第11話 応酬 3/3

 秋人は春樹からの視線をまっすぐ受け止める。


「お前のバカを止めに来たんだよ。人を殺すのはもうやめろ」

「先に仕掛けてきたのは彼らのほうだ。僕はただ仲間を守っているだけだ」


 春樹の言い分を確かめるように周囲に目を向ける。

 月明かりだけでは分かりづらかったが、通路は殺されたダイス隊員たちの血で赤く染まっていた。


「その結果がこれか。どう見ても過剰防衛だ」

「じゃあ黙って殺されろというのか、なにもしていないのに」

「電力施設を襲い、人を殺した。なにもしていないなんて言い訳は通用しない」

「だからそれは人類のために必要な犠牲だ! ネクストになった兄さんならわかるだろ!」

「いやわからないね。お前の言っていることは大層なお題目を掲げるテロリストと同じだ」

「無駄だ。いまさら人間に戻れるわけない」


 冷たく言い放つ春樹から視線を外し、装甲に覆われた右手を見る。


「そうかもな。でも、人が殺されるのを黙ってみてるほど人間をやめたつもりはねぇよ」


 決意と決別の言葉をもって秋人は拳を握り、春樹は落胆するように肩を落とす。


「じゃあ仕方ない。分かり合えないなら戦うしかない」


 瞬間、春樹が地を蹴って肉薄すると容赦なく拳を振り上げる。

 反射的に後ろへと飛んだ秋人の耳に破砕音が響くとともに先ほどまでいた場所に大穴が開く。


 もちろん春樹は追撃を仕掛け、秋人もそれを避けるが動きが制限される通路では防戦一方で反撃をすることができない。


 アッパー気味に下からせり上がってきた拳を全身を使って避け、秋人はそのままバックステップを踏んで距離を取ってから体を横へと振る。


 窓ガラスが割れる音と共に臓器が持ち上げられるような感覚が体を襲う。

 とっさに秋人は装甲の展開された右の指を壁面に引っ掛け、落下の勢いを殺すと同時にたわませた足で壁を蹴る。


 そのままの勢いで屋上に着地した。

 通路よりも広く、左右と上への逃げ道が確保されたここならある程度は渡り合えるはずだ。

 やがて階段から追いかけてきた春樹が屋上に現われる。


「逃げ回ってもムダだぞ」

「そんなことは言われなくても分かってるよッ」


 今度は秋人から攻めた。

 全速力で迫り、盗塁を狙う野球選手のように体を滑りこませる。


 頭スレスレの位置を春樹の拳が通過し、股下を通って立ち上がりざまに後ろ蹴りを放って態勢を崩す。

 だが、春樹は重心移動を利用して力を逃して大きく後ろに飛びのく。


 パワーや能力でオリジナルに劣る秋人が正攻法で春樹に勝つことはほぼ不可能だ。

 ならば時間をかけて着実にダメージを与えていくしかない。


「俺はお前を止める。そして人間に戻ってやる」

「そうか……そうだったな。兄さんはそれが目的だったな」


 どこか嘲笑うような含みのある言葉を返す春樹の拳が横から迫り、秋人は右半身でそれを受け止める。

 金属同士がぶつかる音と骨が軋む音が体を駆け抜け、そのまま吹っ飛ばされて金属製の柵に叩きつけられた。


「ぐっ…………」


 呻きながら自分の体の形にひしゃげた柵から立ち上がる。

 だがそこに影が差し、飛び上がった春樹の拳が叩きつけられた。


 衝撃で屋上の砂塵やコンクリートが巻き上がり、一瞬二人の姿がかき消える。

 そして徐々に砂塵が収まると、腕を交差して春樹の拳を受け止める秋人の姿が現れた。


「なにが……、おかしい?」


 吹き飛んだコンクリートの破片のせいか額から血が流れる。


 ネクストの力を手に入れたとはいえど秋人の半身は生身の人間と変わらず、それが人知を超えた春樹の拳をまともに受けたのだからダメージは見た目以上に非常に大きかった。

 そんな満身創痍な秋人に対し、涼しそうな声で春樹が告げる。


「ひとつ言い忘れていたことがあったのを思い出したんだよ。人間に戻れる薬の話。あれはウソだ」


 その言葉に驚く暇もなく腹部に衝撃が走り、ヒヤリとした金属の異物感の直後、焼けるような痛みが脳に送りこまれる。

 視線を下げると、春樹の右腕の装甲が変化した刃が左腹部に深々と刺さっていた。


「人間とネクストの特性を持つ兄さんがどれくらい溶け込めるのか試したんだ。僕たち以上に人間社会に溶け込めるなら、それは有利に働くからね」


 つまり体のいい実験体だったということか。

 朦朧とし始めた意識の中で、間近にある春樹の顔を見ようとしたが、暗くなる視界では輪郭すらボヤけて見えた。


「兄さんはもう人間には戻れない。一生ネクストとして生きていくしかないんだ」


 そう言って春樹は自身の腕を秋人から引き抜こうとし、腹の中で金属の刃が蠢いて秋人は歯を食いしばる。


 また俺は終わるのか。こんなところで。

 このままでいいのか。いいわけがない。

 でもなにもできない。


 無力感に苛まれる秋人の先ほどよりも酷く霞んだ視界にふとキラリと光るなにかを捉える。

 それが自分の首から吊り下げられた指輪であることに気づいた時、秋人の右腕が引き抜かれようとしていた春樹の腕を掴んだ。


「それ、でも…………」


 掠れた呟きと共に右手が発熱し始め、驚いた春樹は思わず秋人の顔を見る。


「なにをッ……!?」

「それでも、俺はッ……!」


 生気の宿った眼差しで言った直後、まばゆい光がその場を包み込み直後、二人の間で爆発を起こした。

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