第8話 魔王と勇者と秘密の箱

「では、わたしが魔法を使っても、危険はないのですか?」

「ない」


 親父が答えた。


「即答できるほど、なのですね」


 玲奈が考えこんでいる。それと同時に親父も考えこんでいた。魔術についてどう説明しようかと、思いあぐねているのかな。


 親父が顔をあげ、玲奈に説明し始めた。


「けっこうやっかいなんだ。感覚で言うと槍投げに近いか。槍を持ち、助走をつけ、振りかぶって投げる」


 親父が魔法、いや、親父の言い方だと『魔術』か。それを使うときにブツブツつぶやきながら、手のひらをクルクル回した。あれのことだろう。


「槍を持つ、まで必要ですか。つまり、イメージの固定?」

「玲奈ちゃん、その通り! かなり具体的に細かくイメージが必要だ。だから危険はないと言ったんだ」


 親父がおれに指をさした。


「例えばじゃあ、勇太郎が細切こまぎれになるイメージを細部にわたってなんて、しないだろ」


 玲奈が、となりに座るおれを見た。えっ、マジで。想像できちゃうの?


 いとしのきみは、しばらくおれを見つめていたが、なぜか視線を元にもどした。


「おお、そういや、魔王の話ばかりだ。親父、おれの魔力は!」

「勇者は少ないな。魔術師の足下あしもとにもおよばん」


 がっくし。なんか、そういうイメージはあった。


「じゃあ、ほかの特徴は?」


 親父が腕を組んで考える。


「まあ、平均的にいいのかな。器用貧乏?」

「マジかよ!」

「体育はずっと『5』だっただろう?」


 それでも学校で一番に足が速いというわけでもない。やだなぁ、器用貧乏。


「思いだしたことがある。ちょっと待っててくれ」


 ドワーフ坂本さんが部屋から退出した。


「親父、死神について教えてくれ」


 中年の勇者はうなずいた。


「あれが、もともと、どんな世界に住んでいるか、それはわからん。だが、だいたいどこの世界にも迷いこんでくるみたいでな。私がいた前の世界でも、いい迷惑だった」


 玲奈が身を乗りだした。


「死をつかさどる神、ではないのですね?」

「神、神かぁ。やっかいな単語だ」


 親父は、また腕を組んで顔をしかめた。


「この国でも信仰によってあがめる物はちがうだろう。あれを崇める者がいたら、その者にとっては神だな」


 言われている意味がわからん。


「親父のいた世界では、どうだった?」

「ああ、バンバン魔術師が退治してたぞ。害しかないからな」


 なんだ、害虫みたいな物か。


「ただ意外に手強てごわい。武器は大鎌、魔術は『モース』という生命力を吸い取る魔術だ」


 おおう、なんかイメージ通り。


「それで、弱点はありますか?」


 玲奈が聞いた。


「さすがうるわしのきみ、かしこい質問」

「そこは『さすが魔王』でしょ」


 おれは思わずのけぞった。


「えっ、わたし、なにか変なこと言った?」

「いや、玲奈タン、口調が女っぽい」

「ああ・・・・・・」


 玲奈は腕を組み、眉をしかめた。


「わたしは子供のころから、常に冷静でないといけない、そう思ってました。そうしないと、なにか、わたしの中の『悪い物』がでてしまいそうな気がして」


 おれも思わず、腕を組んだ。それは魔王の血の呪いだろうか。気の毒すぎる。


「ですが、さきほど、生まれて初めて本気で怒ってみました。いわゆる『ぶっちぎれた!』というやつです」


 玲奈は少し考えこみ、頭をふった。


「ところが、子供のころに感じた『悪い物』は、なにもでてこなかった。あれはなんだったのでしょう。思い過ごしでしょうか」


 おれも考えてみた。『あったけど、なかった』そんな感じだろうか。


「目のゴミ、みたいなもんか」

「勇太郎、もう一度」

「ほら、目にゴミが入ると、なくなっても、しばらく入ってる感覚あるじゃん」


 玲奈が「ふふふ」と笑いだし、やがて「ふははは!」と高らかに笑ったので、こっちが引いた。それ魔王の笑いだよ。


「まったく、その通りです。そして『目のゴミ』という小ささが愉快!」


 おい店主、酒持ってこい! そんなテンションで玲奈は言った。


「まあ、それで生まれて初めて怒ったので、口調がわかりませんでした。小林さんをまねると、意外にやりやすかったのです」


 なるほど。


「女性言葉というのも、使ってみると面白いですね。気味が悪ければ自重じちょうしますが」


 おれは首がちぎれんばかりに振った。


「どっちの玲奈も、素敵だ!」


 玲奈が笑った。


「よくそう言えるよね-」


 うお、女性っていうより女子言葉だ。ふざけてつついてくる。だめだ。おれ今日、キュン死にする。


「よし、これだ」


 言葉とともに、ドワーフ坂本(偽名)さんがダンボールを持ってきた。楽しい時間を邪魔され、思わずにらんでしまったのは、少し反省する。


「まず、坊ちゃんの方」


 ダンボールからだしたのは、すげえ小さいナイフだった。


果物くだものナイフ?」

「炎のナイフだ!」


 おお、サーセン。だって果物ナイフと同じ大きさなんだもん。


 古めかしい木のさやをぬいてみると、坂本さんの言葉が本当だとわかった。ナイフには見たことのない文字が刻まれている。


