第7話 予期せぬポイント故障

「止まれ!」


 テルは駆け出して機関車の方へ飛び出した。接触を避けるために線路脇を走り発煙筒を燃やして振りながら接近する。

 ワンマイルトレインは非常ブレーキを作動させ各車両からブレーキ音を響かせながら構内手前でようやく止まった。


「どうして入って来たんですか」


 機関車の運転席にテルは駆け寄って話しかける。

 ワンマイルトレインが入ってくるなど聞いていない。そもそも待避線にはワンマイルトレインと同じ方向へ行く列車がいるし、反対方向から来る新幹線も迫ってきている。

 待避線の余裕がなくすれ違いが行えないのにどうして入ってきたんだ、とテルは、内心怒っている。


「運輸指令から進入せよと言われたんだが」


 機関士の言葉に驚くと共に機関車の列車無線を借りて運輸指令と話した。

 運輸指令のミスだった。

 膨大な数の列車のため位置を把握しきれず、停滞していた貨物列車を通すために間違って進入させてしまった。

 テルも乗客対応に追われ駅長も物販の農協組合員との調整があり事務室を離れていた。

 そのため運輸指令の電話を受け取れず、状況不明だった。


「どうしよう」


 運輸指令に怒鳴ったところでこの問題は解決しない。

 だからテルは対応策を考えていた。

 まずワンマイルトレインは駅構内の前にあるポイントの手前に居る。

 そして後進は不可能だ。

 巨大で重量のあるワンマイルトレインはその重要故に機関車の出力が足りず下がれない。

 反対側からはこちらへ向かってくる新幹線。

 構内の待避線に居る新幹線は貨物列車と同じ方向へ行く。ワンマイルトレインを待避線から向かわせるのは危険だ。

 微妙にカーブしており貨物列車の重量に耐えられるかどうか判らないし、振動して事故を誘発する恐れがある。


「入ってくる新幹線を後退させて、更に待避線の新幹線も後退。そして本線上に入れてから、向かってくる新幹線を待避線に入れる。そして同じ方向へ向かう新幹線とワンマイルトレインを発車させ、貨物列車通過後に待避線の新幹線を行かせる」


 同じ方向へ行く列車を先に通そうというのだ。

 テルはポイント操作を行おうとレバーの元に行き動かそうとした。

 だが、ポイントの方角からパキッと言う音がした。


「マジかよ」


 新幹線が入ってくる方向のポイントから破断音と抵抗のなくなったレバーにテルは戦慄した。

 ポイントを動かすアームが断裂しポイントは作動不能となった。

 早めに点検修理をしていればこんな事にはならなかった。

 だが起きてしまったことは仕方ない。


「どうしよう」


 予想外の事故にテルは考える。

 幸いにして、待避線の安全側線――万が一待避線に停車中の列車が暴走して本線に進入し支障を来さないよう防止するため、異なる方向へ向かわせる短い側線へのポイントだ。

 本線を走らせるには何ら問題ない。

 だが貨物列車側に列車を動かすにもワンマイルトレインが邪魔をして列車を入れられる余裕が無い。


「お困りのようですね」


 その時聞き覚えのある声が響いてきた。


「吉野先生」


 反対方向から入ってきた新幹線を運転しているのは学園で運転実習の教官をしている吉野桜先生だった。


「どうしてこちらに」

「乗務員が足りないので応援に来たんですよ」

「運転して大丈夫なんですか?」


 実習教官とは言え久方ぶりの運転業務、しかも走ったことの無いルートだ。カーブや信号の位置を把握して運転しなければならない運転士は一月以上、その路線に乗って現状を把握してようやく乗務できる。


「まあ、動かすのは在来線ですから低速ですし、詳しい地図や設備図があればある程度は場所を把握できます。あとは安全な速度で走らせれば問題はありません」

「すげえ」


 勤務中にも拘わらずテルは簡単の声を上げた。

 中央学園の教官を務める運転士は化物揃いと聞いていたがこれほどとは思っていなかった。


「それより、この状況をどうしましょう。何か解決策はありませんか?」

「いや、ここは先任者が」

「この駅は貴方のほうが長いのでよく知っているはずです。貴方がアイディアを考えて下さい。大丈夫です。出来る事なら実行するだけです」

「でも」


 その時、黒猫がテルの足下にすり寄ってきた。青い目でテルをじっと見つめている。

 アイディアを出せと訴えているのだ。


「……一つ方法があります」

「何でしょう」

「先生、いや吉野運転士が運転してきた新幹線を構内に入れて乗客を待避線の新幹線の乗客と入れ替えるんです。そしてそれぞれ反対方向へ走らせる。こうすればお客様は目的地へ行けますしワンマイルトレインもそのまま通過できます。ワンマイルトレインが通過した後、待避線の新幹線を反対方向へ向かわせれば良いのです」

「確かにその方法が確実そうですね」

「でも問題があります。ホームが線路を挟んで並んでいるのでお客様の移動に時間が掛かります」

「あ、それなら何とかなりますよ」

「いや、難しいでしょう」

「大丈夫ですよ。教官を信用して下さい。構内進入の許可をお願いします」


 そして桜先生はテルから許可を得ると自分の新幹線に戻っていき、構内に進入していった。ゆっくりと入ってきた新幹線は徐々にスピードを落とす。そして構内にあった新幹線と寸分違わぬ位置にスッと止まった。

 二編成の新幹線は前後を合わせた完全な左右対称な姿となった。そしてドアの位置も寸分違わぬ位置だった。


「これでドア同士に渡し板を設ければ簡単に移動できるでしょう」


 運転室から出てきた桜先生は線路脇で眼を点にしていたテルにこともなげに言った。


「凄い、神業です」

「いえ、そんな事無いですよ。これぐらいだったら誰でも出来ます」

「でも、数センチ単位で停車できるのは凄いです」

「枕木の位置やホームの柱の位置を見ていれば大体の位置は判ります」


 初めての駅であっという間にホームの構造やら枕木の位置を見て覚えて実際に停車させたことにテルは改めて感嘆した。


「さあ、お客様を早く移動させましょう」

「は、はい!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る