エピローグ 孤高の戦士
冷たい夜風が肌を撫でる。
闇と同化しそうなコートを着た秋人は、ビルの屋上に立っていた。
どこでもないどこかを見ていた顔を上げ、視線を夜空のほうに向ける。
空には街の光によって浮かび上がった雲が薄く見えて、そのさらに上には月と星が爛々と輝いていた。
夜も悪くない。
春樹が殺された日のことを思い出すから毛嫌いしていたが、いまは朝や昼とはまったく違う姿を見せる夜もいいと思えるようになった。
人間的に変わってしまったせいかもしれないが、多分違う。
自分自身の本質が変化したからだ。
あの事件――春樹と戦ったあの日。
自滅覚悟で右手の能力を行使した秋人は何とか生き残った。
たまたま運が良かったのか、無意識に能力の力を弱めていたのかは分からないが、とにかく生き残ることになった。
問題はその攻撃で、春樹も生き残ったということだった。
「お前は、罪を償うべきだ」
「あぁ、その前にひとつ、やらなきゃならないことがある」
そう言って春樹が望んだのは自分をレナの所に連れて行くことだった。
最初はその言葉を疑ったが、兄弟としての情ゆえか、彼をレナの元まで運んだ。
「兄さん。僕はね、本当は争いたくなんてなかったんだ。でも僕にはそれしかなかった。どん詰まりの未来を切り開くには他に解決策がなかったんだ。だからこれは……、僕のせめてもの贖罪だ」
そう言って、春樹は自らの血をレナに飲ませた。
そして春樹は死に、レナは生き延びることになったのだ。
夜空から視線を下げ、街を眺める。
眩しくて脳が焼けそうになるがネクストの驚異的な視力で目を凝らすと、一台の車から女性が出てくる姿を捉えた。
レナだ。彼女は事件後、ダイスに保護され、無事エージェントとしての仕事に復帰していた。
彼女への裏切り疑惑はさまざまな方面からの調査によって否定され、秋人たちを追い回した真司は強引な捜査方針が問題となり解雇処分となったそうだ。
街の中を歩くレナ。
だが彼女の隣に秋人はいない。
今の秋人には隣に立つ資格がないし、やることもある。
「二つ、頼みがあるんだ」
レナの傷を治癒させ、青白い顔で春樹は秋人にあることを頼んだ。
ひとつは春樹の死と同時に、現れるオルタを受け継いでほしいというもので秋人はそれを受け入れた。
自分が拒めばオルタの光は誰かに宿り、誰かがネクストになる。それなら自分が人柱となろう。
そして春樹の死後、体から離れたオルタの光を受け取り、秋人はオリジナルのネクストとなった。
ただ、すでにネクストとしての力を持っていたせいか、左目の傷や腹部の傷は再生されなかったが、それでもいいと思う。
だってこれは春樹との繋がりでもあるから。
レナの姿をじっと目で追う。
本音を言えば元に戻れるのなら戻りたい。
だが、自分はもう人間ではないし、春樹に託されたことがある。
もうひとつの願い。
ネクストと人間が共存できる世界を作るという大きな役目が。
それが終わるまでは帰れない。
いつ終わるともしれない長い仕事だ。
でもやるしかない。
オルタの光から人類がたどる結末を秋人も見せられたが、彼はそれに絶望したりすることはなくむしろなんとかなるだろうと思った。
人類をすべてネクストにすることで春樹は人を救おうとした。そのやり方は間違ってはいたが救うという目的は正しい。
なら、俺は俺なりのやり方で人類が救われ、ネクストとも付き合っていける世界を模索しよう。
そう心の中で呟きながら秋人は一人、ビルの屋上からひとり、人間の世界を見下ろしていた。
Ne-X-isT 〜人間に戻るために心を悪魔にして仲間も弟も恋人も欺きます〜 森川 蓮二 @K02
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