「これ、ひょっとして、小説とかである『ルーン文字』っすか?」

「いや、わしら道具屋は『フーン文字』と呼んでいる」

「なんでフーン文字?」

「読めんからな。『フーン』としか言えんだろ」


 ・・・・・・これは、マジなのか、道具屋ジョークなのか。


「あとは、盾だな」


 スベった気配の中、何事もなかったかのようにドワーフがだしたのは、これまた小さい盾だ。紙で言えばA3だ。A2はない。


「こう、もっと大きいのはないんですか」

「ウチは道具屋だからな。武器屋でも、防具屋でもねえ」


 そうでした。一階はコンビニでした。


「拳銃とかあればいいのに」


 おれのつぶやきに、親父が首をふった。


「地球の物質には、魔力がない。効かない場合が多いのだ。『残留者』への攻撃は『残留物』による攻撃のほうが確実だ」


 なるほど、そういうことか。


「それで、問題は、お嬢ちゃんのほうだ」


 ダンボールの中からだしてきたのが、一発で危険な物だとわかる。色んな紙で包まれていた。紙はくしゃくしゃになっていたが、それぞれに知らない言葉だったり、魔方陣みたいな物が書かれている。


 坂本さんが、それを一枚ずつ取っていった。


 最後にでてきたのは、指輪のケースみたいな小さな木箱だ。


「封じ箱か!」


 親父がおどろいている。言葉から察するに、あけると幽霊が吸いこまれていくような物かな。そんな昔の映画があった気がする。


 坂本さんが、おれに向けてにやりと笑った。


「こっちの世界では『パンドラ』と呼ばれてるやつだ」


 おおう、いきなり、やばいの来た。パンドラの箱か!


「坂本、あれは中身も入った大容量型が、こっちに流れついたのではないか?」

「裕ちゃん、おれも、そう思うぜ」


 なんてこった。パンドラの箱は、不法投棄の冷蔵庫みたいなものか。


「親父、じゃあ、パンドラの箱で言われる最後に残った希望は?」

「そりゃ箱だろう。また吸い込める」


 リサイクル、重要。


「これは、わしらの世界だと闇の眷属けんぞくしか使えねえ。お嬢さんなら」


 玲奈は、坂本さんが言い終わる前に木の小箱を手に持った。


「おう、痛くねえですかい?」

「ないです」

「じゃあ、使えますね」


 坂本さんが、自然に敬語になっている。さては魔王におくしたか!


「まいどありがとうございます。身内値引きして、トータル29万でございます」


 坂本さんが親父に言った。敬語はお客さん用でしたか。そして高い!


「坂本、用心のために霊薬エリクサーを二本」

「おお、大盤ぶるまいだ。では、129万になります」


 霊薬高っ!


 親父がクレジットカードを切り、席を立とうとしたところで、坂本さんが親父の肩を押さえた。


「裕ちゃん、まさか、行くつもりじゃねえよな」

「死神を駆除せんと」

「戦える状態じゃあねえ」


 親父はさきほど、気付け薬を飲んでいた。そういうことなんだな。魔力のない世界で、魔力の少ない親父が二回、魔術を使った。からだは限界というわけだ。


「親父、行ってくるぜ」


 武器はしょぼいけど。


「ひとりで行かせられると思うか?」

「親父が、はじめて戦ったのって何歳だよ」

「10、いや、9歳だったかな」


 えー、おれ、異世界行くのやめようっと。


「おれ、今日は高校の入学式だった。そう考えると、初戦闘するには、いいタイミングだろ?」


 親父が考えこんでいる。


「親父ってさ、よくキャンプ連れてってくれたじゃん?」

「そうだな」

「チャンバラで、よく遊んでくれたし」

「まあな」

「こっそり、仕込んでたんだろ?」


 親父は口をへの字に曲げた。ぜったい図星。だまっていたのは少しムカつくが、まあ無理もない。小学生に『お父さんは勇者だぞ』って言ったら、次の日にはクラスで自慢するわ。


「明日まで待てばいい。私の体力や魔力も回復するだろう」

「それじゃ遅えよ」

「では、霊薬エリクサーを飲もう」

「1本50万もする薬を?」

「しかたがないだろう。ひとりでは行かせられない」

「親父」

「うん?」

「死神を殴っちまったのは、おれだ」

「そうだな」

「これで近所に被害でもでたら、もう一生後悔する」


 親父がだまった。


「おれ、自分でケリをつけたい」


 考えこんでいた親父だったが、顔をしかめ、しぶしぶとうなずいた。


「わたしも行く」

「おい、玲奈」

「ほう・・・・・・」


 玲奈が片眉を上げた。


「まさか、この時代で、戦いは男のすることだ、などとは言うまいな」

「れ、玲奈、急に口調が」

「怒っても問題ないとわかったのでな。魔王というなら魔王っぽい口調だ」


 えー、なにこの『トラウマを乗り越えたやつは強い』みたいなパターン。


 ふざけた玲奈が『女子モード』だとすると、怒ったこっちは『魔王モード』だ。でも了承するしかなさそう。


「ご一緒させていただきます」

「うむ! 大義である!」


 いや、魔王モードっつうより、それ武将モードだよ、玲奈タン。


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