第5話 平穏な日常に舞い込む事故
「おいテル」
駅の業務を終えているとジャッキーが窓口から話しかけてきた。
「あ、ジャッキーどうしたんだ?」
「お前宛の手紙があった。置いていくぞ」
「ありがとう」
無愛想な奴だが何かと気に掛けてくれる。受け取った直後に配る順番を決めているときに見つけたにもかかわらず、あえて渡さないで朝のラッシュが終わって一段落してから渡してくれた。
お陰でゆっくりと読むことが出来る。
「あ、姉様からの手紙だ」
姉のクラウディアからの手紙だ。勇者の力を持ち、邪神を既に倒し<神殺し>の称号を受けている。そのため、各地を飛び回っており家に戻るのは時たまだ。その時、精一杯テルが迎えるので可愛がって貰っている。
しかし鉄道学園の実習中のため、テルが居ないので寂しく直ぐに会いたいと書かれている。他の兄弟姉妹も同じ思いをしているが、実習場所を明らかにすると押し寄せるのは目に見えているため、テルの実習場所は秘匿されている。
それでも筆跡の端々から怨念のような強い意志を感じてテルは恐怖を感じる。
「うわっ」
食後のお茶を飲みながら手紙を読んでゆっくりしているとネコがテルの膝の上に座ってきた。
「駅長、ちゃんと働いて下さい」
テルが文句を言うがネコはお構いなしにテルの腹に顔を擦り付けてくる。
「ダメです。キチンと働いてからにして下さい」
テルが言うとネコは、つぶらな青い瞳をテルに向けてくる。
「ダメです」
テルが言ってもネコは頬ずりを止めない。
「……ダメです」
テルの拒絶が弱くなったのを見るとネコは頬ずりを止めて青い瞳でじっとテルの方を見る。
「……もう、しょうが無いですね」
仕方なくテルはネコをなで始める。
なでられたところが気持ちいいのか、ネコは嬉しそうにテルの指に身体を擦り付ける。
耳と首、両肩の部分、ネコが特に動かしコリやすい部分を特に念入りになでる。
それが気持ちよいのかネコはテルの膝の上で寝返りを打つ。腹の白い毛の部分をテルはわしゃわしゃと撫で、次いで背中の滑らかな毛を丁寧に撫でる。
その感触が気持ちよすぎてテルは電話が鳴るまでなで続けていた。
電話の呼び鈴を聞くとネコは直ぐにテルの膝を離れて駅長の机の上に飛び乗りクッションの上で丸くなる。
「駅長」
テルが声を掛けるとネコは長い尻尾を上げて振る。
代わりに出てくれ、というのがジェスチャーでも良く分かる。
「もう、しょうが無いな」
仕方なくテルは受話器を自ら取った。
「こちらブバスティス駅です」
『運輸指令だ。緊急事態が発生した』
「どうしたんです?」
『エギュプトス新幹線が不通だ』
アルカディアとエギュプトスを結ぶ新幹線で重要な路線だ。
「事故ですか?」
『動物の接触事故だ。はぐれドラゴンが、架線を切断した』
ルテティア帝国各地にはドラゴンなどの幻獣が住んでいる。
時折彼等が路線上に現れて事故を起こす事がある。
装甲亀が線路を占拠して不通になったり、妖精の悪戯で機器が故障したり、ヴァッファローが体当たりしてくるのは各所で毎日ある。
その被害の大きさにテルの父親――鉄道大臣は日々頭を悩まし、全路線の装甲化を考える程だった。最もそんな事をしたら費用が馬鹿高いことになるので実行できないが。
ともあれ、幻獣や魔獣による鉄道破壊は日常茶飯事で、討伐任務に従事する装甲列車もあるのでそちらに任せる。
テルに出来るのは事故対応――お客様対応ぐらいだ。
「どこで事故が起こりましたか?」
重要なのは何処と何処が不通かだ。迂回路を案内する必要があるからだ。
もっとも電話が掛かってきた時点で最悪の状況であることはテルには判っていたが。
『アウグスティアのアルカディア寄りだ』
丁度、ザガジグ線が交差する場所だ。少々小さいが接続駅があり、本数は少ないが乗り入れもある。
「それで迂回ダイヤを取るのですか?」
『そうだ』
「その対象にザガジグ線も入るということで」
『そうだ』
運輸指令が断言するとテルは顔を引きつらせた。
リグニア国鉄においてザガジグ線など多数の支線が整備されているのは、父である昭弥が全土を覆う鉄道網を夢見たため。
それと、本線に異常があって不通となった場合の迂回線を提供するため、バックアップのためだ。
日々幻獣による事故の多いリグニアでは非常に有効な対策手段だった。
だが突如、事故が起き、迂回に指定された路線は日常の数倍から十数倍の列車が殺到する。
そのため現場に負担が掛かることが最大のネックなことが弱点だ。
ザガジグ線が迂回路に指定されたら、研修中のテルも担うことになる。
しかも列車の交換駅としての機能をブバツティス駅は持っているので、列車交換のために重いポイントのレバーを切り替える作業を繰り返すことになる。
『なるべく他の路線にも配分するが、輸送時期なので対応を頼む』
「通常ダイヤはどうなりますか? 穀物の積み出しは?」
『混乱を避けたい。明日以降に延期する。当分の間は中止。混乱が収拾したら発車決定後、直ちに連絡する。兎に角、今は迂回ダイヤへの対応を頼む』
そこまで言うと運輸指令は電話を切った。
「畜生っ」
テルも受話器を戻して、外線用の電話に飛びついた。
午後の仕事は殆どキャンセルになる。
テルは説明の電話を立て続けにかけ続けた。
駅長は相変わらず机の上で丸くなって寝ていた。
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