第4話 駅業務
「あ、農協の組合長さん。どうしたんですか?」
窓口に行くと知り合いだったのでテルは気軽に話しかける。
「今度の積み出しの件で打ち合わせだ。今日の午後で良いか?」
この州の小麦は古代より帝国各地へ運ばれており、帝国の食糧庫となっている。
鉄道が開通してからはより拍車が掛かり、ブバスティスの町でも一〇〇トン単位で運び出すほどだ。
そのため、輸送には貨車が数台必要であり、列車運行と積み出しの打ち合わせが必要だ。
その窓口が駅の事務室である。
「ええ、今日の一五時一四分に貨物列車が来ます。積み込みに二十分ほど停車しますので時間内に、お願いします」
「判った。積み込みの量はこれだ」
渡された書類をテルは見て確認する。
「量が少ないですね」
「このところ突風や竜巻が起きているのか畑の麦がごっそり刈り取られてしまっていてね。折角買ってくれている人がいるのに、一年中断したら来年も買ってくれるか判らない。駅長の仲介で保険が下りるし代わりの麦も確保したが折角育てた麦を切られて困るよ」
「確かに。しかし、残念ですね収穫前の小麦が」
「まあ農業やっているとこういうことはしょっちゅうだよ。けど、下を向いていても仕方ない。それにこのところ国鉄の援助申請が通り易くなってね。公民館や小学校の校舎の建て替えが認められたんだ。このまま行けば役場の建物も建て替えてくれるかもしれない」
「そうですか」
まさか父が自分の為に国鉄に申請を認めさせているのか、とテルは思ったが、テルの本当の身分は隠している。
テルは表向きはチュニスの高級料亭石田屋の養子で、お得意さんの国鉄幹部の伝手で国鉄に入ったことになっている。
幾ら幹部でも地方の援助申請を通せるほどの影響力は無い。
まして賄賂とか規則違反の嫌いな父が自分の為に節を曲げるとも思えない。
単純に申請が通ったとテルは思う事にした。
「良かったですね」
「ああ、ありがとう。そうだ、この小包を宅急便で送りたいのだが良いかな?」
「……はい」
テルはほんの少しだけ躊躇してから渡された依頼書を笑顔で受け取った。
そして引き出しから宅配用の荷札の四枚ワンセットを出すと机の上に並べて二股鉄筆を取り出した。
棒の先端が二股に分かれていてそれぞれの先に鉄筆を固定するための器具が付いており、二枚の紙に同時に書くことが出来る。
だが、力の分配が難しい。均等に力を入れなければならないのだが、慣れていないと上が強くて下が弱い、下が強いと上が強いという事になる。
テルはこの作業が苦手だった。
渡された依頼書の上から文字をなぞるのが難しい。
だが、宅配便には荷物に取り付ける正本と荷主のための控え、そして駅での保管用、鉄道管理局提出用の四枚を同時に書かないと行いけない。
カーボン紙をそれぞれの紙の下に敷いて同時に三枚が転写するのが難しい。
最近は感度の良いカーボン紙やノンカーボン紙が出回っているが、利用者数の多い大都市駅へ優先的に配布されている。
毎日何百件もの依頼を捌くには、高性能のカーボン紙やノンカーボン紙でないとパンクする。利用率の低いブバスティスが後回しにされるのは仕方なかった。
テルは悪戦苦闘しつつも何とか書き上げて渡す事が出来た。
「じゃあ、よろしくな。あ、そうだこれ朝食な」
「ありがとうございます」
農協が組合員の為に、朝早くから農作業をしていて朝食を作る暇が無い人の為に出している弁当サービスをテルと駅長は利用していた。
弁当箱を受け取り、テルが丁寧にお辞儀をすると組合長は手を振りながら、仕事に戻っていった。
「……ふう」
組合長が駅舎から出て行ったのを確認してテルは安堵の溜息を吐いた。
駅始業からずっと働きっぱなしで食事もしていない。ようやくテルは朝食を食べてひと息吐いた。
駅員業務は初めてではない。鉄道学園入学には臨時雇いで何処かの現業鉄道員として一定期間働き所属長から推薦を貰う必要があった。鉄道の仕事を果たせるかどうか、事実上の入試であり、適性試験である。ここで向き不向きが本人にも判るので、確かな選抜方法と言える。駅員で無くても検修や土木、保線の分野もあり、駅員がダメでも他の臨時雇いを経てから入学する事も出来る。
テルは幸いにもアルカディア中央駅の駅員として無事に勤め上げ、駅長から推薦を貰って入学できた。
だが、駅員だけで数百人もいる中央駅は完全分業制であり、ホーム係の駅員はホームの仕事をしていれば良い。何千人ものお客様を相手にするのはそれはそれで大変だが、仕事が決まっているので慣れるのは早い。
しかし、この小さなブバスティス駅にはテルと駅長の二人しか居ないため、一人何役もこなす。
改札役、券売役、信号係、荷物係などを一人で、こなさなくてはならない。
しかも駅長は初日以外は日がな一日寝ているため事実上テル一人で回している。
お陰で駅の業務に通じたが、幾ら飛び級して入学し能力抜群なテルでも十代前半の子供であり毎日の仕事は苛酷だった。
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