが取れるぞ。アルコールは入ってねえ」


 のども渇いていたので、ありがたく受けとる。見た目は黒ビールだが、風邪のシロップを炭酸で割ったような不思議な味がした。


「坂本さん、あれだれ?」


 坂本店長は、おれらの前にしゃがみ、小さな声で答えた。


「勇者を探しに、この街に来た連中だ」

「なぜ、この店に?」


 来るなら自宅だろう。


「どこかで、この街にいるとうわさで聞いたんだとよ。わしの店は残留者のあいだじゃ名が通ってるからな。聞き込みに来たら、万が悪く本人がいた、というわけさ」


 それ、親父としては万が悪いが、向こうにしてみりゃラッキーだな。


「なんで勇者を?」

「ほかの街でも出たらしい」

「死神?」


 坂本さんが人差し指を口に当てた。ありゃ、言っちゃまずかったのかな。


「ほう、この街にも出ましたか」


 丸眼鏡のオッサンが、おれを見た。


「話が早いですな。オルバリス様、その死神です。昨日から我が社が運営するホテルの屋上に巣くっておるのです。なにとぞ、お力を」


 我が社と言った。あのロールスロイスの持ち主か。


「この日本なら、ほかに死神を倒せる残留者はいるだろう。マジシャンのふりをしている魔術師もいるぞ」


 なぬ。親父の言葉が聞き捨てならない。マジシャンに見せて魔術師。それ、トリックぜったい見やぶれないじゃん。


「あのかたは非常に、お金にシビアでございまして。さすがに一億と言われては」


 うわお、金にがめつい。意外に有名人だったりして。


「悪いな。女房を亡くし、男手ひとつなんだ」

「それでしたら、ご家族ともども」

「息子は今日が高校の入学式だった。入学早々に休ますわけにはいかん」

「左様でございますか・・・・・・」


 えー、おれなら全然行っちゃうんですけど。そう思ったが、親父はもう興味がないようだ。丸眼鏡には背をむけ、おれたちの方へ踏みだす。


「仕方がありません。ほかを当たってみます」

「社長、ハワイまでの飛行時間を考えますと、あまり猶予ゆうよが」


 親父の足が止まった。


「おい、黒服、いまなんと言った?」

「は、はい、ハワイまでの移動時間を考えますと、あまり時間の猶予はありません」


 親父は天井を見つめ、ため息をついた。


「困ってる人を、ほうってもおけんか」


 いや、ぜったい目的ハワイだろ!


 そんな欲にまみれた親父は、あらためて丸眼鏡へと向いた。


「フライトは何時だ?」

「いつでも。なるべく急ぎたいので、小型のジェットを借りております」

「私の滞在先は?」

「それは、わたくしどものホテルに」

「海側か?」

「き、来ていただけるのでしたら、最上階のスイートでも!」

「それはさすがに悪い。海側のコーナーツインで充分だ」


 初めてのホテルを、行き慣れた感で注文すんじゃねえ。


 親父はおれにふり返った。


「まったく、勇者という宿命は、世界が変わっても同じらしい」


 ほざけ!


「親父、おれのメシは?」

「ここのコンビニ弁当があるだろう」

「いやまあ『ちくわの蒲焼かばやき弁当』は、大好きだけど」


 思わず答えちゃったけど、おれのとなりに立つのは店長だった。


「嬉しいこと言いやがる。帰り、一個持って帰っていいぞ」


 あざます! ここシックス・テンの名物弁当、ちくわの蒲焼かばやきは、ご飯の上に海苔のりをしき、そこにちくわの蒲焼きが乗っている。心憎いのが半分は醤油ダレで、もう半分がマヨネーズで焼いている。値段も199円と学生に大人気だ。


 いやしかし、コンビニ弁当ばかりもなぁ。おれは卵かけご飯ぐらいしか作れないし。あっ、もっと重要なのがあった。


「学校の弁当!」

「売店に焼きそばパンとかあるだろう」

「毎日は飽きるって!」

「よければ、お弁当は私が作りますが?」


 割って入った天使のような透きとおる声に、おれは動きを止めた。


「親父・・・・・・」


 おれは親指を立てる。


「世のため人のためだ。気をつけて!」

「息子よ、それでいいのか!」


 いいんです!


 

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