第6話 ダイヤ乱れへの対応

 迂回ダイヤが決定された直後、午後に予定されていた積み出し中止を決意し関係者に通達。通常ダイヤに戻ったとき、改めて積み出しを行うと伝えた。

 それが終わると改札前の連絡用黒板に新幹線不通の文字を書く。

 一通り作業が終わると再び運輸司令から連絡がやってきた。迂回ダイヤが決定し、その内容通達が来た。

 テルはメモ用紙に新たなダイヤを書き込んでいく。


「新幹線の二割がこちらに来るのか。まあ路線容量はパンクするけど」


 ザガジグ線は一応軸重制限上新幹線車両を通すことが出来る。

 問題なのは、すれ違いの待避線だ。

 一三〇メートルしかないため、電源用のディーゼル機関車と新幹線四両編成で全長一二五メートルの列車はホーム長ギリギリだ。


「ポイント切り替えしないと」


 テルは直ぐにホームに飛び出すと重いレバーを上げて切り替えた。

 すると直ぐに新幹線がやって来て一番線ホームに滑り込む。

 そして反対側からも新幹線が走ってきて二番線ホームに入り込んだ。

 テルは再びレバーを操作して切り替えると新幹線をそれぞれ発車させた。

 二本の新幹線が走って行くのを確認すると歩きながら懐中時計に手をやる。取り出すのももどかしくミニッツリピーターのボタンを押す。

カーン、カーン、コン、キン、キン、キン、キン

 最初の時間を示す鐘は二回で二時、次は十五分を示す鐘が一回で十五分、最後は分を示す鐘が四回で四分。

 合わせると、二時十九分。

 時刻を確認し電話で運輸指令に新幹線の発車を報告する。


「ブバスティス駅一四時一九分新幹線発車」

『運輸司令了解!』


 一時間に片側四本、毎時八本の新幹線を捌くのは容易ではない。

 だが、行わないとダイヤが麻痺する。

 だからテルは必死にレバーを操作して列車を通していく。

 しかし、一駅員ではどうしようもないことが起こる。


『列車の遅延が発生した。暫く止めるぞ』


 二時間ほど経って、運転停止の命令が来た。

 何処かで迂回中の新幹線が止まったようだ。駅事務所反対側の二番線には、すれ違い待ちの新幹線が止まっている。

 暫く再開しそうにない。


「あ、そうだ一応ムスタファさんに連絡しておこう」


 テルはアウグスティアの駅事務室を通じて連絡する。行商組合の事務所が駅の中にあり、連絡がし易い。

 ダイヤが乱れているが、新幹線で代替輸送も行われているから車掌に頼み込んで載せて貰って欲しい、と伝える。

 このような時、一部列車では途中駅の乗降客に便宜を図ってくれる事が多いのだ。

 そのことは向こうも承知だろうが、テルは心配になり連絡を頼んだ。

 連絡が終わると線路を渡って車掌に現状を伝えに向かった。

 車掌は表情は変えなかったが明らかに落胆した雰囲気だった。


「おい! 何とかしろ!」


 その時、新幹線の乗客の一人が叫んだ。


「到着が遅れて、もう二時間も列車に缶詰だ! 本当ならもう着いているんだぞ。食事の用意も無いのかよ!」


 新幹線は四両編成の場合、ラウンジが一つあるが五メートルほどのスペースしか無く、備蓄している食料も少ない。食堂車は八両編成以上しかないが、あったとしても食料は限られている。


「申し訳ございません」


 テルは車掌と共に頭を下げることしか出来なかった。


「謝罪はいらん。腹が減っているんだよ。何か食わせろ。食わせに行かせてくれ」

「しかし、何時発車するかも判りませんので」


 遅延の理由が無いか解らないので、今発車指令が来てもおかしく無い、しかし五時間異常待たされる可能性も否定しきれない。

 情報が無いため即断できなかった。


「何とかしてくれよ」

「じゃあふかした芋とかどうですか? 麦粥もありますよ」


 その時ジャッキーの声が響いた。

 振り返ると盆の上にふかした芋と麦粥を入れた皿を置いたジャッキーがいた。


「おお、気が利くじゃ無いか。他にあるか」

「もうすぐパンが届きますよ」

「パンお待ちどう!」


 農協の組合長が大声で叫んだ。他にも大勢の農協の組合員お人が大量の食料を持ってホームにやって来ていた。


「どうしたんですか?」

「駅長からダイヤが乱れているので物販をして欲しいと電話で依頼があったんだ」


 理由を説明してくれたのは農協の組合長さんだった。


「停車中のお客さんに料理を振る舞って欲しいってね」


 確かに弁当サービスを行っている農協なら直ぐに料理を作って振る舞うことが出来る。

 普段寝てばかりの駅長だが、本当に頼りになる。


「麦粥のスープ一杯三〇〇リラになります」

「金取るの?」


 ジャッキーとお客様のやりとりを聞いてテルは驚いた。


「当たり前だ。材料費や燃料費が掛かる。何より外貨、現金収入のまたとない機会だ。逃さないように全力投入しろと言っていたぞ」

「……」


 駅長が言いそうな事だとテルは納得してしまった。


「……原材料の三倍増しで収めて下さいね。巡礼地価格とか窮地に付け込んでの暴利を貪るのは止めて下さい」


 一般に飲食店では材料費の三倍を価格にしている。差し引いた金額で経費や光熱費、家賃、人件費、そして利益にしている。燃料費や加工費用などを材料費に入れるかは店によって違うだろうが、大体そんな所だ。


「駅長からもきつく釘刺されているからな。安心しろ後で上納金を出すから」

「ちゃっかりしているな駅長」


 駅構内で物販を行うと一定額を納めることになっている。駅の収入にもなる。


「高くないかい」

「この先でも物販が行われているかどうか判りませんよ」

「仕方ねえな」


 ジャッキーと乗客のやりとりが聞こえてくる。これは立場を利用した強引な販売では無い、とテルは思った。

 その時、遠方から汽笛が鳴った。


「お、新たな列車か」

「ええ、到着予定がもうすぐです」


 すれ違いの新幹線がようやく到着したようだ。これで発車できる。

 だが、その時テルは別の音を聞きつけ、全身が凍り付いた。

 聞き覚えのある重量音。かつて聞いたことがある、雄大で壮大で圧倒的な存在。

 その時は心躍ったが、この状況では災厄の知らせでしかない。


「なんだ、反対側からも列車が来るようだな」


 組合長も気が付いたために幻聴では無かったようだ。

 テルは新幹線とは反対の方向、その重い音がする方向を見た。

 先頭を走る巨大な三重連の機関車、そしてその後方には地平線まで伸びていそうな長い貨物車の連なり。

 ワンマイルトレインと呼ばれる全長が一キロを超える超大型の貨物列車だ。


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